お互い様だよね
を交えた三人の関係は概ね上手くいっていた。三人が三人とも、あまり自分のことを積極的に話したがるようなタイプではなく、それを敢えて聞き出すような真似をする者もいなかったことも功を奏していた。それなりの時間を共にしていたが二人のことについて彼女が知っていることはそう多くはなく、同様に彼女のことについて彼らが知っていることも多くはなかった。ニーノは意図的に隠している部分もあったが、ジーンと
に関しては単にこれまで聞かれることがなかったから話していなかった、それだけのことだろう。だから、今回のように機会がなければ彼女の口から自分の家族について知らされることはこの先もなかったのかもしれないことを思えば、それはきっと良い機会だったのだろう。
「ジーン、昨日パン屋さんで一緒に居たのって妹さん?」
「北区のパン屋のことならそうだけど」
「そうそう。あんなに可愛い妹さんが居るなら教えてくれれば良かったのに」
「聞かれなかったから」
「それはそうなんだけども、ニーノは知ってた? ジーンに妹が居るって」
少し離れたところでカメラを構えていたニーノが丁度シャッターを切るのを止めるのが目に入り、
は彼にも振った。どう言い繕ってもジーンとニーノの二人の方が同性同士ということもあってか深い関係にある。そのことはここ最近になって彼女も受け入れている部分であったから、自分が知らなくともニーノは知っていたのだろうなとは予想していただろう。ただ、彼の返答は彼女のそんな予想を少しばかり上回るものだったらしい。
「ロッタちゃん? この間会って仲良くなったな」
「え、なにそれ私聞いてない。ニーノだけずるい」
「
その日デートだって聞いてたから」
「知ってたらキャンセルしたのに。デートよりジーンの妹の方が大事でしょ?」
「お前がそれでいいなら、俺からは何も」
「ね、私にも紹介してよ。ロッタちゃん!」
「いいよ、そのうちね」
ジーンのこと信用してないわけじゃないけど、今この場で日程を決めたい。と手帳片手に迫る
に対して、顔色を変えないままに幾つかの候補日をジーンは挙げていく。その光景をファインダー越しに眺めながら、彼女が今の恋人と別れる日とどっちが早いか賭けたら面白そうだなという思い付きがニーノの頭を過ぎっていた。多分、持ち掛けたらジーンは乗ってくるだろう。そんなことを考えていたから、約束を取り付けて満足をした
が不思議そうに自分を眺めているのに気付くのが遅くなり、ニーノは誤魔化すようにシャッターを切る。
「ついでだし確認しておきたいんだけど、ニーノはきょうだい居るの?」
「居ないよ、一人っ子。父さんと二人で暮らしてる。
は?」
「私も一人っ子」
「そういえば、
が持ってるカメラって元は誰の?」
「む、確かにもういらないからって譲って貰ったのだけど、よく分かったねジーン」
「見れば分かるよ。細かい傷が結構ついてるし、使い込んである。それと同じ」
そう言ってジーンはニーノの手元、両手で構えているカメラを指差した。高校に入学する時に渡され最初は戸惑うばかりだったこのカメラの重みも随分と彼の手に馴染むようになったと思う。手入れは欠かしていないが、よくよく見れば細かい傷が幾つか付いているのは隠せない。しかし注視しなければ分からないようなそれらにジーンが気付いていることが少し意外だった。彼はあまりにも写真を撮られることに対して無頓着だから――それでニーノのとしては助かっている部分も大きいが――カメラ自体にも関心はないとばかり思っていたのだ。恐らく「よく見てるんだな」と言えば「いつも見てるからね」と何の衒いもなく返ってくるのだろう。手元のカメラから顔を上げると同時にそれらの思考を断ち切ると、会話を繋ぐことを意識して
へと話題を振った。
「
、たしか家族に写真家が居るんだよな」
「そう。お父さんの、弟さん」
「要は叔父さんってことか。なんでそんな持って回った言い方」
「んー血縁関係ないし、滅多に合わないから実感薄くて。それ言っちゃうと、お父さんとお母さんともないんだけど」
私、養子だから。何でもないことのようにさらっと、
はそのことを口にした。実際、彼女にしてみたら隠していたわけでもなし、それを伝えることに抵抗もなかったのだろう。あっけらかんとした彼女の様子は無理をしているわけでもなく、どこまでも自然体だった。だからだろう、彼女が彼ら二人とこうして共に三人で過ごしているということ、それをニーノもまた受け入れているということについて、ずっと抱いていた胸のつっかえが今更ながらに落ちるべきところにすとんと落ちたのを感じた。
当然のこととして、ニーノは
の生い立ちについて知っていた。ジーンに近付く存在として彼女のことは一通り調査されており、その結果はニーノにも伝えられている。問題ない、と判断されたからこそ、彼女はこうして彼らと時間を共にすることができているのだ。もしも旦那様の許可が下りなければ、何らかの手段で排除をされるということも十分に有り得たことをニーノは理解している。当たり前のようになりつつあるこの時間の裏では、様々な事情が絡み合っており、それはニーノ自身についても例外ではなかった。決して明かすことのできない事情を彼は抱えている。だからといって、二人と向き合っている今の姿が全て偽りであるというわけではない。全体を10とすれば二人に見せているのはその1から8くらいの表層部分であり、見せていない部分もあるというだけだ。そして今の受け答えからして、恐らく
もニーノと同じなのだろう。同情も哀れみも求めていないとばかりに、何でもないことのように生い立ちを話すその姿は強がりなどではない。そこに嘘はない、ただ、語られないことを前提とした部分があるというだけだ。彼女がそこまで情を殺せるような人間ではないということが分かる程度には、時間を重ねてきている。気が合うのも何ら不思議なことではない、同類なのだから。
「そうなんだ、知らなかった」
「聞かれなかったからね。言ってないもの」
「
、それもしかして仕返しのつもり?」
「ちょっとだけ。でもロッタちゃんに会わせてくれるって言うからジーンは許してあげる」
「ジーンだけ、俺は?」
「ニーノは貸し一つ。そのうち返して貰うから、忘れないでね」
「了解。忘れて欲しくないなら、なるべく早めにな」
彼女はもう「カメラを貸して」とは言わなくなった。ニーノから話したことはないが、このカメラが彼にとってはただのカメラという以上に意味のあるものだと気付いたからなのだろう。だからと言って、余計なことを聞いてはこない。意図してかは分からないが、彼女は適度な距離を保ち続けている。深入りをされたくないニーノにとってそれはとても有難いことだった。そう思う一方で、この関係をいつまでも続けていても良いのだろうかと思うことがある。ニーノが『仕事』をしていく上で、
の存在は良いカモフラージュになっている。それは紛れもない事実だろう。恐らく、高校に通っている間はこの関係は変わらない。しかしもしも、高校卒業後も変わらずにこの関係が続いていくのだとしたら――その可能性を考えかけたところで、ニーノはいつも思考を停止する。先のことは分からないからと問題を先送りにしているだけだということは分かっているが、
との関係を考えるということは同時にジーンとの関係を考えるということでもある。ニーノ自身も薄々自覚をしている部分ではあるが、今はまだ彼の中で受け止め切れるだけの準備が出来てはいなかった。だから、今日も彼は目を逸らす。今は『仕事』をしていくためにも、この関係を維持していく必要があるからと体の良い言い訳を掲げながら。
2017/05/27