零した幸せの涙

 徐々に日も長くなってきているのか橙色に照らされていた放課後の教室に彼女は居た。暇さえあれば開かれていた前世会議も今日に限ってはなく、久々に部活に顔を出してみようとも思ったが生憎と今日は活動日ではない。仕方なく偶然出来てしまった時間を持て余している。グラウンドからは部活動に励む声が聞こえるが、それに対して教室は静かなものだった。そんな静寂には堪えかねるというように、ガラリと扉を開ける音が響いた。

「あれ、手嶋野? まだ居たんだ」
「そっちこそ、まだ居たんだ」
「人って突然時間が出来ると何をすれば良いか分からないみたいでね。そういえば、足は大丈夫?」
「それ聞かれるの今日何度目だろうな、散々色んな奴から言われたなぁ。大丈夫じゃなかったら学校来てねーよ」
「それもそうか。捻挫だっけ? なんか私だけ軽症で申し訳ないくらい」
「モトや目黒だってそうだろ、気にすんなよ。むしろ怪我しなくって良かったって」

魔法を使っての応戦は否応なく前世の記憶を蘇らせる。使う度に、その光を見る度に、誘発されるように次から次へと頭に思い浮かんでくる。そしてそれは当然あの、城での最後の日の出来事なのだ。現代で目にしたことなどないはずなのに、目の前で血を流して倒れている人間の姿がありありと浮かぶ。それが、自分の手にかけた相手だということも。ノートを見たことで皆よりも早くに記憶を取り戻していたというのに、それでも時々記憶が混乱する。けれどそれと同時に、『ここはもう戦場じゃない。ここは学校だ』皆見の、ベロニカの言葉が頭に木霊するのだ。戦う必要はないのだと、そんな辺り前の現実を思い出すことが出来る。

「手嶋野はさー自分の死んだ瞬間とか覚えてる?」
「なんだよ、唐突だな。あー……今朝見たかもしんない」
「そりゃタイムリーなことで。まぁ私も一昨日見たんだけど、良いもんじゃないよね」
「だな。起きてから自分が生きてるって確認して、今は過去と違うって言い聞かせて、それで漸く落ち着いた」
「確かに死んだことを覚えてるのに、今ここでこうして生きてる。あの城に居た人の全てが転生出来たわけじゃない、それなのに私は前世を知る人達とそれを分かち合うことが出来てる。それって凄い幸せなことなんだよね」

自分という人間はあの時あの場所で、城と共に終わるはずだった。それがこうして新たな生を受けて、あの頃の仲間に囲まれて生きている。あぁ、それはなんて幸福なんだろうか。そんなことを考えていたら、ふと、隣で慌てたようにポケットを探る手嶋野が目に入った。

「どうしたの?」
「どうしたのって俺が聞きたいっつーの。お前が突然泣き出したんだろうが」
「私、泣いてる……?」
「泣いてるな。こんな放課後に二人で教室に居てお前が泣いてたら俺が泣かしたみたいだろ。ほら、泣き止め」

ぐりぐりと押し付けられるようにハンカチで目元を擦られる。片手で松葉杖を付いて体を支えながらのその行動はとてもやり難そうで、なんだか申し訳なくなった。無自覚に零れたものであったからか涙があっさりと止まったことが唯一幸いだったと言える点だろう。彼女が泣き止んだことを確認すると彼はハンカチをそのまま仕舞おうとしたので、洗って返すと申し出た彼女と一悶着あったが、結局は彼が折れる形となった。

「で、なんで泣いたんだよ。思い出すのが怖いとか?」
「ううん。そうじゃなくて、今が幸せだから泣いたんだと思うよ」
「幸せねぇ……俺にしてみたら、前世なんて思い出したせいで平穏な高校生活からかけ離れた印象なんだが」
「だから、早く終わらせるんでしょ。全部終わって、過去の柵とかも全部無くなって。ただ純粋にあの頃を懐かしめる……そうなれば良いなって思ってる。手嶋野も似たようなもんでしょ?」
「まぁな、さっさと終われば良いとは思ってるよ」
「それで良いんだよ。春湖や皆見は深い所に関わってる。でも、同じである必要なんて無いんだからさ。それでも出来る限りの手助けはするけどね」

たった数日間で全てが怒涛のように変化した。それでも、互いの関係が変わることはなくて、彼らに力を貸してあげたいと思う気持ちは確かだから。ベロニカとリダだからではなく、皆見晴澄と高尾春湖という友人のために、必要とあればこの力を奮うだろう。

「さてと、そろそろ帰ろっかな。手嶋野はどうする、その足だと帰るの大変じゃない? 荷物持ちついでに送ろうっか?」
「別に歩けないわけじゃないし、そんな遠くないから大丈夫だって。お前こそ、一人で帰んの?」
「女だから危ないーとかはなしね。だいじょーぶ、怪我人に心配されちゃ世話ないし」
「ならいいけど」
「そういうこと。よし、校門までは鞄持ってあげよう」
「あーはいはい、アリガトウゴザイマス」

くだらないと一蹴されたとしても、そんなやり取りさえも確かに幸せだと感じる。この刹那、今を生きているという事実が、何よりも幸福なのだ。

拍手御礼 [title by ligament 幸せにまつわる]