アオハル一幕

「ほら、前に話してたやつ持ってきてやったぞ」
「あーお前が中学ん時に書き溜めたってノートな」
「それである程度のベタ問は押さえられるから。とりあえずお前らはそれ全部覚えるところから始めろ」
「上から目線ムカつくわー」
「でも正論なだけに言い返せねぇ……」

その日、御来屋が向井、丸山、清澄のために持参したのは数冊のノートだった。使い込まれているということが一目で分かり、それだけ大事にしているものであるということが察せられる。そんなものを、わざわざあの御来屋が持ってきた。それだけでも結構なことである上に、それを不甲斐ない同級生のために貸し出すというのだから天変地異の前触れかと思うのも致し方ないことだろう。「お前らはここの問題やるより、まず先に俺が中学ん時にやってたのやれ!」という御来屋らしい発言がきっかけではあるが、それも高校から競技クイズの世界に足を踏み入れた彼らを気に掛けてのことなのだろう。まぁあの御来屋がわざわざ持ってきてくれたんだし、と手書きの文字で埋め尽くされたノートを三人がパラパラと見ている時に事件は起きたのだった。どこかのページの間に挟まっていたのであろう白い紙が1枚ひらりと床へと落ちていってしまった。

「やべ、なんか落ちた」
「どっから落ちたか分かるか?」
「そのノートだと思うけど、ページは流石に分からないかな」
「とりあえずなんかのメモならそれっぽいページに入れておけば大丈夫だろ」

裏返しに落ちた紙はそのままでは何が書かれているか分からないため、拾い上げて表を確認しようとした丸山が不自然にその場で固まる。それを不審に思った向井が横から丸山の手元を覗き込むと、同じように固まってしまう。残された清澄が不思議に思い近寄るよりも先に、二人は少し離れたところで過去問を読んでいる御来屋の元へと鬼気迫る勢いで駆け寄っていき、手元の白い紙を眼前へと突き付けた。

「おい御来屋! これなんだよ!?」
「は? てかお前ら俺のノート見てたんじゃないのかよ」
「だから、そのノートの間からこれが出てきたんだろ!」
「何か入れてたか?」
「お前と女子のツーショのプリクラだよ!!」
「あーそれな」

面倒臭いという様子を隠すことなく御来屋が適当に答えていると、しびれを切らしたように向井がそう言った。御来屋の性格もあって1年が口論をするのは最早日常茶飯事となっているため、またいつものか、と我関せずを貫いていた上級生もその発言を聞いて流石に手を止める。男子校である宮浦において女子とは基本的にご縁のない存在だ、ましてや彼女なんてものは幻想生物に近い。ツーショットでプリクラなんてものはゲームセンターに二人で行かなければ、そもそも起きないイベントである。まさかこの1年、俺たちを差し置いて……? そんな思いから興味がない振りをしながらも、上級生たちも耳だけは彼らの会話に意識を集中する。それに対して実は周りから注目をされていることにも気付かず、御来屋はあくまで普段通りの様子だった。そこからは親しいと思われる女子の存在を指摘されて焦りなどは見られず、この話をさっさと終わらせてクイズをやりたいという感情しか読み取れなかった。

「御来屋、お前まさかこれの存在忘れてたとか言わないよな? 女子との貴重なプリクラだぞ?」
「忘れてた。お前らに見せられて、そんなのもあったなって思い出したくらいだし」
「はぁ? まじかよ、信じらんねぇ!!」
「俺からすれば、そんなのでこれだけ騒ぐお前らのが意味わかんねぇよ」
「今この場で一番おかしいのはお前だからな! てか、そもそもこの女子は誰なんだよ!? 彼女とか言ったら許さん」

その瞬間、不自然に部室内が静まり返る。我関せずといった様子であった人々の正直な反応だった。

「は? ただの中学のクラスメイトだっての」
「普通は中学のクラスメイトとツーショでプリクラなんか撮らねぇからな」
「どういう状況でこうなったのか説明しろ。今後の参考にするから」
「それが本音かよ。お前らに説明する義理はないけど、どうせ話さないとこのままだろ」
「分かってるなら話は早い」
「はぁ、別に大した話じゃない。ゲーセンに行ってついでに撮っただけだ」
「そのゲーセンに行くまでの経緯を詳しく話せ」
「ゲーセンに行くくらい普通だろ? そもそもクイズ仲間だったんだよ、こいつ」
手渡された紙を見れば、そこには確かに中学生だった頃の御来屋と一人の女子が写っていた。プリクラなんてものを撮ったことは彼の人生の中で片手で足りる程のことしかなく、誰と写っているのかが分かりさえすればいつどんな状況で撮ったのか思い出すのはそう難しいことではない。それに、思い出すまでもなくこの時のことはよく覚えていた。


 +++


「わり、。もっかい言ってくんねぇ?」
「今日から昇級試験期間だから、将官級になれたらお祝いにクイズ以外のものに1クレ分付き合って欲しいなって」
「百歩譲って祝うのは分かるけど、それでなんで俺がお前に、しかもクイズ以外に付き合わなきゃいけないわけ?」
「あれあれ? 御来屋くんにあのゲームのことを教えてあげたのは誰だったかな?」
「ちっ、分かった。1クレ分だけだからな」
「まぁ時間は取らせないから安心してよ。あ、分かってると思うけど昇級試験の口出し禁止ね。ヒント貰っても嬉しくないから」
「言われなくても」

 クイ研のなかった中学時代、部活に所属をしていなかった彼らの放課後は教室でクイズの出し合いをするか、ゲームセンターでクイズゲーをするかのそのどちらかがほとんどだった。元々ゲームセンターによく通っていたはゲームに詳しく、新しいクイズゲーが設置されたと御来屋に情報をもたらしたのも彼女だった。これまでのクイズゲーとは異なり、単純な○×だけでなく四択や多答、連想や並び替え、タイピングなど多岐に渡る問題が出題されるそのゲームにのめり込むようになるのはそう時間が掛からなかった。
 その日はゲーム内で定期的に開催される昇級試験期間の初日であり、御来屋以上にゲームをやり込み既に大佐クラスにまで昇り詰めていたにとっては昇級のチャンスだった。当然そんな機会を逃すはずもなく、放課後になると即座に二人は行きつけのゲームセンターへと向かった。全国オンライン対戦を通して行われる昇級試験は級が上がるにつれて問題の難易度も高くなっていく。得意なジャンルの問題が続くこともあるし、逆に苦手なジャンルの問題が続くこともある。苦手なジャンルでも一度見たことがある問題やその類似問題であれば正答することができるが、分からない時は本当に分からない。つまり運も多少は絡んでくるということだった。

「御来屋これ撮って」
「はいはい。おまえほんとスポーツ苦手だな」
「野球とサッカーはいいけど、それ以外まで手が回らないの」

 分からない問題があれば携帯で撮影をしておくというのは界隈ではよく使われる手段だった。手書きで問題を全て写している時間はないため、とにかく解答は済ませてしまってから写真に残す。そうしておけば後から調べることができる。全く同じ問題に遭遇することは滅多にないが、四択で出ていた問題が並び替えやタイピングで出ることもある。そこから知識を広げていくこともできるため、分からない問題をそのままにしておくのは避けるべきことだった。基本的にゲームセンターに設置されている椅子は狭い。女子同士であれば並んで二人座っているのを見掛けることもあるが、男女で座っているのは十中八九、カップルである。と御来屋もそこは暗黙の了解というやつで、どんなに画面が見やすかろうが隣に並んで座るようなことはこれまで一度もなかった。彼女にしてみれば、肩越しに覗き込まれるのもそれはそれで緊張するには十分な状況だったが。しかしそんなことで集中を切らしているようではクイズに正解することはできない。ある意味で彼女にとっては緊張下においても集中を高める良い練習にはなっていた。

「つかこれ、上位確定じゃね? おまえまだ1×しかついてないだろ」
「うん。この人とこの人は二人とも既に5×は付いてるからね。あとはこの人と一騎打ちみたいなものだよ」
「昇級確定かよ」
「御来屋くんよりも上に行っちゃってごめんねー?」
「ぜってぇすぐに抜かす」
「まぁこれプレイ期間長い人の方が階級に関しては有利だから、そこは諦めて」

 ある程度の期間が経てばシステムが新たに開発され、新たなナンバリングとしてリリースされる。それでもナンバリングが増える際にも引き継ぎがあるためそれまでのプレイデータが完全に消えることはなかった。単純に知識量を増やすのであれば低い階級でも構わないが、早押しという点も踏まえて考えれば階級が高いに越したことはない。押してから解答ではなく、解答をしてから押すというのが実際の競技クイズとは異なってくる点ではあるが早く、正確に、ということは鍛えられる。そういった理由からも上の階級を維持することに対するメリットは大きかった。
 そんなことを考えている内にも決勝戦の問題はどんどん進んでいき、全ての出題が終了した。結果発表はスキップできないため画面に表示されるアニメーションを待ちながら、このあとのことについては考える。元より御来屋に約束は取り付けているが、いざとなるとどう切り出して良いか分からず悩んでいた。御来屋のことだ、クイズ以外となれば音ゲーくらいにしか思っていないはずだ。そこを不自然でない形で、彼女の目的に沿う形に誘導する。それはクイズに正解するよりもよっぽど難しいことのように彼女には思えた。

「1位と昇級、良かったな」
「え、あぁ、うん。有難う」
「次は絶対俺も昇級試験受けるからな!」

気付けば画面上からは既に決勝戦の1位獲得演出が消え、昇級試験の結果が表示されているところだった。ふーん将官級ってこうなってるんだ、という御来屋の声を聞きながらもの頭はこの瞬間にもフル回転していた。どうしようと周りを見回すも助けを求められるような存在が居るわけもなく、代わりに目当てのコーナーの一画に設置された筐体に書かれた文字が目に入ってくる。それは彼女にとって天啓とも言える物だった。コンティニュー確認でNoを選択したところで、タイトルプレビューモードへと画面は戻る。だから、手早く荷物をまとめて席を立ったに対して御来屋がその質問を投げかけるのは当然の流れだった。

「で、お前何したいの。音ゲーとかガンシューティング?」
「んー今日は別の。ていうかそもそもゲームじゃないです」
「は? ゲーセンでゲーム以外に何すんだよ」
「まぁ他にするものって言ったら、あれだよね」

が指差した先には、ピンクやパステルカラーなどを使った煌びやかな広告でラッピングされた他とは一線を画す筐体が立ち並んでいる。それを見て、あからさまに御来屋が顔をしかめたのは言うまでもないことだろう。

「私はゲームとは指定した覚えはないよ?」
「そうだな」
「1クレ付き合ってくれる約束だからね?」
「なら聞くけど、なんで俺なんだよ。他のやつと行けば良いだろ。あぁいうの、女同士で行くもんなんじゃねぇの?」
「御来屋は知らないと思うけど、今のプリクラってオマケが付いてくるのもあるの。でね、私はそのオマケが欲しいんだけど、女子同士で行くと絶対にジャンケンになっちゃうんだよね」
「あぁ、何となくわかるわ、それ」
「でも御来屋は別にオマケとか要らないでしょ? 一人で撮るのは流石に寂しいから、誰かに付き合ってもらいたかったんだよね」

半分は嘘で半分は本当だった。オマケつきの新しいプリクラがあるという話を友達から聞いて、は確かにそれに興味を持っていた。けれどもオマケがそこまで欲しかったわけではない。彼女にとって重要なのは御来屋と一緒にプリクラを撮ることだ。しかしそれを面と向かって言うわけにはいかない。だから回りくどいやり方でその機会を作り、御来屋が「それなら仕方ない」と思えるだけのもっともらしい理由付けを彼女は必要とした。上手く言えただろうかとか、気付かれたらどうしようとか、内心はそんな気持ちでいっぱいだった。けれども不思議と不安はなかった。何故なら彼は一度交わした約束を破るような人間ではないから、

「……わかった。1回だけだからな」

渋々ながらも最後には頷いてくれると分かっていたのだ。


 +++


「――っていうだけの話だ、別に面白くもなともないだろ。おい、オマエら人に話しさせておいてその反応なんだよ」
「いや、御来屋って案外鈍いんだなって」
「な。こいつにも苦手なことってあったんだなって思うとちょっと気分良いわ」
「はぁ? なんなんだよ、言いたいことあるならはっきり言えよ!」
「それは俺らが言うことじゃないっていうか。とにかくお前、もうちょい周りのこと気にした方がいいと思うぞ」

何かを理解していると言いたげな向井と丸山の様子に御来屋が噛み付くが、二人はそれをさらりと受け流す。そこにはほんの少し、優越感のようなものが感じられた。それとなく耳を傾けていた上級生たちも既に興味を失ったのか、手元の問題集に視線を戻したり、クイズの出し合いなどが再開されている。あとは当事者とも言える1年生4人がなおも会話を続けているのみで、気付けば部室は普段の様子に戻っていた。

「そのプリクラ女子とは今どうしてんだ?」
「麻ヶ丘に行った。だから今もクイズやってるんじゃねぇの」
「連絡とってねぇの?」
「赤河田の大会の前にメールしたけど返事ないからしらね。大会来てなかったし」
「……俺は今、彼女にとても同情している」
「わかるぞ。不憫でならない……こんなのが相手なばっかりに……」
「だからさっきから何なんだよ、オマエら!!」
「御来屋。声、廊下まで響いてるぞ」

イライラした御来屋が立ち上がるのと、部室の扉が開いたのはほとんど同時だった。今にも声を上げようとしていた御来屋も部室に入ってきた人物を見るとハッとした表情を浮かべると、一つ舌打ちして席に座り直す。その表情はいかにも不機嫌であると物語っていた。

「で、一応部活の時間なんだけど、お前らは何やってるの」
「聞いて下さいよ、芦屋部長。御来屋と女子のプリクラが出てきたんです、しかもツーショ」
「また、お前らそんなしょうもない理由で騒いでたのか」
「いやいや、しょうもなくないですって。だってそのプリクラ女子もクイズやってて、今年麻ヶ丘に入学したって話なんですから。ライバルの情報は入手しておくものでしょ」
「ん、麻ヶ丘?」
「あれ、部長なんか知ってるんですか?」
「そういえば赤河田の大会の時に、御来屋に頼まれて麻ヶ丘の部長に確認したことがあったなって」
「芦屋さん! 部活、始めなくていいんですか?」

遮るように声を上げた御来屋は無言の訴えを芦屋に向けていた。その意図を汲み取り肩を竦めてみせた芦屋を見て、やや表情を緩めたのは気のせいではないのだろう。パンパンと注目を集めるように手を叩いた芦屋は既に部長の顔をしており、それを合図に今日の宮浦高校クイ研の活動始まった。何故かその日に限り、御来屋の解答がやたらと封鎖されたのは言うまでもない。

2017/07/20