1 Corinthians, chapter 13
新入部員と部長の四人で行われる部活後の反省会は、学校の最寄り駅から少し離れたファミレスで毎回行われている。今日の活動の各自の反省点を述べ、良かった点、悪かった点をそれぞれ部長から言われたところで、注文したものが出てくることが多く、その後は雑談となるのがいつものパターンであったが、この日は少しだけ違った。夕飯には早く、ドリンクだけで済ますには小腹が空いている。そんな微妙な時間に食べるものとして選ばれるのは必然的に女子高生らしいとも言えるスイーツになるが、学生の財布にも優しいファミレスで提供されるものとなればお手軽なものが多い。そんなややチープなスイーツをそうと感じさせないほどに上品に食べながら、苑原部長は「そういえば」と話を切り出した。
「芦屋から連絡があったのだけれど、うちに御来屋くんの中学の同級生のクイズ仲間が居るらしいわ」
「御来屋くんって、この間の赤河田の大会で優勝した子ですよね?」
「部長、うちは女子校ですけど」
「だからもちろん、その子は女の子よ。それでこの間、うちの新入部員は今日ここに居るメンバーで全員か、なんてことを聞かれたのね」
「彼、異性の友達が居るようなタイプには見えないんですけど……は、もしや彼女ですか!?」
「そういう話は聞いていないわね。けど、あの御来屋くんのクイズ仲間ということはその子もかなりの実力の持ち主のはずよ。幸い、今の時期はまだ仮入部期間なのでまだ部活に入ることは可能です。上月さん、剣持さん、私の言いたいことは分かるわね?」
それほどまでの実力の持ち主が居るのならば、ぜひともクイ研に入って欲しい。もちろん、同じ一年生のお二人が探して下さるわね? 苑原部長の目はそう語っていた。私と剣持さんには無言で頷くという返事しか許されていないことは明らかだった。
「でも部長、うちの学校って一学年200人は居ますよ。そんな中から名前も分からない相手を探すのは、ちょっと難しいです」
「その点についは抜かりなくてよ、御来屋くんの出身校が西中ということは芦屋から聞き出してあるわ。同じ中学出身の子が一人でも見つかれば、あとは彼と仲良くしていた子を聞けば自ずと名前も分かるでしょう」
「見つけたらどうすればいいですか?」
「もちろん勧誘よ。部室に連れて来て下さるのが一番ね」
「あの、もしその子が今もクイズをやりたいと思っていたら、進学で友達と離れ離れになったとしても一人でもクイ研に入ると思います。今の段階で見学にも来ていないということは、もしかして高校ではクイズをやるつもりがないんじゃないでしょうか?」
「一理あるわね、一筋縄ではいかない相手ということかしら? とにかくその子を特定しないことには、今の段階では考えても仕方がないことです。上月さん、剣持さん、明日からよろしくお願いしますわ」
こうして、私と剣持さんに一つの重要な指令が下されたのだった。
+++
翌日、剣持さんと話し合った結果、まずはそれぞれのクラスで聞き込みを行ってみるということになった。始業式の自己紹介で出身校の話をしていた子も居たけれども、既にぼんやりとした記憶しか残っていない。一先ずクラスでも仲の良い子たちに聞いてみようと尋ねてみると、同じ部活に西中出身の子が居ると早速有力情報が得られた。彼女に取り次ぎをしてもらって隣のクラスに居るというその子に会いに行ったのが中休みのこと。一先ず結果報告をするために今日の昼休みは剣持さんとお昼ご飯を食べることになっていたが、話を聞いた私は剣持さんに昼休みの話し合いについて延期の連絡を入れた。今聞いてしまった内容を、本人の預かり知らぬところで誰かに広めてしまうべきではないと思ったからだ。
「御来屋と仲の良い女子? いたいた、
さんでしょ。確かC組に居ると思うよ。んーでもあれは仲が良いっていうか……」
「一緒にクイズやってたんだよね?」
「うん、それは良くやってた。放課後とかも一緒にゲーセン行ったりとか、休みの日に二人でクイズ大会に行ったりしてたらしいし。ただねぇ、
さんは御来屋のこと好きだったんだと思うよ?」
「それは男女交際的な意味での」
「そうそう。御来屋のやつ顔は良いから結構人気はあったんだけど性格あれだしクイズ馬鹿だしで、ほとんどの女子は早々に諦めてたんだよね。でも
さんは頑張ってた感じ。たしかクイズ繋がりで好きになったって言うよりも、御来屋のことが好きでクイズ始めたって感じだったんじゃないかな」
「ということは、クイ研に来ないのは」
「ここには御来屋が居ないからねぇ、続けても意味ないって思っちゃってるんじゃない?」
西中出身の子から聞けた話は概ねそんなところだった。昨日、私が部長に話した予想が有難くないことに見事に当たってしまっていたし、古賀先輩の予想も当たらずとも遠からずという感じだった。好きな人のために始めたクイズであるならば、その人が居ないのならば続ける意味は確かにないのかもしれない。けれども、もしも彼女が私と同じようにクイズそのものに楽しみを見出してくれていたら、まだ可能性はあるかもしれない。一緒にやっていた人が居なくなってしまったからといって簡単に辞めてしまえるほど、クイズは魅力に乏しいものではないと私は思っている。そんな風に少し自分自身と重ねてしまうところがあったからだろう、
さんには私一人で会いに行こうと決めたのは。幸いなことに名前もクラスも分かっていたため、昼休みに会いに行くとすんなりと本人と話すことができた。
「えーと、私に用があるって聞いたんだけど、何かな?」
「突然ごめんなさい。私、上月由貴って言います。クイズ研究部の1年です」
「クイ研……」
「詳しく話すと長くなるんだけど、宮浦高校の人から
さんが中学の時にクイズをやっていたって聞いて、できたらうちの部に入ってくれないかなと思って」
「それ話したの御来屋ってやつ? 私のこと勧誘するように言われたの?」
「ううん、御来屋くんじゃないよ、いや全く関係ないかって言われるとそうでもないんだけど。あ、でも勧誘するように決めたのはうちの部長です」
「そっか。キツい言い方してごめんね、ちょっとその辺り色々とあって。それとせっかく誘ってもらったところ悪いんだけど、私クイ研に入るつもりはないんだ」
「それは……御来屋くんが居ないから? ごめんね、
さんのこと探す時に西中出身の人にちょっと話聞いちゃって」
「あーいや、上月さんは悪くないから気にしないで。やっぱり分かる人には分かっちゃってたんだなぁっていうことに今ちょっとダメージ受けてるだけだから」
しばらくの間、掌で顔を覆うようにして
さんは微動だにしなかった。隠せていると思っていた気持ちが周囲には知られてしまっていた、ということを自分に当て嵌めてみると
さんの今の心境は察して余りある。しかも直接指摘されるようなことはなく、こうして部外者から間接的に『実はみんな知っていて黙って見守っていたのだ』と知らされるのは穴があったら入りたいどころではないと思う。加えて、既に卒業をしてしまった今となっては、どこまで、誰が知っていたのか確認する術はないというトリプルコンボ。意図せずしてこの状況をもたらしてしまった原因として、かける声が見付からなかった。数分後、最後に深い溜め息を一つ吐いて顔を上げた
さんは気持ちの整理がついたのか、先ほどまでのような表情は浮かべていなかった。
「初対面なのにみっともないところ見せちゃってごめんね」
「それは全然、そもそも私のせいみたいなところがあるから」
「ありがとう。それで話を戻すんだけど、クイ研は御来屋が居ないから入らないわけじゃないよ。でも、あいつのことが全く関係ないとも言い切れない。そんな感じ」
「
さんは、クイズ楽しくない? 私もね、中学の時にクイズが好きな友達に付き合う形で始めたの。その子とは進学する時に学校が別々になっちゃったんだけど、一人になっても私はクイズを続けたいと思った。だから、私はここのクイ研に入ったの」
「でも上月さんとは……」
「うん、私と
さんじゃ事情が違うってことはわかってる。けど、誰かに付き合う形で始めたのは私も同じだから。きっかけはその誰かが喜んでくれるならって気持ちだったけど、やってる内にクイズ自体が楽しいって思うようになる感覚はよく分かってるつもりだよ」
「私、まだ『クイズが楽しい』とは言ってないと思うんだけど?」
「本当にクイ研に入るつもりがない人なら、さっきの時点で立ち去ってると思うよ。迷ってるなら説得の余地はありそうだなって」
「……上月さんって見かけによらず推しが強いね」
「クイズに関して推しの強い友達が近くに居たから移っちゃったのかもね」
そう答えながら脳裏には違う学校に通うクイズ好きの友人の姿が思い浮かんでいた。彼女ほどクイズばかになっている自覚はなかったが、幼い頃からその姿を見ているのでクイズに対する強い思いはよく理解している。そんな彼女に乞われたからこそクイズを始めたのだし、いつの間にかその思いが私にも伝染していても不思議ではない。けれどもきっとそれだけではないのだろう。単純に、私は
さんがクイズをするところを見てみたいとそう思っていた。
「上月さんの気持ちはよくわかった。でも悪いけど、どう言われても今ここで決めることはできない」
「それは、入部について考えてはくれるってこと?」
「私が決めかねてずっと迷ってるのなんてもう分かってるでしょ? 部活選択期限までにはちゃんと結論を出すから」
「うん、待ってるね!」
クイ研に行くとは言ってないんだけどなぁ、と零しながらも
さんは曖昧に微笑んでいた。
教室に戻る彼女の後ろ姿を見送りながら、苑原部長に報告の連絡を入れる。やれることはやったのでこれ以上は言葉を重ねても意味はないし、あとは期限まで待つことくらいしかできることはないと思う。それはきっと、彼女の行動を決定付けるのは最終的には彼しか居ないということが漠然とわかってしまっていたからだろう。
「『いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である』か」
私自身まだ誰かを好きになった経験はなく、身近に恋をしている相手も居なかったため、恋愛というものがいまひとつ良く分かっていない。けれども、なにげなく口にした最近習った聖書の一節は先ほどまでの彼女の様子にどこかしっくりくるところがあった。
2017/09/11