君は優しい嘘を吐く
「ねえ、聞いてよ! 僕、葦牙になったんだ。鶺鴒計画ってゲームに参加出来るんだって!」
隼人様は久方振りにとても嬉しそうな顔をしながら、その後ろに立つ男性をセキレイの『陸奥』だと私に紹介して下さった。少し変わった服装を身に纏ったその男性は、私が彼に注目していることに気付くと、軽く目礼をされた。長谷川さんが受け入れたのならば、私のようなメイドが彼についてどうこう言う権利はない。それに目付きは鋭いものの、隼人様に向ける眼差しはとても柔らかいものだったから、彼は隼人様に害を成すようなことは決してしないだろうと思えた。だから、私のすべきことは御子上家のメイドとして陸奥さんを隼人様のお客様としてもてなすことだけだった。
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あれから半年。隼人様が積極的にお増やしになったこともあってか、周りに集うセキレイの方々はかなりの人数となっていた。陸奥さん以外は女性であり、彼女らは一癖も二癖もある性格の持ち主ばかりであったが、隼人様を大切に思っているというその一点については皆同じだった。鶺鴒計画というものについて私は詳しくは伺っていないが、隼人様がおっしゃるような『ただのゲーム』ではないということは分かっている。場合によっては命を失うかもしれないものであるということも。けれども陸奥さんに出会う以前の、全てがつまらないと塞ぎ込んでいた隼人様を知っているから、鶺鴒計画というこのゲームを楽しそうに進める隼人様をお止めすることなど出来るわけもなかった。隼人様が楽しそうに笑っていられるのならば、それに勝ることなどあるわけもないのだから。
ただ一つ不安があるとすれば、ゲームには必ず終わりがあるということだ。先日、No.43の夜見さんが居なくなられた。機能停止をしてしまい、MBIに回収されたと他のセキレイの方から伺った。彼らはいつまでもずっと隼人様と一緒に居られるわけではないのだと、その時に漸く私は理解した。いつかこのゲームが終わってしまった時にセキレイの皆さんが、陸奥さんが居なくなってしまったならば、隼人様はまた以前のように塞ぎ込んでしまわれるのではないだろうか。それが、私には不安だった。
「それを俺に聞いてお前はどうしたいんだ」
「約束をして欲しいのです。この計画が終わったとしても、隼人様のお側に居て下さると」
「お前に言われるまでもなく、俺達は葦牙と自分から離れようという気はない。ただ」
「機能停止をしてしまえばそうもいかないとおっしゃりたいのでしょう? 分かっています。それでも、約束をして頂きたいのです」
この世界に『絶対』などというものはない。彼が所謂シングルナンバーというものであり、他のセキレイと比べてその強さは圧倒的であるということは知っているが、それが『絶対』ではないことも分かっている。けれども、明確な言葉欲しかった。今の隼人様が本当に楽しそうにしているから、それは一介のメイドに過ぎない私には与えることの出来なかったものだから。
「あいつが、御子上がそう望むのならば、俺達は此処に有り続ける」
「隼人様を悲しませるような終わりにはしないと、約束して頂けますか?」
「誓おう。セキレイNo.5陸奥は葦牙御子上隼人の隣にある、幾久しくな」
苦笑にも似た笑みを浮かべながら、陸奥さんはそう言ってくれた。きっと誰よりも彼自身が分かっている。守りたくても守れない約束もあるのだということに。こんな約束に意味などないということに。そうであったとしても、彼は応えてくれた。葦牙でもない、こんな私の我儘でしかない頼みを聞いてくれた。優しい嘘が残酷な刃となる時もあるが、今この時の私にとっては救いに他ならない。彼が誓ってくれた、それだけで十分だった。
「あーいたいた。もう、探したじゃん。こんなところで居たんだ。陸奥と話してたの? めずらしー」
「隼人様。何か御用でしたか?」
「うん。久々にマリパやりたくなかったやろーよ。みんな出来なくはないんだけど、せっかくなら張り合いあるのが居た方が面白いし」
「お誘い頂き有難う御座います。残っている雑事を片付けましたら伺わせて頂きますね」
「待ってるから早く来てよね。陸奥、行くよ」
隼人様の後を追うように立ち去られた陸奥さんは、最後に一度だけ私の方を振り返った。そんな彼に向けて、私は深々とお辞儀をする。先ほどの誓いと、そして、隼人様に笑顔があるというこの幸福な時間をもたらしてくれたことへの感謝を込めて。
拍手御礼 [title by ligament 幸せにまつわる]