見繕う物語の中で
屋上に表れた相手は俺の顔を見るや否や、肩透かしを食らったかのような顔をした。出会って早々にそんな顔をされるのはこちらにとっても心外だ。
「直江くんしか居ない?」
「俺以外に誰か居るように見えるならこっちが教えて欲しいよ」
「え、ほら、居るよ。フェンスの向こう側に長い髪を靡かせて顔の見えない女の子が」
「そういう冗談はいいんで」
「見えるなら教えて欲しいって言うから教えてあげたのに」
「はいはい。キャップならここには居ないよ」
「えーそうなの? おっかしいなぁ、教室で聞いたら屋上に行ったって言ってたのに」
当てずっぽうだったが、やっぱり探し人はキャップだったらしい。わざわざ彼女が探しに来るような相手で屋上に来るような人物は限られている。姉さんに用事があるなら、よっぽど急ぎでなければ帰ってからでも会える。となれば探しているのは学校でなくては会えない相手ということで、選択肢は自然とかなり絞られる。
「またうちのクラス来たんだ」
「そう。視線が痛かったー、そして対応もきつかったー」
「ワン子居なかった?」
「次の時間の英語の宿題を椎名さん監督の下、一生懸命解いてた。そして手伝って欲しそうな視線を感じたけど、心を鬼にして無視しましたとさ」
「それ手伝ってたら京の好感度下がるから正解」
「だと思った。それはそれとして、ワン子には自力で頑張って欲しかったってのもあるけどね。あの子はモモのようにしてはいけないのだよ」
「そこは俺が飴と鞭で躾てるんで。で、キャップに何の用だったの?」
ここに居て会話しているはずなのに、どこか遠くに感じる彼女との距離を縮めたくて、俺はキャップのことを引き合いに出すことにした。そうすれば、間違いなく彼女は食い付いてくると知っていたから。俺たちの中で、今でも彼女と変わらない距離を持ち続けているのはキャップだけなのだから。
「ん? ただの伝言。彗子さんから頼まれたから」
「なんだ、メールで済むじゃん。前から思ってるんだけどさ、良い加減メアドくらい交換したらどう?」
「それは駄目、決めたことだから。散々ごねてくるから、これでも随分と妥協してるんだよ。私がどんな気持ちで決心したかも知らずに、全く困っちゃうよね」
「その妥協ってのに呼び方とかも含まれてる?」
「そ。もしもの話として、あの時に何かしらの行動を起こしていたら、君の呼び方も今でも変わってなかったかもね? いやーでも君はあの頃ニヒルキャラ気取ってたからそれは無理だったか」
「ぐっ……触れて欲しくないところを」
「それはお互い様、私はもう元に戻すつもりはないし。10年、20年、ずっと先のことまで考えて、こうすることを私は決めたんだから」
「それで本当にいいと思ってる?」
「さぁねー。でも、思ってても思ってなくても、直江くんには言わないよ。うっかり君に寄り掛かると周りが色々と面倒だからね。……さて、話はここまでかな」
彼女が言葉を切ってから10秒もしない内に屋上の扉が勢いよく開かれ、新たな人物が駆け込んできた。俺にとっては突然の出現だったが、当然のように受け止めている彼女は気を読んで予測していたのだろう。相変わらず俺の周りの女性は少しというレベルを越えて、武道に通じている人が多い。勢いよく駆け込んできた人物、キャップはと言えば屋上に居るのが俺たち二人だけであるということに気付くと、途端に不満げな顔をしてみせた。
「ずるいぞぅ、大和。俺だって滅多に遊べないけど我慢してるのに」
「滅多にでも、遊べるなら十分だろ。俺からすればキャップのが羨ましい」
「なら今度から大和も誘ってやろう!」
「それは遠慮しとく」
「えーなんでだよ。二人でやれることって限界あるから大和が来てくれるとやれることの幅が広がるんだけどなー」
せっかくのキャップの好意を踏みにじるようで悪いが、それでも頷くわけにはいかない。彼女から直接何かを言われたわけではないし、二人が遊ぶ約束をした日に俺が現れたとしても追い返すようなことはしないだろう。だが、あの時、彼女が俺たちから離れていこうとした時に、そんなことは認めないとあくまで聞き分けの悪い子どもであり続けたキャップだからこそ、彼女は妥協したのだ。ここを自分から抜けるというならそれまでだと、彼女を引き止めようともせずに黙って見送った俺には今の彼女と以前のように過ごせるわけもなかった。
「翔一。前も言ったけど、無理強いは駄目絶対」
「分かってるって。ま、日にち決まったら連絡するから、気が向いたら大和も来てくれよな」
「直江くんが来たくなったら、で良いからね、ほんと」
「キャップのやること全部に付き合ってたら命が幾つあっても足りないってのは俺も分かってるから大丈夫。でも、考えてはおくよ」
「大和ならそう言ってくれると思ってたぜ!」
「人が良いなぁ、翔一はもしも直江くんに見捨てられるようなことになったらどうなるのかね」
「大丈夫だ。何故なら大和はそんなことしないからな!」
二人のやり取りを見ていなくても、耳から入ってくる情報だけで分かってしまう。俺は「直江くん」で、キャップは「翔一」。それはそのまま今の彼女との関係性を表している。こうして顔を合わせる度に否応なく突きつけられるその事実に俺はじくじくと疼く痛みを感じるが、同時に何一つ変わらないキャップに対して時折困ったように、或いは辛そうに彼女が表情を歪めてみせるのを知っている。結局のところ彼女の行為は何一つ結果を結んではいなかった。ただ徒に、彼女と周りの人間に溝を作っただけだ。俺でない誰かが尋ねれば「それでもいい」のだと彼女は笑ってみせるのだろう、いつか風が世界を自由に駆け巡ることを誰よりも夢見ているから。
拍手御礼 [title by ligament 物語のような現実]