直視できない彩

 学生時代の後輩から『久々に会いたい』と連絡を貰い、待ち合わせ場所として指定されたのは花水木通りにあるアレキサンダーというレストランカフェだった。はて、聞き覚えのある店名だなと思いながらも、思い当たる節はない。客の入りは繁華街のランチタイム過ぎとなればまずまずといった感じのチェーン店で、雑誌に掲載されている有名店、というわけではなさそうである。待ち合わせ時間にはまだ余裕はあるが、一先ず入って待ってることにした私はドアを開けて店内へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせなんだけれど、まだ連れが来てないみたいで」
「ではお連れ様がいらしたら分かるように、1階テーブル席ご案内させていただきますね。こちらへどうぞ」

 営業スマイルを浮かべながらそつのない対応をする店員さんは恐らく学生だろう。それは良いとして気になるのは、彼女の着ている服だった。支給されている制服なのだろうが、機能性よりも見栄えを重視しました!みたいな作りになっている。端的に言えばメイド服だった。露出が限界まで抑えられたロングスカートからすると、イングリッシュメイドというものなのだろう。間違ってもここはメイド喫茶などではなく、ごく普通のレストランカフェである。その証拠に、店内を軽く見渡してみても時間帯もあってか主婦やお年寄りが多く目にとまる。ということは、この制服は雇用側の嗜好ということになる。こんなものを着せるとは一体どんな人物が店長をしているのか、きっと碌でもない人物に違いない。そんな私の考えがある意味では的を得ていたことは直ぐに証明された。ふと視線を向けたカウンター席、そこに腰掛ける男性越しにカウンターの中に居る店員と目が合う。あ、やばい、と思った時には既に遅かった。

「なんだ、なんだ。聞いたことがある声がすると思ったらだったのか。遂に寂しさが抑えきれなくなって俺に会いに来たのか? いいぞ、思う存分この胸に飛び込んでこい」
「……なんで居るんですか、軽部さん」
「おいおい、ちゃんと連絡しただろ? 柳木原のアレキサンダーという店でこれから店長をすることになったから、体の熱を持て余している時にはいつでも来るようにと」
「あー……そういえばそんな連絡も貰ったような」

どうりで店の名前に聞き覚えがあるはずだ。席へ案内する途中に立ち止まって立ち話を始めてしまった私にどうしたものかと困っていた店員さんに「彼女は俺の知り合いだ。あとは任せていいぞ玉泉くん」と軽部さんが声を掛けたことで、私は促されるままにカウンター席へと腰掛けることした。どうせ待ち合わせ相手も軽部さんの知り合いである。二人で居ればこの人は絡んでくるに決まっているのだから、いずれにせよ結果が同じであればこちらから歩み寄る方が良いだろう。

「お久しぶりですね。いつ以来でしたっけ?」
「つれないことを言うなよ。昨晩あんなに激しくベッドの中で愛し合ったばかりじゃないか」
「妄想と現実の区別も付かなくなったんですか? その手の病院なら知り合いが沢山居るので幾らでも紹介しますよ」
「その時にはお医者さんごっこに付き合ってくれる美人のナースのおねえちゃんが居るところでぜひとも頼む。それはそれとして、まぁ優の卒業式以来だろうな」
「結構前ですねぇ。そりゃ軽部さんも変わりますか」

 長いこと会っていなかったということを差し引いても、目の前の人物はかつて自分が知っていた頃とは随分変わっている気がする。私が色々と経験してきた分だけ、この人も色々とあったということだろう。まぁ会話の合間に隙あらば猥談を入れ込む辺りは全く変わっていないが。

「そんなに穴が開くほど見詰めてどうした? 俺のバーテン服に見惚れているのか。よせよせ、今は仕事中だ。いくらとは言え、そんなに熱い視線を向けられても相手はできないぞ」
「いや、孫にも衣装だなぁと。冗談抜きで似合ってますよ、その服。今の軽部さん、悪くないと思います」

 言外に含めた意味を汲み取ったのか、軽部さんも笑みを浮かべていた。それなりにお世話になったのは確かなので感謝はしているし、この人が真っ当な道を歩み始めたのであればそれを喜ばしいことだと思う気持ちは私にもきちんとあるのだ。こうして無言で佇んでいればそこそこなのになぁというのは口が裂けても言うつもりはないが、ほんと猥談だけはもう少し控えた方が良いと思う。真っ昼間から店長がR18ワードを口にする店に通いたいとは私なら思わない。

「そう思うならもっと顔を見せに来い。優なんかしょちゅう来てくれるぞ、人手が足りない時には店のヘルプもしてくれる頼もしい存在だ」
「いや、あの子めちゃくちゃ忙しいのに何やらせてるんですか。軽部さんに頼まれたらあの子断れないところあるんですから、無理強いは絶対にしないで下さいよ。ていうか、今日は優に待ち合わせ指定されたからここに来たんですよね」
「ほう、恐らく俺がおまえに会いたいと零していたのを聞いていたんだろう。優のやつには感謝しないといけないな」
「こんな機会でもなければ私ここに一生来なかったでしょうから」
「……知らなかった、俺はそんなにに嫌われていたのか」
「いや単に忘れてたんですってぱ。携帯変えたから前のメールとか残ってないですし」

 顔を合わせて居なかった時間を感じさせない軽部さんにつられるようにかつてと同じような雑談をしていたところ、「ねぇマスター、俺のコーヒーまだ?」と2つ離れたカウンター席から声が上がる。その声は焦れていることもなくごく平坦なトーンであり、単純に事実確認の質問に聞こえたことから、店長がこうして客と雑談をすることに慣れている常連なのだろうと思った。

「あぁすまんなカケル。そんなに穴に突っ込むのを待ちきれない思春期男子のような声を出さずとも、おまえのコーヒーはできてるぞ」
「なら早く出してよ」
「まぁ待て、前戯に時間を掛けない男はモテないと良く言うだろう。今の俺はかつて忘れられない一夜を共にした相手との久々の再会を全力で楽しんでいるところなんだ、少しは応援をしろ」
「なにそれ、俺にそんなことできるとでも思ってんの。それにマスターの昔の女とかぜんっぜん興味ないんだけど」

 あれ、この声つい最近どこかで聞いたことがある気がする? そう思って私が声の主の方へと視線を向けたのと、相手がこちらを向いたのが奇しくも同じタイミングであり、逸らしようもないほどに目がばっちりと合ってしまう。そこにあったのは一度会えば忘れようもないイケメンフェイス、鳳凰寺カケルだった。

「あんたの顔どっかで見たことある気がするんだけど」
「さあ? 気のせいじゃないですか」
「……あ、あいつの学校の先公か。ふーん、マスターの知り合いだったんだ」
「はは、まぁ少し。……先日はどうも、鳳さんのお兄さん」

 初対面の振りをして切り抜けようかと思ったが、見事に失敗した。興味のある相手以外は全てどうでもいいと思っているようなタイプだと見越していたのだが、どうやら当てが外れたらしい。正確に言うならば私は蒼女の教員ではないのだけれど、その説明をするのが面倒なので私は敢えて訂正をしなかった。そこを話すと付随的に色んな話をしなくてはいけなくなるし、特に彼に対してそれらを話すことは避けたかった。何だかんだ言っても軽部さんはその辺りのことに関しては敏いので、言わずとも黙っていてくれるはずだ。それにしても世間狭いにも程があるだろう、軽部さんと鳳凰寺カケルが知り合いとか聞いてない。

「ん、なんだおまえら知り合いだったのか?」
「いや、知り合いってほどでは……」
「この人、俺のファンなんだってさ」
「なんだと!!『ずっと軽部さんだけのファンだよ』と甘い声で囁いてくれたのは嘘だったのか!やっぱり若くてイケメンな方を選ぶということなんだな!」
「誤解があるようですけど、鳳凰寺さんのファンになった覚えはないです。あと別に顔にはそんなに興味はないです」

 10人中10人に聞けば美形だと答える容姿をしていることは確かだが、あいにくと私の興味関心が向かうのはそこではない。むしろあんな絵を描く人が超絶美形とか何の冗談だ、とすら思う。私からしてみれば、目の前の人物は私生活においてお近付きになりたくないタイプのトップランカーと言っても過言ではなかった。

「へぇー『顔には』興味ないんだ」
「随分と端麗なご容姿をお持ちだとは思いますよ?」
「その回りくどい言い方すっげーむかつく」
「こういう性分なので。お気に障ったなら済みません」
「うーわーこいつタマイズミみてぇ」
「どうしたカケル、珍しく食い付くじゃないか。そんなにのスリーサイズが気になるなら特別に俺が教えてやろう。84、58、83だ。なかなかの体つきの持ち主だぞ」
「いつの数字ですかそれ」
「そうかそうか、も俺の知らぬ間に経験を積み、色んな男に揉みしだかれてバストサイズが大きくなったんだな。いくつになった、恥ずかしがらずにお兄さんに教えてごらん」
「あ、済みません。注文お願いしますー」

 手を上げて呼ぶと先ほどの店員さんは直ぐに来てくれた。同情するような視線を向けられることから、軽部さんと鳳凰寺さんとの会話は店内に筒抜けだったのだろう。もしかしたら、軽部さんのセクハラに困っていると思って直ぐに駆けつけてくれたのかもしれない。困っているのは軽部さんのセクハラではなく、鳳凰寺さんの存在そのものに対してなのだが、概ね合っているので察しの良い彼女に感謝したい。しかしながらお仕事である彼女をいつまでもここに引き止めるわけにはいかないので、注文を済ませてしまえばあとはまた先ほどの状態に逆戻りである。
 腕時計を確認すれば、待ち合わせ時間まであと10分。鞄に入れた携帯に今のところ連絡は入っていないが、彼女のことだから仕事が立て込んで遅れてくることを考えるとあと30分は見込んだ方が良いだろう。優が来たら直ぐに店を移動しよう、そう決意を固めたところで残りの時間をどうやって乗り切るか私は頭を巡らせ始めた。

2016/07/16