Falling
※Attention!
2017/11/24〜2017/11/30に開催された「ビーストクロニクル〜炎をまといし獣〜」の世界観設定です。
いつからだろう、彼が遠くなってしまったのは。それはエリートクラス、轟一門のコーチという肩書から来るものだけでなく、心が遠いと感じるのだ。教官用に宛がわれている部屋に私が入室をしてきてからも、こちらに視線を向けようとしない彼に仕方なく一方的に会話を始めた。
「轟教官、氷剣マモルを破門されたそうですね」
「それがどうした」
「かなり目をかけていた生徒だったと記憶していたので、差し支えなければ経緯を伺えればと」
「その報告書に全て書いてある。そこに書かれている他に話すことなどない」
「『焔コウガの弟子、大神ラグナとの対戦により敗北。破門とする』それだけではないでしょう」
「上への報告はそれで何も問題ない、興味はないからな」
「……また、焔コウガにまた負けたことが悔しかったんでしょ? 腹いせに大神ラグナを徹底的に負かすくらいには」
瞬間、帽子の下から射貫くような目で睨み付けられる。視線で人を殺すことも可能なのではないかと思わせるほどの鋭い眼光だった。「黙れ」と何よりも雄弁に語るその視線に肩を竦めて応えてみせると、届けに来た書類をデスクに置いて大人しく部屋を後にする。そう、彼は焔コウガに負けた。それは直接的な対戦による敗北ではないが、彼にとって違いなどはなく等しく敗北なのだろう。
勝利こそ全て、弱者は不要。それが閃極ファイターズスクールの掲げる方針であり、従えない者は容赦なく切り捨てられる。この場において評価をされるのは勝ち星のみ、それ以外については何一つ意味のないものとして扱われる。実際、生徒らは大会において一定の成績を収めており、トップウェイカーを輩出するスクールとして閃極の名は知られている。けれども、スターウェイカー、最強ウェイカーとしてビーストクロニクルの頂点に君臨している二人、焔コウガと獅堂マサムネは閃極の門下生ではない、むしろ真逆の立場と言った方が正しいだろう。「楽しい」が最強、などという考えを何としても認めるわけにはいかない閃極ファイターズにとって、彼らの存在はとにかく邪魔であった。そこに目をかけていた門下生が弟子に敗北をして「楽しさ」なんてものに目覚めてしまったとあっては看過できず、わざわざ出向いて圧倒的な強さを見せつけたのであろうことは想像に容易い。そんなことをしても彼が『また』焔コウガに負けたことは変わらないというのに。そして何よりも、そこに拘ってしまっている限り彼は先には進むことができないというのに。
始まりは彼自身のものであったはずなのに、今はその動機も全て閃極という大きな意思に飲み込まれてしまっている。負けたくないと思ったのはどうしてだったのか、きっと彼は見失ってしまったのだろう。彼が初めて敗北を味わったあの全ての始まりとも言える日、イクサは未だにあの日に留まったまま前に進めていない。私たちはどこで選択を誤ってしまったのか、やり直すにはもうあまりに時が経ち過ぎてしまっている。今できるのはこうして彼と同じ閃極ファイターズスクールに身を置いて側に居ることだけだ。それもまた、先ほどのように向けられることのない視線を思い返せば不要なのではないかと考えてしまう。当たり前のように隣に座って、デッキ構築の話などをしていたのはいつ頃までだっただろうか。過ぎ去った日々のことを思い返していたため廊下の角から現れたその小さな体躯への反応が僅かに遅れ、危うくぶつかりそうになった。間一髪避けたところで相手はくるりと背中のマントを翻して驚いたようにこちらを見ていた。
「あれー珍しい、
トレーナーだ」
「万宝塚。今日のレッスンはもう済んだの?」
「もちろん。マシロにかかればあれくらいあーっという間に終わっちゃうよ」
「そう。優秀なあなたに一つお願いがあるのだけれど、聞いてもらえる?」
「なぁに〜? 追加のレッスンはいやだからね」
「ふふ、違うわ。時間があるなら私の相手をしてもらいたいの」
「
トレーナーと、対戦……?」
「負けても成績には影響しません。腕が鈍ってしまいそうだから、久々に感覚を取り戻したいのよ」
「いいよ〜。でもマシロが勝ったからって怒っちゃ嫌だからね?」
「あなたのそういうところ、私も轟教官も嫌いではないけれど、相手を見て言わないと駄目ね」
ウェイクアップ! 対戦開始の掛け声と共に場にカードが展開される。手札に揃っているカードからモンスターの召喚、手札のブーストカードの発動の流れを頭の中に思い描く。場が整うまでに多少のダメージは受けるが既に勝利の道筋は見えている。決められた法則で、決められたカードを発動していく。そこに何も難しいことはない、けれども同時に面白味もない。勝利――閃極において評価を得るために必要なものはそれだけだった。だから彼の側に居るために、私はそれまでのデッキを捨てて確実な勝利を得るための新たなデッキを作った。突破しようのない防御力を得たモンスターを場に召喚し、相手のアクションの度にマジックカードやトラップカードを発動させて相手のデッキをじわじわと破壊していく。一切の攻撃をせず相手の自滅を誘因するデッキ破壊のためのデッキ。それは何もしない、何もできない今の私にとてもよく似ていた。デッキからほとんどのカードを除外されてドローするカードのなくなった万宝塚がサレンダーを宣言したところで、対戦は終了した。無駄に時間だけがかかり、手も足も出なかった彼は頬を膨らませて非常に不満そうな顔をしていた。
「もぉ〜
トレーナーのデッキ、マシロ嫌い!」
「やり辛かったかしら?」
「それもあるけど、マシロにダイレクトアタックできる時にも
トレーナー全然攻撃してこないんだもん! だからすっごい時間かかっちゃった」
「だって私のデッキに攻撃モンスターは居ないもの」
「え〜
トレーナーのあのカード見るの好きだったのに、もう入れてないの?」
「……そうね、今は入れてないわ」
「ふ〜ん、そうなんだぁ。あ、だったらあのカード、マシロにちょうだい?」
「それはできないわ。入れてなくても私にとって大事なカードだもの。それにあなた、本気で欲しいと思ってないでしょ」
「ふふ、ばれちゃった。あのね、マシロは今の
トレーナーも嫌いじゃないよ。
トレーナー自身がどう思ってるかは知らないけどね♪」
年の割に周りをよく見ている子だと思う。だからこそ、あの轟一門に最も長く籍を置き続けていられるのだろう。周りを蹴落として、誰よりも強かに立ち回っている。子ども特有の幼さが抜ければ、いずれは閃極ファイターズスクールを牽引する存在になっていくに違いない。気付けば手を添えていたデッキケースの仕切られた空間に収められている1枚のカード、先ほどの万宝塚との会話を通してその存在を意識せずにはいられなかった。デッキには組み込んでいないが手放すこともできず持ち歩いている、かつてエースモンスターとして使っていたそのカードは閃極に身を置くようになってから長らく使っていない。変わっていく彼の側に変わらずに居ること、そのために私自身も大事なものを切り捨てたのだ。もうずっと前からここに居るのはウェイカーとしての
ではなく、ただの
だった。だから、今更私がイクサと対戦をして仮に彼を負かすことができたとしても、彼の心を揺るがすことはできない。ウェイカーとして勝利に固執する彼に届くのは同じウェイカーの言葉だけだろう。そこまで分かっているのだから、今の彼に本当に必要なものが何であるのかも理解はしている。それはこのまま閃極の身を置いている限り叶うものではなくて、でも決して届かないものでもない。足りていないのは私の覚悟だけだ。私もまた彼が見ているものを諦めることができないでいるから、いつかはきっと、そんな希望を抱いてしまうのだ。そう思わせるだけのものを彼が持っていることを知っているから。
「かつての教え子に負けたのはどんな気持ちですか?」
「……笑いにきたのか」
「そんなことしませんよ。だって、イクサがどれだけ努力しているか知ってるから」
「勝たなければ意味はない」
「結果だけが全てではないでしょ」
「甘いな。結果が残せて初めて過程に価値が生まれる、成果を結ばなければそれは無価値も同然だ」
「あなたとその上の人達にとってはそうかもしれないけれど、私にとっては違う。私はあなたがこれまでしてきたこと全て価値あるものとして認めてる」
驚いたようにこちらを見たイクサは年相応の顔をしていた。正面から顔を合わせるのは何だかとても久しぶりで、しかめ面をしていない素の表情をした彼の顔を見るのは何年振りだろうか。ようやく彼の視界に収まることができた。「
?」と呆けたように彼の声で呼ばれた名前も、何もかもが懐かしいと感じる。まるで私がここに居ることに初めて気付いたとでも言いたげなその様子から、変わってしまったと感じていたのは私だけではなかったのだと理解した。彼もまた、側に居ながらもどこか遠い存在として私を捉えていたのだろう。今ならばきっと彼の心を聞けると思ったから、私はかつてと同じ始まりの質問を口にした。
「焔コウガに勝ちたい?」
「勝ちたいじゃない、俺はアイツに勝つ、絶対にだ」
そう答えた彼の目は強い意思を宿していた。彼の中でただ一つ変わらない熱として今なおそれは存在している。スターウェイカーだからでも、「楽しい」が最強だからでもない。轟イクサが、焔コウガに勝ちたいとあの頃から変わらず強く思っている。久々に教官とトレーナーという立場抜きで彼と向き合って話をしたことではっきりと分かった、彼の芯はどこまでいっても変わっていない、勝ちたい、それだけなのだ。それは誰でもいいわけではなくて、見据えているのはただ一人だけ。気付けば自然と笑みが溢れており、一瞬珍しいものを見たとでも言いたげな表情を浮かべたイクサが見えたが次の瞬間には頭から帽子を被せられて何も見えなくなる。上から押さえられているため顔を上げることもできず、彼が今どんな顔をしているかを見ることはできなかったが何となく予想はついた。
「
。俺はもっと強くなる、強くならないといけない。でもお前は変わらずにそこに居ろ」
「自分勝手なところ変わらないね。でも、仕方ないからここに居てあげる。戻ってくるよね?」
「お前が居るなら、俺は戻ってこれる」
「ならいいよ。私も見てみたいから、イクサがコウガに勝つところ」
だから、いってらっしゃい。閃極に敗者は不要、教官と言えど敗者となれば処罰は免れない。資格剥奪の上、『再狂育』の措置を受ける。そして私はただ一つの勝利を得るためにどこまでも堕ちていく彼をまた見送った。
2018/10/26