これこそが日常
この物語を終わらせたくないと、最初に願ったのは誰だったのか。
それが誰であるにせよ、願いを同じくする人が居たからこそ、世界はある。
いつかは終わることを知りつつも、私は今日も変わらない世界を願う。
不意には目覚めた。
枕元の携帯で確認をすると、5月13日の深夜だった。
「あぁ、そうか。今日は……」
眠気の抜け切らない身体を起こして、ベッドから立ち上がる。
着替えずに寝てしまった為、着ているのはパジャマではなく制服のままだった。
寝る直前に皺にならないようにと、唯一脱いでいた上着を羽織る。
そして、同室の人間を起こさないよう注意を払いながらは部屋を出た。
向かう先は食堂だ。
今日は、彼が帰ってくる日だから。
食堂には既に何処からか騒ぎを聞きつけたらしい野次馬が集まっていた。
騒ぎの中心に居る二人の人物と、少し離れたところで何とかしようとしている小柄な人物を視認する。
宮沢謙吾と井ノ原真人、そして直枝理樹。
三人とも、彼女の幼馴染である。
はそちらの方へは近寄らず、騒ぎから少し離れた安全地帯で仰向けになって寝転がっている人影へと近寄る。
此処が学校の食堂で無ければ、きっと行き倒れた人間に見えただろう。
その人物は、もう一人の幼馴染である棗恭介だった。
「恭介、こんなところで寝ていると風邪をひくよ」
「……か」
「全く、君は就職活動に行ったんじゃなかったのか? どうしてそんなに土埃にまみれているんだ」
「まぁ……徒歩だからな」
「今度から着替えを用意していくと良い。そして今日は早く部屋で身体を休めるんだ」
「そうしたいのは山々だが……理樹が、来る」
「ん、そうか。そうだったな」
非常に眠たそうで、放っておくと今にでも寝てしまいそうな恭介の意識を、会話をすることで何とか繋ぎ止める。
正直今直ぐにでも部屋へと戻って欲しいが、最もな理由があるから仕方ない。
と、そこへ今正に話題に出ていた少年が駆け寄ってくる。
「恭介、やばいって、二人を止めてっ。も、居るなら何とかしてよ!」
「……理樹か。悪いが、昨日寝てないんだ」
「この状態の恭介はあまり当てにならないよ、理樹。あと、私では二人を止められないことは分かっているだろう?」
「そうだけど。でも、恭介が帰ってきたから、真人と謙吾が喧嘩始めたんだろっ!? ちゃんと、怪我しないように見てやってよっ。帰ってくるまでは、我慢しあってたんだからっ」
「だそうだよ、恭介」
「わかったよ……」
無理だと知っているにも関わらず、思わずにも頼んでしまうくらいには理樹は焦っていたらしい。
理樹が必死にお願いをしたところで、漸く恭介は動いた。
最初から決めていたくせに、と思いながらも敢えて口は挟まずには見守っていた。
立ち上がった恭介は、人混みを掻い潜って騒ぎの中心へと近付いていき、その口を開く。
「じゃ、ルールを決めよう。素手だと真人が強過ぎる、竹刀を持たせると逆に謙吾が強過ぎる。なので……お前らがなんでもいい、武器になりそうなものを適当に投げ入れてやってくれないか。それはくだらないものほどいい。その中から掴み取ったもの、それを武器に戦え。それは素手でも、竹刀でもないくだらないものだから、今よりか危険は少ないだろ。いいな?」
彼が作ったルール。
それは、真っ当な考えとはとても言えないけれど、それでもこの場に居る人間は思わず頷いてしまうだけの説得力を持っていた。
これが恭介がカリスマたる所以だろう。
彼の持つ、類い稀なる発想力が人を惹き付ける。
「バトルスタート」
その掛け声と共に、周囲の野次馬達が何処から取り出したのかと問いたくなるようなものを投げ入れる。
猫を投げ入れた後に、こちらへと向かってくる恭介をは迎え入れた。
人垣で確認出来ないが、真人と謙吾はそれぞれの武器を手に取ったらしい。
「お疲れ様、リーダー。年長者は大変だな」
「歳はお前も俺と変わらないだろ、偶には代わってくれよ」
「私がやっても真人と謙吾は聞かないんだから仕方ないさ」
「そんなこともないだろ……まぁいいが。とりあえず、俺は部屋戻るから、あと任せた」
「漫画など読んだりせずに、然りと寝るんだぞ」
「分かってるさ」
新たに乱入したらしい人物の登場で、騒ぎは一団と大きくなっていた。
その騒ぎとは逆方向の、出口へと恭介は向かっていく。
あれだけ眠そうにしていたにも関わらず、その足取りは意外にもしっかりしていた。
本当に眠いのかと疑ってしまいそうになる。
そんな風に食堂から今にも出て行こうとしている恭介を見送っていて、はあることに気付き、彼を呼び止めた。
「恭介!」
「……なんだ?」
「言い忘れていた。……お帰り」
「あぁ、ただいま」
呼び止めたの言葉に応えた後、今度こそ恭介は食堂を後にした。
そして、バトルが終了しても尚騒ぎ立てる集団を静める為に、は騒ぎの中へと向かって行った。
喝采されている張本人である、幼馴染の最後の一人である、棗鈴を女子寮へと連れ帰る為に。
明日の朝に起きる彼女を思って、一刻も早く寝かせようと心に決めながら。
彼が戻ってきたことでまた回り始める。
掛け替えのない青春の日々。
明日から再び始まる、騒がしい日常を思って、人知れず彼女は笑みを浮かべた。
どうか、いつまでもこの時間が続くように、そう願いながら。