彼女が野球に参加しない理由

「神なるノーコン」の称号を持つ棗鈴。二年生でソフトボール部のピッチャーと4番という大役を任されている笹瀬川佐々美。一見すると勝敗は明らかである、そんな二人の勝負が勃発しているグラウンド。その様子をは校舎から見ていた。

「彼女ならば、そろそろ来るだろうとは思っていたけれど。やはり、やっているな」

そう呟くと、彼女は身を翻した。つい今し方まで眺めていた、そのグラウンドへと向かう為に。



「チェ、チェンジアップ。しかも、馬鹿にしたようなすっとんきょうな暴投……。このわたくしをここまで愚弄するとは……」
「いや、集中力が切れただけだ」
「なあぁっ……」

グラウンドでは既に勝負が決していた。自らの潜在能力を全て引き出すことで、鈴が勝利したらしい。そんなことを分析しながら、は未だに地面に蹲っているテヅカをそっと抱え上げた。優しく撫でてやると、小さな声でみゃぁと鳴き声を上げる。内臓への傷は無いようだが、医者には見せた方が良いだろうな。そしてテヅカを抱えたまま、鈴に敗北したという現実を受け止めることが出来ていない、佐々美へと向き直る。

「勝負がついたのならば、しなくてはいけないことがあるんじゃないかい?」
、いつの間に来たの?」
「校舎から様子が見えて向かってきたから、今来たばかりだよ」
さん……そういえば、貴女も彼達の仲間でしたわね。それで、何の用ですの?」
「少しばかり仕事をしに来ただけだよ。それより先に、佐々美嬢がするべきことがあるようだけど」

そう言って、は佐々美に一歩近付く。彼女の腕の中に居るテヅカを見止めて、思わず佐々美は目を逸らした。しかし数瞬後、覚悟を決めたように再び正面へと向き直る。

「……わたくしの後輩が、猫を蹴ってしまって……。申し訳ありませんでしたわ」

きちんと頭を下げて謝罪した佐々美に対して、鈴はこくりと頷く。その光景を、ソフトボール部の後輩達――特に蹴った後輩は、今にも泣きそうな表情で見守っていた。

「ふん……これでよろしくて?」

佐々美は猫が好きではないが、それでも嫌いというわけではない。だからこそ、猫を傷付けたことについて彼女も内心では心苦しく思っていただろう。かと言って、自身のプライドがそれを表に出すことを許さない。こうした形であっても謝罪をすることが出来たのは、彼女にとっても良かっただろう。

「うん、良く出来ました。それではこれより私も生徒会の仕事をさせてもらう」
「んだよ、今度はお前がオレ達をここから立ち退かせるつもりかよ?」
、ここは登場からやり直した方がいいと思うぜ?」
「気が合うね、実は私も同じことを思っていたよ。ちなみに理由を聞いてもいいかな恭介」
「無論、その方が格好良いからだ」
「ちょっと二人共! 真面目にやってよ!!」

真人からの質問をスルーして、の言葉に対して二人が話していると理樹から突込みが入る。相変わらず見事なタイミングだった。やはり、リトルバスターズにとって理樹は掛け替えのない存在である。会話の進行という点において。

「分かったよ、理樹。あぁ、そうだ。佐々美嬢にも関係のある話だから、まだ帰らないでくれ」
「わたくしに? これ以上なんの関係があるって言うんですの?」
「話を聞いてくれれば分かるよ。済まない、小毬嬢。テヅカを少しの間、お願いする」
「うん、いいよ〜」

は理樹に対して了解の意味も含めて肩を竦めて見せた後、部活へと戻り掛けていた佐々美を引き止める。そして、何かを取り出そうとしたところで両手が塞がっていることに気付き、ずっと抱えていたテヅカを近くに居た小毬へと預けた。両手が自由になった彼女はブレザーから一枚の紙を取り出す。

「なんなの、その紙?」
「私が説明せずとも、恭介辺りなら予想が付いているんじゃないか?」
「まぁな。お前がやってくれると思ったから、俺はしなかったわけだし」

やはり、恭介だけはが何をしたのか分かっているようだった。むしろ、最初からそれを前提として動いていた節がある。恭介とって付き合ったら、凄くお似合いだと思うんだけどなぁ。言葉の遣り取りがなくても意思の疎通が出来ている二人を見て、理樹はそんなことを考えた。その二人はむしろ、鈴と理樹が付き合えば良いのに、と思っていることを彼は知らない。

さん。勿体ぶってないで、早くしてくださらないかしら」
「そうだね、別に焦らすことでもないし。これは生徒会によって発行された、リトルバスターズのグラウンド使用許可書さ」

が皆に回した紙には確かに、試合に向けた練習のためリトルバスターズによるグラウンドの使用を許可する旨が書かれていて、生徒会の印が押してあった。 紙は全員のところを回り、再びの元へと戻る。

「というわけで、彼達のグラウンド使用は正式に許可されたものだから、今後は揉め事を起こさないように。何か苦情がある場合も生徒会を通してくれ。良いかい?」
「分かりましたわ。もう戻ってもよくて?」
「部への伝達も頼むよ。長らく引き止めて悪かったね」

後輩達を引き連れて戻って行く佐々美の後ろ姿は、普段と変わらず自尊心に満ち溢れていた。一度負けたくらいでは折れないということか。彼女のそういうところは、嫌いではないのだけれどね。好ましい者を見る目付きで、微笑みながらはその姿を見送った。

「さて、用事も済んだし、そろそろ私は戻るよ」
「おーお疲れさん」
「また後でな」
「あれ? ちゃんは野球、やらないの??」

やるべきことは終わった、とは校舎へ戻ろうとする。リトルバスターズの面々はそれぞれに見送っていたが、ただ一人。小毬だけが不思議そうな声を出した。理樹達と幼馴染である彼女ならば、当然一緒に野球をするものだと思っていたからだ。

「なんだ、神北は知らないのか?」
「え、えぇ? 何を??」
「神北さんは、が何の委員会に居るかは知ってるよね?」
「うん。ちゃんは生徒会だよね」
「その生徒会は、他の活動との兼任は出来ないんだとよ」
「あ、そっかぁ。生徒会とはご縁がないから、すっかり忘れちゃってたよ〜」

委員会にでも入っていない限り、生徒会の規定を覚えている生徒の方が少ないのだから、小毬の反応は当然のものと言えるだろう。むしろ、この学園では生徒会の代わりに、その下に組織されている委員会が動くことが多い為、生徒会の存在そのものが忘れられがちである。しかし、委員会や部活への多種に渡る許可や教師との兼ね合い等は全て生徒会が行っている。学園は生徒会が動かしている、と言っても過言ではないだろう。それほどの力を有する生徒会の役員が、他の団体にも属しているとなると公平性を欠くことになり兼ねない。だから、兼任は禁止されているのだ。そういった理由があるから、恭介も最初からだけは数に入れていなかった。

「そういえば、はどうして生徒会なんて入ったんだ?」
「ん……鈴には言ってなかったか?」
「いやいやいや、僕達も何も聞いてないからね」
「そうだったか?」
「そうだよ!」

生徒会が話題になったことで、そもそもどうしてが生徒会に入ったのか、という疑問が鈴から出てきた。考えてみれば、いつも騒ぎを起こすリトルバスターズにとって、生徒会は敵のようなものである。何故そんなところに入ったのか、というのは至極当然な疑問だった。今まで出て来なかったことが不思議なくらいである。

「生徒会に居れば、今日みたいなことが可能じゃないか」
「え……まさか、その書類偽造したの?」
「理樹。私がそんなことをするように見えるのか。きちんと許可取ってあるさ」
が言いたいのは、情報が入ってくるってことだろ。敵の情報を知るには、その内部に入るのが一番だからな」
「そういうことだ。生徒会には全ての情報が集まる、効率的だろう」
「でも、その情報をリトルバスターズの為に使うのは公平性を欠くことにはならないのかなぁ?」

生徒会に集まる情報も生徒会の権限と同じようなものだ。ならば、それを特定の団体の為に用いることはタブーではないのか。それに対し、はいともあっさりと応える。

「情報を他の団体に流しているわけでもなし、偶々耳に入った情報を自分で活用しているだけだ。あくまで個人の利益に過ぎないよ。それに……」

そこまでで一旦言葉を区切ると、彼女は酷く不敵な笑みを浮かべた。

「有能な私が生徒会に居ることと引き換えと思えば、その程度のこと……些細なことだろう?」

 それを聞いて、小毬を除く幼馴染の4人は思う。『はこういう奴だった』と。自分の有能さを理解した上で、それを見事に利用して世渡りをしてのける。そういった点から、恭介とは別の意味で彼女もまたカリスマ性を持ち合わせていると言えるかもしれない。
 恐らく、彼達が望むならばはいとも簡単に生徒会を辞めるのだろう。いつでも辞められるようにするためか、彼女は決して生徒会で何らかの役職に就こうとはしなかった。けれども、自主的に辞めることもないのだろう。一年の頃から続けている仕事であるが、飽きて辞めるような気配はない。 それは即ち、口では何と言っても、少なからず彼女も生徒会の仕事を楽しんでいるということだった。

    (2010.07.01) back