選んだ道

放課後、は生徒会の仕事である部屋に来ていた。訪問を告げるノックをすると、中から了承の声が返って来る。失礼します。という言葉と共に、はその部屋――寮長室へと入った。

「あらさん、珍しいわねー。生徒会の貴女が私に何か用? それとも私用?」
「生憎と仕事の方ですよ、寮長」

寮長に悪意はなく純然たる事実を述べていることが分かっているので、も軽く答える。確かに生徒会は学内を統括しているが、寮内については全権を寮会に委任していた。そのため、原則として生徒会は寮内の出来事については不干渉ということになっている。しかしながら生徒会室が寮長室の隣にある関係で、は鈴からの伝言を伝えるという私用で度々この部屋を訪れることがある。そういった事情があったからこそ、寮長はあのような尋ね方をしたのだ。

「仕事? うーん、生徒会から何か言われるようなことしたかしら?」
「気にされるようなことではないですよ。ただの通例行事ですから」
「……あぁ、来年度の引き継ぎのことね」

そう、不干渉とはあくまで原則であり、唯一の例外がこの通例行事だった。全権を委任しているとは言え、寮会も生徒会率いる学内組織の傘下に所属していることになっている。故に、他の委員と同様に次年度の寮長任命の書類は生徒会が作成しなくてはならなかった。選出するのも決定するのも寮長なのだが、形式だけは『生徒会からの任命』ということになるように。

「全く、こんなくだらない形式止めてしまえば良いと思いますよ」
「寮会を独立組織にする手間を考えたら、今の方が楽なんでしょ。それより、困ったわね」
「もしかしてですが、後継者をまだ決めてなかったりしますか?」
「そうなのよ。『この人』って思える人が中々居なくてね。期限はいつまでだっけ?」
「今学期中、ということになっていますが、なるべくなら早い方が良いですね。寮長だって、早く肩の荷を下ろしてしまいたいでしょう?」

後継者が早く決まれば、そのだけ仕事を教える時間も長く持つことが出来る。時間を掛けて教えることが出来れば、二学期には新寮長がつつがなくやっていけるようになり、寮長が補助する必要もなくなるということだ。だから、この時期に引き継ぎを終わらせてしまうのは寮会限った話ではない。

「そうねぇ、進路の方にもそろそろ力を入れていきたいし。てっとり早く、さん、寮長やってみる気ないかしら?」
「お言葉は嬉しいですけど、残念ながら無理です」
「貴女は生徒会役員だものね、来年は会長になるの?」
「まさか。生徒会長なんて大役、私には務まりませんよ。無難に会計にでも収まる予定です」
「またまた謙遜しちゃって。貴女以上に相応しい人は居ないと思うんだけどな」
「人の上に立つのが苦手なんですよ。だから、もし生徒会役員でなかったとしても、やはり寮長の件はお断りしていたでしょうね」

口では否定しているが、には人の上に立つ資質が備わっていた。故に、正確に言うならば『立つのが苦手』ではなくて『立ちたくない』である。無理矢理身につけさせられた資質など、使いたいとは思わなかった。定められた道筋から逃れ、その猶予期間である今となってもそれは変わらない。

「まぁ、私も寮であんな騒ぎを起こした人に頼もうなんて本気で思ってないわよ。あの調子だと、貴女がトップになった日には仕事どころじゃなくなりそうだし」
「……あの時はご迷惑お掛けしました。私もあそこまで騒ぎになるとは思ってなかったので」
「自覚が無いってのも困りものねぇ、以後気を付けて、としか注意出来ないし。そう思わない? 風紀委員長」

不意に寮長がそれまで黙々と作業をしていた人物へと話を振った。それを受けて、話掛けられた相手は深い溜息を一つ吐く。

「無自覚であろうと彼女の存在が風紀を乱していることに変わりはありません。それと、いきなり話を振らないで下さい、あーちゃん先輩」
「ごめんごめん。委員長も会話に入りたいかなと思って」

その人物――二木佳奈多は悪びれた様子の無い寮長に、これ以上何を言っても無駄、と思ったのか再び作業へと集中する。が部屋に来た時でさえ、少し顔を上げただけで直ぐに作業を再開していたことを思えば、当然の反応だった。

「なんだ、佳奈多嬢にも話し掛けて良かったんですか。彼女の存在は無視しなくてはいけない、という暗黙の了解があるのかと思ってましたよ」
「仕事をしているので、邪魔はされたくはないです。あと、名前で呼ばれる程に貴女と親しくなった覚えはないのだけど?」
「名前を呼ぶのは何も親しくなった時だけではないよ。例えば、苗字で呼ばれたくない、とかね。君もそうだと思ったんだけど、違ったかな?」

それは明かに誰かを前提とした上での言葉だ。『誰か』と佳奈多を重ね合わせて、導き出された推論。そのことが分かってしまった佳奈多は、の方を向いて不機嫌そうに顔をしかめる。しかし一方で、その推論を否定することも出来なかった。

「……勝手にすればいいわ」
「では好きにさせて貰うよ、佳奈多嬢」
「なーんか貴女達、険悪ねぇ。執行部と生徒会がそれで大丈夫なの?」
「あーちゃん先輩、私は一個人としてのさんの行動が認められないだけです。そこに生徒会は関係ありません」
「執行部に指示を出すのは生徒会という組織そのものですからね。私と彼女の間に確執があっても問題はないですよ」
「貴女のそういう責任感のない所も、私が容認出来ない一つよ。生徒会役員は全校生徒の代表だというのに、そんな心構えでは迷惑だわ」

仕事を行う上で支障はないということなのだろう。そもそも、公の場で周囲に確執の片鱗を見せるような二人ではない。分かってはいても、現状を目の当たりにしている寮長は苦笑を浮かべずにはいられなかった。

「ですが寮長、それでも私としては出来れば仲良くしいとは思ってますよ。それも、私がリトルバスターズに所属している限りは無理でしょうけどね」
「あら、自覚があったんですか。私も貴女があの集団から抜けるとは思ってません。でも、そうね……せめて制服をきちんと着るようになったら少しは考えるわ」
「制服は規定のものを着ているが?」
「そんな理屈が通用するとでも? 貴女の首元、女子の規定はリボンよ。規則違反だって分かってないわけじゃないでしょう」

佳奈多が言葉と共に指したの首元には、男子用のネクタイが巻かれていた。一見しただけでは見落としてしまい、指摘されるまで気付かない。それ程までに、それはに似合っているということだ。

「どうにもリボンというのが苦手でね。似合わないだろう?」
「似合う似合わないの問題ではないです。模範となるべき生徒会役員の貴女がそれでは、他の生徒に示しが付かないわ」
「その生徒会のトップである生徒会長は認めてくれているよ」
「会長が許可してるなら良いんじゃない? さんにはこっちの方が似合ってるし」
「あーちゃん先輩! 風紀を決めるのは私達風紀委員です。生徒会長は関係ありません」

佳奈多の追求を飄々とかわしていくの様子からして、恐らくリボンを付ける気は全くないのだろう。リボンを付けるくらいならば、彼女は来ヶ谷のように何も付けないという選択をする。そして先程から佳奈多が繰り返す『生徒会役員として』という言葉は、には何の意味も持たない。利害が一致しているので籍を置いてはいるが、基本的にいつ辞めても構わないと思っているからだ。

「うちの幼馴染み共に比べたら、私のネクタイなど些細なものじゃないか」
「確かに彼達も規則を逸しているけれど、程度の問題ではないもの。……もう結構です、どうやら貴女と私の関係性は変わる余地がないようですから」
「こればかりは優先度の違いだからどうしようもないさ。君にだって譲れないものはあるだろう?」
「随分と思い入れのある物のようですけど、大事ならば気を付けなさい」
「それについては否定はしないが、これは副産物に過ぎないよ。大切なものほど眼に見えないものだ」
「……貴女はそうやっていつも逃げるのね」

その呟きを最後に、佳奈多は再び作業を再開することで会話は終わりであることを示す。これ以上、何も話しをすることはないと。それを受けては、寮長へと肩を竦めて見せた後、ドアへと向かう。本来の目的は果たしており、ここに居る理由はもうないからだ。

「では寮長、次年度寮長の指名の件、お願いしますね」
「はいはい、なるべく頑張るわ」



 寮長室を出たは直ぐに生徒会室に戻らなかった。佳奈多の言葉が心に引っ掛かっていたからだ。あれはどういう意味なのか、そもそも誰の『願い』なのか。答えが出ないまま適当に廊下で時間を潰していると、良く見知った人物が彼女の方へと歩いて来た。

「恭介。君がこの辺りに来るなんて珍しいな」
「丁度良かった、お前に用事があったんだ」
「私に?」
「実は今日の夜にイベントを企画してるんだが、その手伝いをに頼もうと思ってたんだけど……何かあったか?」

そのまま今日のイベントについて説明をすると思われた恭介が、不意に真剣な顔になってに尋ねる。長い付き合いということもあって、幼馴染みの間では平静を装っても見破られることは多い。や謙吾といった特に感情が表面に出にくい二人も、何故か恭介には気付かれてしまう。昔からリーダーとして、常に全員に気を配っていたからだろう。気付かれたのなら黙っていると不審がられると思ったは、仕方なく口を開いた。

「大したことじゃない、風紀委員にこれのことを注意されただけさ」
「あぁ、ネクタイか。言っておくが、没収されても俺は困らないからな。もう要らないからお前にやったんだし」
「そうは言われても目覚めが悪い。規定のものであるから、恐らく没収されるようなことはないとは思うけどね」
「……それだけか?」
「それだけだよ。恭介に心配されるようなことは、何もない」

佳奈多に注意されたことは事実であるし、嘘を吐いてはいない。そしての心に引っ掛かっているのは恐らく、何があっても言葉にはしないと彼女が心に決めた事に関係があると予想が付いていた。だから、恭介にじっと見られてもは揺らがなかった。納得をしたのからか諦めたからかは分からないが、恭介は眼を伏せてから視線を外す。

「分かった。でも、何かある時は俺に言ってくれ」
「君の手を煩わせるような事態は起こらないよ。それに、私達にはそんな余裕ないだろう?」
「馬鹿。お前のことだって放っておけるか」
「ここは『ありがとう』と言うべきかな」
「当たり前のことなんだから、礼なんて要らねぇよ」

彼はいつだって容易く言ってのける。ずっと変わらないからこそ、それを変えてしまうことがは怖かった。そして終わりが常に彼女を脅かす。それここにおいても存在を主張している。あたかも、彼女にその資格は無いとでも言うかのように。

逃げることで守っているのは、大切なものではなく臆病な自分。

それでも、選択肢なんて始めからなかったのだ。僅かな可能性を繋いで紡ぎ上げた道は最善だったという確信はある。もしも変化があるとしたら、それは予定された未来が変わる時だけ。『世界』が作られても猶も変わらなかった未来が、これから先に変わるわけもない。だから、これでいい。



幼馴染以上は望まない
傍に居てくれるだけでいい
初めて会った時からずっと
それだけで幸せを感じられるから

    (2010.11.25) back