衝撃の事実

ちゃん、今暇かな?」
「お暇でしたら、私達に付き合って欲しいのです!」

昼休み。 は何をするでもなく、ぼんやりと過ごしていたら、小毬とクドに声を掛けられた。 先程からリトルバスターズの女性陣が集まって何かしていたのには気付いていた。 声までは聞こえていなかったので、何をしていたかは分からないが、に用事が出来たらしい 今日は生徒会からの召集もなく、に断る理由はなかった。 二人に連れられるまま、数人が集まった一角へと移動する。

ちゃん連れてきたよ〜」
「おぉっ、真打の登場ですネ!」
「うむ、ちゃんと仕事をこなせた二人にはお姉さんがなでなでしてあげよう」
「来ヶ谷さん、それよりもさんにきちんと事情を説明すべきだと思います」
「なんで来たんだ、!」
「なんでって、呼ばれたから来たのだけど」

男性陣が居なくとも、相変わらず騒がしい集団だった。 その一員である自分にとやかく言えたことではないが。 他のメンバーはが来たことで喜んでいるが、何故か鈴だけは憮然とした表情をしていた。

「それで、私は何故に呼ばれたんだ?」
「私から説明しよう。今日の議題は『恭介氏は妹萌えなのか』についてだ」
「それについては鈴を見ていれば一目瞭然じゃないか」
「そもそもの始まりは、先日の夕方。練習後のことだった」
「長くなりそうだな……」

唯湖の語るところによると、先日の練習後、美魚が冗談で「恭介お兄さん」と呼んだところ恭介がいたく喜んだということだった。 実の妹である鈴が思わず止めに入るくらいには凄かったらしい。 そこから、恭介の妹萌え疑惑が生じたということだった。

「経緯は分かった。それで?」
「『妹萌え』の妹とは、血縁関係のある人に限りません」
「美魚ちんが『お兄さん』って呼んだら凄い感動してたけど、他の人だったらどうなのかなーって話になったんだよ」
「鈴ちゃんが呼んだら、恭介さん凄く喜ぶと思うんだけど」
「絶対呼ばない!」
「と鈴さんには断られてしまったので……」
「そこでくんに白羽の矢が立ったというわけだ」

きょーすけなんて馬鹿兄貴で十分だ!と騒ぐ鈴の様子からして、モンペチと引き換えと言っても今回ばかりは無理だろうということが分かる。 面白そうではあるし、としては手伝うことに抵抗はない。 何だかんだ言っても、彼女も楽しいことが好きであるのは分かっているので、皆も断られてるとは思っていない。 そう、この時点で自身には問題はないのだ。

「事情は分かった。私は別に恭介を『兄』と呼んでも構わない、協力させて貰うよ」
! そんなことする必要ない!!」
「なら、鈴が代わりにやるか?」
「う……それは嫌だ」
「だから、私がやると言ってるんじゃないか。それで良いだろう」
「でも……そうだ! にとって恭介は年上じゃないぞ!!」
「年上じゃない?? なんでなんで?」

大事な幼馴染が恭介を『お兄さん』と呼ぶことが許せないのか、鈴が止めにかかってきた。 この場合、重要視されているのは恭介ではなく、である。 それでも代わりにやるかと言われれば、鈴としてはやはり嫌なわけで一進一退の状況が続いていた。 しかし、不意に何やら閃いた鈴の言葉によって、周囲は疑問に包まれる。

ちゃんにとって恭介さんは先輩だよね?」
「先輩ということは、年長者さんだと思うのですが……」
「事と次第によっては大変なことになりそうだな。さて、鈴くん。どういうことか説明して貰おうか」
、言っても良いのか?」
「いいよ」

当事者である筈のは、鈴に説明を丸投げしている。 あの鈴に対して全て投げてしまえるところが、彼女の凄いところである。 が手を振って許可したのを確認した鈴は、その衝撃の事実を口にした。

「何やら色々あってあたし達と一緒に入学したが、は恭介と同い年だ。中学までは同じ学年だった」

先程の発言からすると、唯湖は多少予想をしていたのかもしれない。それでも他のメンバーと同じくらいには、彼女も驚いているようだった。としては隠していたつもりはないし、特に聞かれなかったから答えなかっただけだ。そうは言っても、高校という場において同じ学年の人間が、まさか自分よりも年上であるという可能性に思い至ることはまずない。そして、幼馴染の間では全員が名前を呼び捨てにしていたので、手掛かりなど全くなかったのである。気付かなくても当然だった。

「ということは、さんは私達の一つ上ということになりますね」
「だからといって、今更態度を変えるなんてことは遠慮したいのだけれどね」
「えーでも、年上ならそれ相応にした方が良いんじゃない……ですか?」
「私が気にしないと言っているんだからそれで良いのさ。敬語は禁止だ、葉留佳嬢」
「……、あたし何かまずいこと言ったのか?」
「いや、鈴は何も悪くないから気にするな」

騒然となるな、という方が無理だった。今まで同い年だと思っていた人間が、実は年上だったとなれば仕方ないだろう。は今までと変わらずに接して貰いたいと思っているが、それは彼女達次第だった。そして、もし耳が生えていたら間違いなく伏せてしまっていただろう、と想像が付いてしまう、そんな気まずい顔をしてしまっている幼馴染をは宥める。彼女に責任は全く無いのだから、そんな顔をしないで欲しいと。

くんは、棗兄の『妹』には成り得ない、ということか?」
「唯ちゃん! 今はそういうこと言ってる場合じゃ……」
「だが、くん自身が『態度を変えないで欲しい』と言ってるのだから、私達は変わらずにあってしかるべきだろう」
「来ヶ谷嬢の言う通りだ。私としてはこのまま恭介の『妹萌え』疑惑について追及することを希望するよ」
「……分かりました。では話を続けましょう、さんは恭介さんより年下ではないので『妹』ではないと」
「でも、そういうのって実際の年齢とかって関係ないんじゃないの?」
「誕生月が遅ければあり、という場合もあるが、人によるだろう」

自身の言葉が後押しとなって、一先ずの年齢についての問題は後回しとなった。変わらないで欲しいと彼女が望むならば、そうあるべきだろうと皆が思ったからだ。どうして彼女の入学が一年遅れたのか、それについてはいつか時期が来れば話してくれるだろうと。 そして話題は再び恭介の『妹萌え』へと戻る。年齢の話題の御蔭で、問題であった鈴の抵抗は消えた。だがしかし、問題はもう一つあった。

「盛り上がってるところ申し訳ないが、言いそびれていたことがある。今言わせて貰っても良いかい?」
「言いそびれてたこと?」
「うん、実は既に一度恭介のことを兄と呼んだことがあってね」
「なに!? あたしは知らないぞ!」
「小学生の頃のことだから、鈴が知らないのも仕方ない」
「ちなみに、さんはその時には何と呼ばれたんでしょうか?」
「『恭介兄さん』……だったかな」
「小学校の頃のくんに、そんな風に呼ばれたなんて……羨ましいぞ、恭介氏」

年齢の話に続いて明かされた衝撃の事実に、再び場は騒然となる。 まさか既にが恭介のことを『兄』と呼んでいたとは誰一人として思いもしなかった。 それも小学校の頃に呼んでいたなど、幼馴染である鈴でさえ知らないのだから、予想など出来る筈も無い。 恭介を『兄』と呼ぶ。 その話を聞いた時から、はこのことを一番問題視していた。 そこには確固たる理由がある。

「続き話しても構わないか? 『兄』と呼んだ際に、私は恭介に怒られたんだ」
「怒られた?愛らしい小学生のくんに『兄』と呼ばれて喜ばなかった、と?」
「小学生の時点で、幼馴染から『兄』と呼ばれて喜んでいたら、それはそれで問題ですよ」
「そうだとしても、怒る、というのは不思議なことですよね」
「どうして恭介さんは怒ったのかな?」
「これについては、来ヶ谷嬢と葉留佳嬢なら分かるんじゃないか?」
「あたしと唯姉?」
「……成程。くんには、お兄さんが居るんだな」
「10歳上の兄がね。実兄以外の奴を『兄』なんて呼んだら可哀想だ、と言われたよ」


 おまえの兄さんは別にいるのに、おれのことを兄さんなんて呼んだら、おまえの兄さんがかわいそうだろう!
 わたしのことおいて出て行った兄さんなんか兄さんじゃない!!
 そんなこと言うな! 世界でたった二人きりの兄妹なんだから。おれだって鈴にそんなこと言われたら悲しいぞ。
 ……恭介はわたしの兄になるのがいやなのか?
 いやだ。おまえの兄さんにもわるいし、それと――



「それで、恭介さんはちゃんのこと怒ったんだね」
「かなり前のことですし、今は時効なんじゃないでしょうか?」
「しかし、恭介氏はそういうところはしっかりしてるからな。今でも怒る可能性は高いだろう」
「ん、? どうしたんだ?」
「……何か、もう一つ理由があった気がしたんだが、それが思い出せなくて」

もう一つ、大切なことを言われた気がする。 兄さんのことはあの頃本当に嫌いだったから、恐らくそのもう一つの理由があったからこそ、私は恭介のことを『兄さん』と呼ぶのを辞めたのだったと思う。 それを言われて、嬉しかったような記憶はある。 けれども、何を言われたのか思い出せない。

「珍しいな、女子だけで集まってるなんて。お前ら、何してるんだ?」

がそうして数年前の出来事に馳せていると、窓枠から不意に人影が降りてきた。 そんな所から、この教室に現れる人物は一人しか居ない。リトルバスターズのリーダー、棗恭介。渦中の人物その人だった。

「恭介! お前のせいでが大変な眼にあってる」
「俺のせいで?」
「そうだ! これも全部お前が『妹萌え』なのが悪いんだ!!」
「まてまて、変な属性を勝手に付けるな!」
「だがしかし、恭介氏の『妹萌え』は満場一致で決定したこと」
「この間の放課後、美魚ちんに『恭介お兄さん』って何度も呼ばせて喜んでたというのは皆知ってるのです!!」
「……観念した方が良いと思います」

順に畳み掛けられて、証拠まで出されては恭介も反論が出来ない。しかもその証拠は捏造などではなく、確かに数日前に彼自身が行ったことであるので誤魔化しも効かない。追い詰められると、人は前後不覚になるという。この時の恭介もそうだった。

「俺は……シスコンではあるが、断じて『妹萌え』なんかじゃない!!」

一瞬、この集まりだけと言わず、教室全体が静まり返る。物凄い爆弾発言だった。シスコンと妹萌え、天秤に掛けられるものではないが、確かに意味するところは絶妙に違うのかもしれない。だがしかし、変態という方向性としては同じだった。

「小毬さん小毬さん、しすこんって何ですか?」
「んーとね、シスターコンプレックスの略だよ」
「死ね、馬鹿兄貴!!」

下級生の教室で物凄い発言をかました恭介の背中に鈴の強烈な蹴りが入る。流石に誰もフォロー出来なかった。もし、ここに理樹が居たとしても、こればかりはフォロー不可能だっただろう。そんな騒ぎの中、は相変わらず記憶の発掘に励んでいた。

「思い出せない。すっきりしない」
「ありゃ、くんはまだ考えてたんですか」
「ふむ。これはもう一人の当事者である、恭介氏に聞いた方が早いんじゃないか?」
「あわわ、鈴ちゃん!! それ以上やると恭介さん死んじゃうよー」

未だに恭介に蹴りを入れていた鈴を止め、恭介を救い出す。真人とは違って筋肉の少ない恭介にとって、鈴の蹴りは大ダメージだった。加えてあんなことを言われて恥ずかしかったということもあり、いつも以上の威力を持って鈴が蹴っていたので、小毬の表現も強ち間違いではない。

「……で、俺に何を聞きたいんだ」
さんが、幼い頃に恭介さんを『恭介兄さん』と呼んだ時に怒られた、という話です」
「あぁ、そんなこともあったな」
「本当のお兄さんに悪いから、という理由は思い出せたみたいなんですが、もう一つの理由が思い出せないらしくて」
「恭介さんなら覚えてるかなーって」
「もう一つの、理由ねぇ…………あ」
「恭介、覚えてるなら教えてくれ。気になって仕方がないんだ」
「あれは……若気の至りだ。悪いが今の俺の口からは言えないな」
「待て恭介、逃げるな!」

予想通り、恭介は覚えていたが、言いたくないことだったらしい。若気の至りというのは果たして小学生に当て嵌まるのかは分からないが、幼いが故に言えたことであり、今となっては口に出し難いということだろう。あの棗恭介が言い渋るなんて一体どんなことなんだと、周囲は興味が増すばかりである。けれども、恭介は口を割る様子は無く、逃走を図った末に今正に教室から出て行くところだった。

「『夢くらい見させろよ』後は自分で思い出せ」

そして、追い掛けてきていたに対してヒントらしきものを与えると、そのまま出て行ってしまった。そろそろ昼休みも終わる時間だから、自分の教室へと戻ったのだろう。数分しか居なかったにも関わらず、恭介は物凄い存在感を教室へと残していった。明日には学校中に『棗恭介は妹萌えではなくシスコンである』という情報が広まっているに違いない。
昼休みの時間は学年問わず、同じ長さである。リトルバスターズの面々も、続きはまた後でということで各々自分の席へと戻ることになった。勿論、には次の休み時間までに思い出しておくように、という厳命が下されていた。



自分の席へと戻ったは先程恭介に言われた言葉について考えを巡らせる。その言葉が始まりなのか、終わりなのかも分からない。

「『夢くらい見させろよ』か。あんな一言で思い出せたら苦労はしな……ぁ」

思い出した。いや、思い出してしまったと言うべきか。恭介が言いたくないのも分かる、これは確かに今となっては言えない。若気の至りというのも的を得ている。にとっても、他のメンバーに進んで言いたいことではなかった。思い出せなかった。そういうことにしておこう。

「こんなの、私の口からも言えるわけないだろう……」



 ……恭介はわたしの兄になるのがいやなのか?
 いやだ。おまえの兄さんにもわるいし、それと―― が妹だとけっこんできないだろ。
 今のおまえにはむりだって分かってるけど、ゆめくらい見させろよ。兄さんなんて呼ばれたら、ゆめも見られなくなるだろ。
 わかった……恭介はこれからも恭介だ。
 忘れるなよ。やくそくだからな!


    (2010.07.11) back