カタチのない感情

「あたしは小毬ちゃんのこと、もっと良く知りたい!」

その一言が今回の始まりだった。 佐々美が小毬と昨年同じクラスであったことが分かり、彼女が知っていて自分が知らない小毬が居ることが鈴は悔しかったらしい。 数日前の河原での出来事以来、佐々美への敵対心が強まっていたようだ。 それなら去年の写真を見せて貰えば良い、という話にいつもの面々が興味を示し、最終的に中学時代の写真を見せ合うことになった。 そして現在、各々の写真を持ち寄ったリトルバスターズのメンバーが集合しているわけである。

「わぁ、鈴ちゃん可愛い〜」
「そ、そんなことない。こまりちゃんの方が可愛いっ!」
「ふむ、中学の頃の小毬くんは髪が長かったのか」
「姐御は変わらないなぁ、見事なぼんきゅっぼーん!!」
「来ヶ谷さんはこの頃から大きかったのですね、わたしなんて……」
「中学生の直枝さんと恭介さん……これも良いですね」
「西園嬢、欲しかったら何枚か持っていっても構わないよ」
「ちょっと! 勝手に僕の写真ばら巻かないでよ」
「なぁ、これ何年の時だ?」
「寒中水泳? あー……2年の冬じゃねぇか? 謙吾が熱出して寝込んで中間受けられなかった時だろ」
「お前は普通に試験を受けたにも関わらず、俺と共に補習だったがな」

わいわい、がやがや。 そんな擬音が聞こえてきそうな程に場は盛り上がっていた。 互いに高校に入ってからしか知らないので、中学時代の写真というのは思っていた以上に面白いものだった。 良く知った相手の今よりも幾分か幼い姿が其処にはある。 その中には今からは想像が付かない様子が写っていることもあった。 一方であまりに突然のことだったので、写真が手元になかったメンバーも居る。 ほとんどの寮生は中学の頃の物は実家に置いてきているのでそれも仕方ないことだろう。

「いやぁそれにしても圧倒的な多さですネ」
「なにせ6人分だからね。これでものだけだから半分もないんじゃないかな」

広げられた写真の大半は旧リトルバスターズ、幼馴染6人のものだった。人数が多いというのも勿論あるが、それにしてもかなりの量だ。中学だけでこれだけあると言うのだから彼達が出会ってから現在に至るまで合わせると、どれだけになるのか想像が付かない。しかし、理樹はまだ半分にも満たないと言う。

ちゃんのって?」
「量が多いからね、私と恭介で分けて持ってるんだ。理樹はともかく、残りの三人には管理出来ないから」
「焼き増し分を渡してはいるんだけどな。恐らく、どっかに散乱してるだろうな」
「え、写真なんて貰ったか?」

真人の予想通りな反応に「ほらな」と恭介は肩を竦める。流石に貰ったことを忘れているということはないだろうが、残り二人も似たような反応であることは想像に難くない。と恭介が全てを管理するに至った経緯も分かるというものだ。
そんな大量の写真を収納したアルバムの内の1冊を少し離れた所で美魚は黙々とめくっていた。時々頬に手をあてて、ほぅっと溜息を吐いていることから彼女なりに楽しんでいることが伺える。そうして最後の頁まで見終えた所で、間に挟まっている一通の封筒の存在に気付いた。宛名などの名前の類はなく、厚みからしても手紙ではないのだろう。もしもが存在を忘れてるいるなら教えるべきであるが、意図的に入れたものならばその必要はない。どうするべきか美魚が悩んでいると横から伸ばされた手がひょいと封筒を掴み取っていった。

「来ヶ谷さん……」
「何か面白いものでもあったのかい?」
「こちらに挟まってました。さんのものだと思うのですが、見ても良いものかと」
くんが忘れるということはあるまい。それにどうやら中身は写真のようだし、見てしまっても構わないのではないのかね?」

言うが早いか、唯湖は封筒を開いていた。好奇心に負けた美魚も横からそれを覗き込む。中に入っていたのは数枚の写真であり、そのどれもと恭介が二人で写っていた。それだけならば何の変哲もないのだが、問題はが学ランを着ているということだった。

「これは……随分と高く売れそうな写真だな」
「そうですね、特定層の人にも受けると思いますよ」
「来ヶ谷さんと西園さん、何見てるの? あぁ、その写真……」

額を寄せ合い何かを覗き込んでいる二人を不思議に思って理樹は声を掛けた。二人が一緒に居ると自分にとってあまり良くないことが起こる、という危機感からの行動だったのかもしれない。理樹にとって幸いなことに、写真は彼には関係ないものだった。だからこそ気が緩んでしまったのだろう、何かを知っているとしか思えない反応をしてしまった。それを二人が見逃すはずもなく――

「理樹くん、知っているなら素直に話した方が身の為だぞ?」
「悪いようにはしませんから」
「いや、そんな風に言われても僕からは言えないから。に直接聞いてよ」
「それは、言えないような軒並みならない事情があるということかな?」
「そういうわけじゃなくて…」
「別に大した理由じゃないさ。お前らが期待してるようなことはねぇよ」

否定の言葉は、いつの間にか後ろに来ていた恭介により発せられた。理樹と同様、気になったので様子を見に来たのだろう。彼が不意打ちで現れることに慣れてしまったのか、誰もその出現に驚きはしない。

「恭介氏、それなら君が代わりに答えてくれるのかな?」
「あぁ、いいとも」
「ちょっと恭介! 良いの? 勝手に話したりして」
「何をそんなに慌ててるんだ? 文化祭の出し物で男装したことくらい、話したって良いだろう?」
「え……? あ、あぁ、そうだね」

あっさりと明かした恭介に対して、理樹は何処か歯切れが悪い。納得がいかないけれども、無理矢理合わせているといった感じである。理樹のそんな様子に気付いていないような顔をして恭介は続ける。

「うちのクラスで劇をやったんだ。学園物でな、は主人公の男役だったんだよ。その配役もあってか劇は大成功、物凄い人数が集まって1クラスの出し物とは思えない程に盛り上がったな」
「脚本は、恭介が書いたんだったよね」
「あれは当時の俺の最高傑作だった。とは言っても、俺自身あそこまで成功するとは思ってなかったけどな」

彼が脚本を書いたのならば、劇が盛況だったというのもあながち嘘ではないのだろう。が男装していたのは男役だったから、というのも理由として筋が通っている。しかし、それだけでは説明の出来ないことがまだ残っていた。

「それが本当なら、ぜひ見てみたかったな」
「本当さ。劇についての詳細まで語ると1時間は余裕で掛かるが、聞くか?」
「遠慮しておきます。では……ここにあるさんの写真が私服ばかりで制服のものはこちらの写真しか無いことは、無関係だということですか?」
「そういうことになるな」
「なに、隠しておきたいことならば、こちらも無理に探ったりはしないさ。どうやらくんには尋ねて欲しくないようだからな」
「そうなの、恭介?」

問い掛けに恭介からの答えはなかったが、その表情が何よりも雄弁に語っていた。その顔を見て、どうして嘘と真実を織り交ぜた話をしていたのか分からなかった理樹も漸く納得が出来た。

「まぁ、恭介氏がくんのことを大切にしていることは良く分かったよ」
「そりゃあ幼馴染なんだから当たり前だろ」
「はぐらかすなら、それでも構わないがね」
「ですが……恭介さんは、それで良いのですか?」
「別に良いも悪いもないだろう。じゃ、その写真は元に戻しておいてくれ」

そう言うと、恭介は背を向けて真人や謙吾の方へと戻って行った。それはこの件についての会話を断ち切るかのように感じられるものだった。恭介らしくない行動に理樹は首を傾げながらも、一先ず問題となった写真を片付けることにする。かつては見慣れていた姿、だからこそ再会した時にはその姿に違和感すら覚えた。けれども、以前よりもずっと気が楽そうな彼女を見ていると、やはり今が彼女の本来の姿なのだと思える。

「二人はさ、もう分かってるの? のこと」
「アルバムを見ていて少し不思議に思った程度ですが、一応は」
「さっきの写真とくんの普段の様子を加えて考えれば、概ね予想は付くというものだよ。しかし理樹くん、せっかく恭介氏が煙巻いたのに話してしまって良いのかね?」
「恐らくですが、さんもあまり知られたくはないんだと思います。だから恭介さんもあのようなことをしたのでしょうし」

理樹も感じていたように、のあるべき状態は今の姿だ。本来とは異なる性別で生活することを強要されていた中学までの自身は、彼女にとって良い思い出でないことは確かだろう。それを敢えて突きつけるような真似をして欲しくなかったがために、恭介もあのようなことをしたのだろう。

「でも、それならどうしてはこの写真を残しておいたりしたんだろう」
「鈍いですね。さんだって自分しか写ってないものならそうしたと思います。でも、こちらに写ってるのは彼女だけではありませんから」
「つまり、くんもまた恭介氏を大切に思っているということだよ」

唯湖の視線の先には、話題の主であったと恭介が居た。 恭介が指し示した写真を見て、は楽しそうに笑っている。 誰が見ても、仲睦まじい恋人同士にしか見えない光景だった。

「何でも卒なくこなすのに、妙なところで不器用な二人だと思わないか?」
「見ている分には楽しいのですが、時々じれったくなりますね」
「うん、僕もその意見には賛成かな」

    (2011.06.23) back