もしも君と海を見れたなら
「日の出を見よう」
いつものように理樹と真人の部屋に集まって各々で課題などをこなしていたら、いつものように恭介が突拍子も無いことを言い出した。
「は?」
「ついにおかしくなったな」
「なんで突然日の出なのさ」
「この前、就活から戻ってきた時に見た日の出が凄く綺麗だったんでな」
「就職活動へ行く度に、恭介は職以外のも得て帰ってくるね」
「、はっきりと事実を言ってやるな。もっとオブラートに包んで言ってやれ」
「就職先は他にもあるけど、俺が得ているのは一度限りの得難い経験だから良いんだよ!」
「いや、良くはないだろ」
「まぁまぁ、恭介だって頑張ってるんだし、就職の話はしないであげようよ」
「俺の味方は理樹だけだぜ・・・・・・」
そう言って理樹の肩を抱く恭介を見て、鈴はうわぁという顔をして本気で引いていた。
そして真人と謙吾が何やらそわそわしている一方で、自分の発言がきっかけだったとは言えその様子をは呆れたように見ている。
最早慣れたこととは言え、相変わらず彼らの理樹に対する好意は若干・・・・・・いや、かなり行き過ぎていると幼馴染女性陣二人は感じていた。
仲が良いのは結構なことだが、友情を深めるのはまたの機会にして貰うとして、今は話を進めるのが先決だとは先を促す。
「それで、恭介。日の出を見るってどうするもりなんだい?」
「そもそも今は夜だ、朝まで待つなんて言わないだろうな?」
「そりゃあ朝になるまで待つに決まってるだろ」
「まさか恭介・・・・・・今日やるわけじゃないよね?」
「俺たちだけならそれでも良かったんだが、他のメンバーのことも考慮するとそうはいかないだろ。明日だ」
「オレらだけなら今日やったのかよ!」
「明日でも十分突然だという指摘はしてはいけないんだろうね」
「あたしは行かない。朝早いのなんていやだ」
「もちろん全員参加だ、拒否は認めない」
不満そうな顔をしているものの、小毬やクドなどの他の女子メンバーも参加する以上、鈴も来ないわけにはいかない。
日の出を見るということは早起きをするということであり、女子達は互いに声を掛け合って集まることは想像出来る。
鈴が彼女らに誘われたら断れないことを分かっている恭介ならば、その辺りは抜かりなく手配をするだろう。
「集合とかはどうするの? 夜間外出する以上、あんまり目立っちゃまずいと思うんだけど」
「俺が先に行って、丁度良さそうな時間になったら連絡する。それまでは待機ってことで」
「この時期の日の出は4時過ぎか。となれば3時30分頃には起きていないと駄目だろうな」
「えーオレそんな時間に起きれねぇぞ。理樹、頼んだ」
「そんな人任せな。ていうか真人、筋トレで偶に朝早くから起きてるじゃない」
「筋肉関係ねぇのに起きれるわけあるか」
「無駄に説得力に溢れた理由だな」
「こっち来るな、筋肉バカがうつる」
「うっせぇ、おまえだって猫バカだろうが」
「あ、あたしは別にバカじゃなんかじゃない!」
「はいはい、二人とも落ち着いて」
「そういえば恭介。場所は何処なのかな? 帰ってくる時に見たと言うからには、屋上ではないんだろう?」
「ん? あぁ、まだ言ってなかったな。海だ」
+++
翌日は土曜日であったこともあり、普段よりも早く就寝につくことでリトルバスターズの面々は各自早朝の起床に備えていた。
睡眠時間が足りずとも、明けた日曜日に睡眠を取れば良いという考えもあったが日曜は日曜でやりたいことがある。それが学生というものだ。
それはもまた例外ではなく、いつもよりも早い時間に就寝し、きちんと目覚ましをかけた彼女は指定された時間のおよそ5分前には集合場所である渡り廊下に居た。
恭介以外のメンバーは3時45分に一度集合し、恭介からの連絡を待つ手筈になっていたのだが、この時点では違和感を覚えていた。
几帳面な性格をしている美魚やクドなど、と同様に5分前には居てもおかしくない者達が見当たらないのだ。
時計を確認してみると、時刻は既に3時42分を示している。
そこで漸く人の気配を感じて振り向いたは、現れた人物を見てますます疑問を深めた。
「・・・・・・恭介? なんで君が此処に居るんだ?」
「それはこっちの台詞だ。どんだけ早起きなんだよ、まだ3時30分だぜ?」
「恭介、ちょっと時計を見せて欲しい」
「構わないが、どうした?」
差し出された恭介の腕時計を見ると、時刻は確かに3時30分を示している。
ここまでくれば、何が起こったかは明らかだった。
「どうやら時計がずれていたらしい。遅れるならまだしも早まっていた、私の部屋の時計全てがね」
「そりゃまた奇妙な話もあったもんだな」
「全くだ。まるで誰かが意図的に早めたみたいだね」
「・・・・・・一応言っておくが、俺じゃないからな?」
「分かってるよ。ちなみに、私でもない」
「知ってるさ」
当人が無意識下で『思った』可能性もあるので、追求したところで誰がやったかなど分からないだろう。それよりも今は、これからどうするかの方が重要だった。
本来の集合時間まで後15分。5月とは言え、朝はまだ冷える。
待つのならば此処ではなく一度部屋に戻った方が良いだろうが、問題はそう簡単ではない。
「、お前何処から出てきた?」
「勿論窓からに決まっているだろう。正面玄関から出られるわけがない」
「それでお前の部屋は何階だ?」
「知っていることをわざわざ聞いてどうする? 3階だよ。あと、同室者は今もまだぐっすりと寝ているので起こしたくない」
「つまり、戻るわけにはいかないんだな」
「最初から分かっていたことだよ。選択肢は一つ、私も君に同行させて貰う。まさか駄目とは言わないだろう?」
「知ってることは、わざわざ聞くまでもないんだろ」
先程のの言葉をなぞるように笑いながら告げられた、それが答えだった。
正門に向けて歩き出した恭介の後をもまた追い掛ける。
隠れることなく堂々と歩いているが、深夜ならいざ知らず早朝ならば騒いだりしなければ見つかることはないと両者共に分かっているからだろう。
見咎められることなく到着した校門で、示し合わせたように二人は立ち止まる。
「で、どっちが先に行く?」
「当然、恭介だろう。私は後で良いよ」
「それじゃあお言葉に甘えて。大丈夫なんだな?」
「校門を乗り越えるくらいの運動能力は有しているつもりだよ」
「そういうつもりで言ったわけじゃないんだが、まぁいいさ」
よっという掛け声と共に軽々と身体を持ち上げると、そのままの勢いで恭介は校門の向こう側へと降り立った。
彼が無事に着地したのを見届けてから、続くようにも校門に手を掛ける。
身体を持ち上げて片足を先に向こう側へとやり、一度校門上に座るようになってから向こう側へと降りた。
危な気なく着地したが立ち上がると、隣に立つ恭介は何故か彼女から視線を逸らす。
特に不自然な動作であったわけではないが、何か気に掛かるものがあった。
「どうかしたのか、恭介?」
「いや、別に。大したことじゃないんで気にしないでくれ」
「気にしないでいるにしては、君の振る舞いは少し目に留まるよ」
「正直なところ・・・・・・前もって確認したんだから俺に非は無いと思うんだが」
「恭介、話が見えない。私にも分かるように言ってくれないか?」
「怒るなよ」
「怒るようなことをしたのか?」
「不可抗力だ。あー・・・・・・」
「聞いているよ」
「制服で活動的なことをする時はもっと色々と気を配れ」
「・・・・・・・・・・・・見たのか?」
「暗いからはっきりとは」
はっきりとは見えなかったが見たことには代わりはないわけで、分かった瞬間、今度はが盛大に顔を背けた。
恭介が彼女のことを見ていたのは、バランスを崩して怪我などしそうになった時に手助け出来るようにであり、見ようとして見たわけではない。
故に不可抗力であったということはも理解している。
しかし、理解していることと気持ちの整理が付くことは全く別の問題だった。
確かには今までの生き方もあって、スカートを穿ことについての意識が欠けている面がある。
2年が経過しても未だに突作の動きは以前のものが出てしまうこともあった。
要は、ほんの少しの動作で下着が見えることなど彼女の意識に無かったのだ。
「・・・・・・今後は気を付ける」
「そうしてくれると俺も有り難い」
数分間の沈黙の後にが口に出来たのはそれだけだった。
気まずい雰囲気は拭い切れないが、いつまでも校舎から丸見えのこの場所に立っているわけにはいかない。
二人共それが分かっているため、一先ずは無言で目的地へと向けて歩き出した。
日曜日とは言え朝早いため、シャッターの下りた閑静な商店街を通り抜けると、視界の先に微かに地平線が見えてきた。
その頃には流石に気まずさも払拭されていたこともあり、は何気なく思い浮かんだことを口にした。
「海はゴールなんだって、誰かが言ってたな」
「何のゴールなんだ?」
「さぁ? 人生なり、到達点なり、色々なんじゃないかな」
「適当だな。まぁとりあえず、俺たちの今日のゴール地点なのは間違いないな」
「それは確かにそうだ」
時刻は3時47分。此処まで来るのにおよそ15分程掛かったということだろう。
今のところは地平線の向こうに変化は無いが、時間的に見てそろそろ残りのメンバーに連絡しておくべきだった。
が居ないことで騒ぎになっていては悪いので、彼女が恭介と共に居ることも伝える。
そして、後から来る理樹達に分かり易いように中古車販売店の前の段差に二人は並んで腰掛けたのだった。
「なぁ、。海、見たいか?」
「出来もしないことを言うものではないよ、恭介」
「例えばの話をしてるんだよ、夢がねぇなぁ」
「現実主義者なので、悪かったね。見れるなら、見たいという気持ちはあるよ」
海を臨みながら交わされる会話としては不自然極まりないものであったが、には恭介の言いたいことが分かっていた。
夢見がちな子どもには戻れないから、それが有り得ないことだと知っている。
けれど、『もしも』いつかそんな日が来るなら、それも悪くはない。そう思っているのは彼女だけではないのだろう。
『もしも』があるなら、二人にとって今この瞬間こそがそうなのかもしれないのだから。
他のメンバーが到着するまで後15分。
砂浜に打ち寄せる波音だけが二人の耳に届いていた。