その行いは誰が為か
「機関名は……学園革命スクレボよ」
闇の執行部部長、時風瞬を倒したことで彼女はその存在を勝ち取った。
しかしそれは同時に、この世界における彼の消滅を意味していた。
そして今、かつて彼が居た場所には彼女が居る。
まるで始めからそうであったかのように誰もが自然に受け入れ、疑問に思う者は一人も居なかった――ある一人を除いて。
「ねぇ、。どうしてなのよ?」
「何の話だ?」
「もうっ、惚けてないでよね。皆で集まってる時にあなたがいつも来てくれないことよ!」
「そう言われても、生徒会の仕事があるからね」
「朝も昼も夜も、一日中あるって言うの!?」
「そうだよ。そろそろ引継ぎの時期だし、生徒会は他の執行部の人事にも関わっているから暇がないんだ」
が生徒会の仕事に追われているのは今に始まったことではない。
けれども、これまでは暇を作り出してでも皆と居る時間を確保していたのだ。
それが最近では生徒会の仕事を優先しているようにさえ見える。
原因に心当たりがないわけではなかった。
むしろ、心当たりがあるからこそ、沙耶は怖くて確かめることが出来なかった。
思い過ごしとして流すには気掛かりな点が多過ぎたのだ。
「どうしたんだ、沙耶?」
黙り込んでしまった沙耶を気遣うように声が掛けられる。
その声は彼女を心から想っているように聞こえた。
こんな風に心配してくれる相手を、疑う必要があるのだろうか?
事実かどうか分からないことで、ずっと友達を疑うくらいなら確認をすれば良い。
私はもうスパイじゃない、普通の女の子なんだから。
そう考えて、沙耶は一つの決断をした。
「あのね、あたし今からあなたにあることを聞くわ。それはもしかしたら、ものすっごく意味不明なことかもしれない。それでも、答えてくれる?」
「構わないよ。私に答えられることならば」
「。あなたは、棗恭介を覚えているの?」
時間が止まったように感じた。
沙耶はの答えを聞くまで視線を逸らすつもりはなかったので、恐らく先に動いたのはだっただろう。
正面から受け止めていた沙耶の視線から顔を逸らし、哀しそうな顔で呟いた。
「……私のことなんて、放っておけば良かったのに」
「答えて!」
「あぁ、覚えているよ。私が恭介のことを忘れるはずがない」
瞬間、沙耶は自分の足元が崩れていくような気がした。
それでも座り込んだりしなかったのは、ある程度は予想をしていたことであり、『やっぱり』という気持ちが強かったからだろう。
「そう、だったのね。別に驚いてないわよ? だって、そうなんじゃないかと思ってたもの」
「分からないようにしていたつもりだったのだけれどな」
「一緒に居る時間が少な過ぎたのよ。そんなに……そんなに、あたしと居るのが嫌だった?」
「そうじゃない。皆と居ると、どうしても居ない存在を意識せずにはいられなかった。ただそれだけさ」
自分の存在が彼達の中で異質であることは誰よりも彼女自身が一番理解していた。
そのことから眼を背けられ続けていたのは、『そうしたい』と彼女が願ったからに他ならない。
けれども、絶対だと思っていた世界は崩壊した。彼の存在を覚えていたというイレギュラーな存在によって。
沙耶は変えようのないその事実を突き付けられてしまったのだ。
「なんでなの、なんでは覚えてるのよっ!! あたしがゲームマスターで、皆忘れてる筈なのに!」
「恭介が居たから今の私がある。私自身が彼の存在を証明しているんだ、覚えていて当然だろう? 騒ぐほどのことじゃないよ」
「それは理樹くん達だって同じでしょ。理由になってないわ」
彼女が彼を覚えている理由がはっきりすれば、未だ手の打ちようはある。
穿たれた綻びを直そうと沙耶は足掻く。
一度手にしてしまったから、その暖かさを知ってしまったからこそ手放したくはなかった。
勝ち目の無い状況の中で、何度死んでも諦めなかったからこそ得た居場所。
簡単に捨てられるわけがなかった。
「あなたは、これからどうするつもりなの? 皆に彼のことを言うの?」
「そうするつもりだ。と言ったらどうなるのかな?」
「悪いけど、あなたには消えて貰うわ。だってあたしは『ここ』でしか生きられないんだもの」
彼女の世界を揺るがすならば、もまた時風瞬だったあの男と同じで敵として排除するしかない。
先程、が自分を心配してくれたのは演技なんかではなかった。
それが分かってしまったからこそ、に対して非情な振る舞いをすることに沙耶の心は微かに痛んだ。
だから、ついそんなことを口走ってしまったのだろう。
「あなたが、が私達の仲間に戻ってくれるなら、見逃してあげてもいいわ。前のように、皆と一緒に過ごしてくれるなら……」
「そう出来たなら良かったのだけれどね。私も暫くは何もせずに君の世界を見ているつもり、だったんだよ」
「だった?」
「君が私に会いに来てしまったから、もうそれは出来ない。沙耶、どうして私の所に来てしまったんだ。理樹や鈴達に囲まれて過ごして、十分楽しかったはずだ。私一人、居なくても良かったじゃないか」
「だって、あたしが憧れた皆の中には、あなたも居たんだもの。あなたが居ないんじゃ、『皆』とは言えなかったからっ……!」
「君は……本当に良い子だね。だからこそ、私は距離を置いたのだけれど、それが裏目に出てしまったか」
それは紛れも無くの本心だったのだろう。
沙耶の方に視線を向けることはなかったけれど、その顔に浮かぶ感情は彼女への慈しみに溢れていたから。
結果が実を結ぶことはなかったけれど、彼女は確かに沙耶のことを想って行動していたのだ。
「一度知ってしまったことはなかったことには出来ない。今まで通りにしようとしても、これから君は無意識の内に私を警戒することになるだろう。それは私の行動を制限することに繋がる」
「あなたが私達と一緒に居てくれればそんなことにはならないわ。ねぇ、なんでそれじゃ駄目なの?」
「……済まない」
恭介のことを覚えていると答えてからずっと逸らしたままだった視線を、漸く沙耶へと戻す。
手を伸ばして彼女の頭を優しく撫でながら、それでもは拒絶の言葉を口にするのだった。
そして、どうしようもないことなのだと、言い聞かせるように繰り返し撫でる。
彼が居なくなってから、は沙耶を仲間として受け入れていた。
共に過ごした時間が僅かなものではあったけれども、沙耶を大切だと想っていた。
少なくとも、その気持ちに偽りはなかった。
それでも一緒に居ることが出来なかったのは、そういった感情とは別に、心の奥底の部分で彼女を許せない自分が居たからだ。
の傍から恭介を消してしまった彼女を。
沙耶にとっては仕方のない行為だったと頭では分かっていても、自分の想い人を消してしまった相手に平然として居ることは出来なかった。
ふとした拍子に自分の醜い部分が表に出てきてしまうそうで、同じ場所には居られなかったのだ。
「それでも、一緒に居ることは出来なくても約束は果たしたかった。それなのに、君が来てしまったから。私も動かないわけにはいかなくなってしまった」
「え、どういうこと……?」
「最初から決めてあったんだ。恭介を倒すことが出来たら、君が好きに過ごせる時間をあげようと。この世界の時間は未だ残されている。君に分けるくらいはあった」
「待って。それじゃあ、これも彼の描いたシナリオ通りってことなの? それにその言い方、まるでいつでもこの世界が取り戻せるみたいに聞こえるわ」
「残念ながら、その通りだ。何故ならゲームマスターは君ではなくて、私だからね。今まではその権利を君に委譲していただけに過ぎない」
「そんな…それじゃあ……」
「騙すようなことをして悪かった」
沙耶の事情も、その気持ちも痛いほどに分かる。
こんな状況でなければ、迷わず彼女に手を伸ばしていただろう。
それでも彼達は彼女にこの世界を明け渡すわけにはいかなかった。
過酷な現実に取り残されてしまう、あの二人の為に。
生きて欲しかった、これからもずっと自分達の分まで強く生き続けて欲しかった。
その為には切捨てなくてはいけないことが沢山あった。
あるのは優先順位の違い、それだけだった。
頭に乗せていた手を戻し、は沙耶から離れる。
開かれた距離は、僅かな間に変化してしまった二人の関係を表しているようだった。
そして、優しく頭を撫でていた時とは別人のように冷たい眼をは向ける。
「君に私の行動を制限されてしまったら、もう二人を救うことは出来ない。その前に、私はゲームマスターに戻らせて貰うよ」
「まってよ、お願い、もう少しだけ時間をちょうだい!! あたしはあなたのことを消したりなんてしないから!」
「無意識下の願いは理性で制御出来るものじゃない。嘘を吐いている場合に限らず、言動とは必ずしも一致するものではないんだ」
「あたしにはもうここしかないのっ!!」
「此処は永遠の場所ではない、いずれ必ず崩壊する。今のまま現実に戻った場合に二人がどうなるか分かるか? 助けられた命を無駄にはして欲しくないんだ。分かるだろう?」
「それは、分かるけど……でもっ!」
ここでしか生きられないのは沙耶だけではない。
他の面々も、現実に戻れば残された命は僅かなものだ。
それはもまた同じである。
二人の為にも彼女は何を犠牲にしても進まなくてはいけなかった。
しかし、もう少し長く続くはずであった沙耶の世界が終焉を迎えてさせてしまった、その責任も彼女にある。
沙耶が憎いわけではないのだ。そんな相手を無碍に扱うことは出来なかった。
「……3日だ。3日間だけ待つ、それ以上は無理だ」
「ありがとう」
「ねぇ、沙耶。君のこと、決して嫌いではなかったよ」
「あたしも、のこと好きだったわ」
そう言うと、沙耶はくるりと背を向けて教室を出て行く。
残された時間を目一杯楽しむ為に。
その姿を最後まで見送ってからは天井を見上げる。
今は此処に居ない誰かに向かって『これで良かったんだよな』と確かめるかのように。
暫くそのままの姿勢で決心を固めた後、彼女は懐から一つの仮面を取り出した。
輪郭を確かめるように指でなぞり、かつて時風瞬が付けていたものと全く同じデザインのそれを顔に付ける。
「ゲームスタートだ。朱鷺戸沙耶嬢」