そして世界は続いていく

 リトルバスターズの修学旅行から帰ってきた後、は生徒会を辞めた。 二学期の始業式の時に生徒会長には知らせていたからか、それはあっさりと受理されたらしい。 そうして生徒会の仕事に使われていた昼休みや放課後の時間がには増えた。 今も、何をするでもなく無為な時を放課後の教室で過ごしている。 恭介と二人で。

「それにしても、が生徒会を辞めるなんてな。情報入手のためとは言え、結構気に入ってただろ?」
「役員が面白い顔触れだったからね、生徒会長は中々食えない人間だったし。でも、私の中の優先順位は昔から変わってない。だから、もういいと思ったんだよ」
「俺は……前から考えてたことがある。確信が持てなくて、しかも聞いたらそこで何かが終わってしまいそうで、聞けなかったことだ」
「今なら聞けるって? 言ってみるといい、恐らく君の考えは正しいから」

あの世界の出来事を通じて、が隠してきたことも全て明らかになっていた。つまり、今の恭介には全ての情報が揃っているということだ。その状況下で、彼が推測したことが間違っているわけがない。恭介の考えが事実であることは自身の発言によっても肯定されている。既に終わったことであり今更聞くことではないと分かっていて、それでも敢えて恭介はそれを口にした。

「お前が生徒会に入った本当の理由は、俺達から離れるためか?」
「ご明察。その通りだ」
「矛盾してるな。それならどうしてこの学校に来た」
「皆と一緒に居たくて、私は選択をした。けれど、一年振りに皆と再会したあの時、待ち構えている別れが怖くなったんだ。――当たり前となっている『今』が永遠に失われてしまうことが」

その時のことを思い出したのか、は何処か遠くを見ながら微笑を浮かべる。一年振りの再会だというのに、当たり前のように受け入れてくれた幼馴染の面々。とても幸福な時間で、同時にそれがいつか終わってしまうことを意識せざるを得なかった。あと数年もしたら迎えてしまうその時を、容易く受け入れられるはずもない。

「だから、距離を置こうと思ったんだよ。常に一緒に居ては、終わりが訪れた時に私が壊れてしまうから。私は、いつだって自分のことしか考えていなかった」
「それでも、お前は俺達から完全に距離を置くことはしなかった」
「君が言った通り、それだと何の為ためにこの学校に来たのか分からないからね……いや、それは建前か。結局のところ、私が皆と一緒に居たかったんだ。どっち付かずの選択しかできなかった、それだけだよ」

そうして選ばれたのが生徒会。情報を入手することでリトルバスターズの一員としてありながら、距離を置ける場所。の能力を持ってすれば、入るのは容易いことだった。けれども、今の彼女は怖れていた終わりがもう訪れないことを知っている。

「それで必要がなくなったから、辞めたのか」
「全部……終わったからね。これからは気兼ねなく皆と一緒に過ごせるんだ、生徒会にくれてやる時間はない。そうだろう?」
「あぁ、皆も喜ぶだろうよ」

全てから解放されたが見せた笑顔は、とても晴れやかだった。十年間、彼女を苦しめてきたものが消えたのだ、それも当然だろう。彼女の未来に待ち構えていたものは、もうない。それは同時に、と恭介を阻むものがなくなったことも意味していた。いつのまにかとの距離を詰めた恭介が、彼女の髪の一房を剥く。

「俺としては、二人の時間も増やしたいんだけどな」
「何を言っている、今だって二人じゃないか」
「いや、そういうことじゃなくてだ……。お前、実は鈴と同じくらい恋愛に疎いよな」
「経験を積む必要がなかったからね。でも、経験がないのは恭介も同じだろう」
「俺は知識で経験をカバーしてるんだよ。それに機会はあった、自分で捨ててきただけだ」

どこかずれたの反応に、恭介は勢いを削がれつつも髪から手を離そうとしなかった。髪をいじられることには慣れているのか、もそれに対しては特に反応しようとはせず、恭介の好きにさせている。

「君が何度も告白をされてたのは知ってるよ。鈴のためにそれを断ってたこともね」
「まぁ、鈴のためってだけじゃないがな。お前が居たからってのもある」

恋人が出来れば恭介もそちらを優先せざるを得なくなる、彼の性格ならばそうするだろう。しかしそれでは、鈴を守ってやる人間が居なくなる。だから、恭介は恋人を作らないのだとは思っていた。けれど、自分にも関係があるとはどういうことなのか。全く予想が付いていなさそうなところからも、彼女が如何に恋愛に疎いかが伺える。恭介は髪をいじっていた手を止め、さっぱり分からないという表情を浮かべているの顔を真正面から見て告げる。

「分からないか? ずっと好きな子が傍に居るのに、他の奴と付き合う必要なんてないだろ」
「……そんな恥ずかしいこと、よく真顔で言えるな」
「俺だって恥ずかしいっての。心臓がやばいくらいにばくばく言ってる」
「それなら言うな。困るんだよ」
「嫌か?」
「そうじゃない……言われ慣れてないから、どう反応して良いか分からなくて、困る」

至近距離にある恭介の顔をなるべく見ないようにするためか、は視線を逸らしている。伏し目がちに、僅かに頬を赤く染めてそんなことを言うは文句なしに可愛かった。嫌がられてなかった上に、彼女のそんな様子が見れた恭介の頬は自然と緩む。

「悪いが俺は止めるつもりはないぜ。今まで言えなかった分も含めて、これからは思ったことを全部言っていくって決めたんだよ」
「私の都合はお構いなしか」
「要は恥ずかしいだけだろ? なら、慣れて貰うしかないな。今のの反応も可愛いから、俺はこのままでも良いけど」
「だから、可愛いとかそういうことを気軽に言わないでくれ。慣れれば良いのだろう、直ぐに慣れてみせるさ」

彼の言葉に一々反応するに、恭介はますます頬を緩める。普段の彼女からは想像も付かない姿は、以前のままの関係だったら決して見れなかったものだろう。今はこの姿が見れるだけで十分だ、そう思えるくらいだった。

「お前だって告白くらい何度もされてるだろう。慣れてないってことはないんじゃないか?」
「そういう問題ではない。同じ言葉でも知らない相手に言われるのと、好きな相手から言われるのでは事情が全く違う」

ぴたりと恭介の動きが止まる。そしてから顔を逸らし、口元を手で覆ったかと思うと深い溜息を吐いた。何故顔を逸らされて溜息を吐かれなくてはいけないのか。彼の行動が理解出来ないはまたしても首を捻っていた。どう声を掛けるか、というか自分に責任があるのか。そんなことを考えていると、いつのまにか向き直っていた恭介には不意に抱き締められた。

「恭介、突然は心臓に悪い」
「……なぁ。お前も相当恥ずかしいこと言ってるんだが、気付いてるか?」

肩口に顔を埋めた恭介は、の抗議を意に介せず問い掛ける。突然抱き締められたことですっかり動揺していただったが、その言葉を反芻したところで先程自分が何を言ったかを思い出し、再び顔を赤く染めて動きを止める。幸いにして、同じように赤く染まっている自分の顔を見られないようにしている恭介が、それに気付くことはなかった。

「別に、恭介がどうだとは言っていない……」
「それでも俺は嬉しかったんだ」
「……これからは言わないようにする」
「なんでだよ?」
「何を言ったか理解した上で、同じことは言えない」
「とか言いつつも、お前は無自覚に恥ずかしいこと色々言うからな」
「言わないからな?」
「俺もお前も、慣れないといけないことばっかりだな」

二人とも口を閉ざしたことで教室には静寂が訪れる。その中で、ただ互いの体温だけを感じていた。それは、かつてあの世界で一度だけ交わした抱擁と同じようでいて全く違う。『今』は今であり、時間は確かに刻まれている。頭では分かっていても、不安に感じることがあるのだろう。その存在を確かめるように一瞬だけ強く抱き締めた後、恭介はの背に回していた腕を離した。

「さて、そろそろ練習に行くか。あんまり遅くなるとあいつらに何か言われそうだしな」
「葉留佳嬢や来ヶ谷嬢なら、率先してからかってくるだろうね」
「おっと、西園にも注意が必要だぜ? あいつを忘れると大変なことになる」
「彼女の場合は脳内で何を考えているか分からないからな」

そのまま教室を出ようとした恭介は、自分が一人であることに気付いて振り返る。は未だに教室に立ち尽くしたままだった。その表情からすると、行く気がないわけではないのだろう。彼女はただ、彼の言葉を待っていた。

「お前も、行くだろ?」

そう言って恭介は手を差し伸べる。かつて彼女が取ることが出来なかったその手を。
だが、今の彼女はかつての彼女とは違う。
差し伸ばされたその手をは取る。そして、彼女の手を恭介はしっかりと握り返した。

「よし、行くぞ、

君が世界を教えてくれた。そして隣に居てくれるから、世界は今日も輝いている。

    (2010.12.19) back