私とおねえちゃんと、そして

面倒な風紀委員会からの呼び出しは『これまで』に比べると減った。 それでも、外泊などの問題で寮会から注意を受けることは時々だけどあった。 これまでよりは行くことも減ったけれど、こればっかりは遠いのだから仕方ない。 寮長からのいつものお小言を適当に聞き流し、反省文の提出を言いつけられて寮長室を後にする。 ガラガラと扉を閉めて溜息を吐いていると、丁度、隣の部屋の中から誰かが出てきた。 寮長室の隣は生徒会室だ。 どうせ生徒会の人も私への反応は他の生徒達と変わらない。 何でも思い通りになるとは言っても、一々そんなことまで考えてられない。 だから私はさっさと立ち去るつもりだったのに、呼び止めたのは相手の方だった。 それは問題児に対する硬い声音ではなくて、友人に対する柔らかい声で

「葉留佳嬢」

そう、私の名前を呼んだ。



彼女のことが最初は少し苦手だった。

理樹くんや鈴ちゃんと幼馴染でありながら、わざわざ彼らと離れて生徒会に入る理由が分からなかったから。 本当は一緒に居たくないけど、仕方なく一緒に居るのかな、なんて思っていた。 でも、彼女の様子を見ていたら、それだけは有り得ないことだと分かった。 心から、彼らのことを想っているのだと。 それを否定することは誰にも許されてはいけないことなのだと。 だから今では彼女への苦手意識なんて全く残っていない。 むしろ、リトルバスターズの面々の中でもかなり好きだった。 それは多分、少しだけ彼女が私に似ていたから――

「そういえば、くんにもお兄さんが居たんだよね?」
「ん、そうだね。まぁ勝手に全部私に押し付けて出て行ってしまったから、今では絶縁しているようなものだが」
「そっかー。あのさ……理樹くんから聞いたんだけど、くんの家も、ちょっと面倒な感じなんだってね」
「面倒かどうかはともかくとして、あまり普通ではないのは確かかな。兄が居なくなってからは随分と色々とやらされたものだよ」
「じゃあさ、お兄さんのこと、恨んでる?」

彼女がどう答えるか気になった。 私とは状況が違うだろうけれど、きょうだいのせいで嫌な眼に合っているということは同じだったから。 勿論、勝手に全部押し付けて居なくなったんだから、恨んでていて当然だと思っていた。 だから、彼女が苦笑しながらも首を横に振ったことにとても驚かされたのだった。

「恨んではいないよ。少なくとも、兄が居たら私は外に出ることもなかっただろうからね。あの頃に、鈴や理樹、真人に謙吾、そして恭介と出会うこともなかっただろう。それに、こうして皆と一緒に居ることもね」
「でも、楽しいのは『今』だけでしょ? これから先は嫌なことしかないじゃん」
「そうだね。でも私は『今』のためなら未来を賭けられる。それくらいに、この時間は代え難いものなんだ」

それがきっと私と彼女の違い。 学校に来れるのは楽しい、リトルバスターズの皆と一緒に過ごす時間も楽しい。
でも、かなたとあの子が居るから、窮屈な気持ちは拭いきれなかった。 そこまで『今』を大切には思うことは、出来ない。

くんはすごいなぁ……私はそうは思えないよ……」
「決して許しているわけではないし、納得もしていない。それでも、『今』があるのは兄の御蔭であることは事実なんだよ」

だから、君も良かったことまで否定してはいけないよ。 そう言った彼女の視線を辿ると、その先には中庭を歩くかなたが居た。



――あの時は笑って誤魔化して逃げ出してしまったけれど、今なら分かる。
かなたのおかげで、私は『ここ』に居られるのだから。

私だけが辛い目に合ってるんだと思ってた。「良い子」のかなたは何も苦しんだりなんてしてないんだって。 でも、違った。かなたも辛かったんだ。 それでも約束を守ろうとしてくれていた。私が、それを忘れてしまっていただけで。

本当は何を望んでいたのかそれを私は見付けることが出来たから。 あとは、そうなるように思えば良かった。 それも後少しで終わる。 けれど、この願いはきっと叶う、彼が何とかしてくれる。 私に出来るのは、それを見届けるだけ。 見届けて、それが終わったら、全てを大切な人達にかえすのだ。 だから彼女がここに来たのは、ほんの少しだけ名残惜しいなんて思ってしまっている私への自分からの戒めなのだろう。

「ありゃ、くんじゃないですか。はるちんに何か用だったり?」
「単に君の姿が見えたから声を掛けただけ、ではいけないかな?」
「まっさかぁ、駄目なんて言わないよ。ところで、くんはこれからお暇な感じデス?」
「仕事の方は一段落したからね、暫くは暇だよ」
「それじゃあ、ちょっとだけ私のぶっちゃけトークに付き合って欲しいな」

話す必要がないことは分かってる。 『今ここ』で何を話しても彼女は覚えていない。 それでも、いつかの話の続きを彼女としておきたかった。

少しだけ、彼女は私に似ていた。
でもそれ以上に――――彼女はおねえちゃんに似ていたのだ。


足を止めていた時は流れて、思い出したことがある。

きっとふたりだったらどこまででも行けた。

だから『今』はもう、終わりにしよう。

    (2012.10.10.) back