何も知らないまま、ずっと君と探していたかった
「なにをしているの?」
「さがしものだ」
「それは見つけられるの?」
「どうだろうなぁ。すごいたいへんだと思う」
「見つけられなかったらどうするの?」
「見つかるまでさがす」
そう。と短く呟くと、少女は少年の隣にしゃがみこむ。
少女の纏う服は非常に動き辛いのか、一呼吸の間は少年に掴まって体勢を整えていた。
その指先が離れたのを見て、少年は問い掛ける。
「なにしてるんだ?」
「手伝おうと思って」
「なんでそうなるんだよ?」
「だって、ひとりよりふたりのほうがいいでしょう?」
夕焼けに照らされた少女の顔はきらきらと輝いているように見えた。
少年も少女も分かっていた。
探し物が見付かることは決して無いのだと。
それでも二人は探し続けた。
夕焼けが夕闇に変わろうとも、互いの顔さえ見えなくなるまで、ずっと。
「早く行こうぜ!」
「わかった、行くから。だから前を見て歩け、恭介」
「は心配性だなぁ。これくらいで転んだりなんかしな……うわっ」
「ほら、言ったそばからこれだよ」
転び方が良かったのか、幸いにも怪我はしていないようだった。
道端に座り込んだまま立ち上がろうとしない恭介の下へとは足早に駆け寄る。
じっと何処か一点を見ている恭介を不思議に思って視線を辿ったは、そこに今にも沈みそうな夕日を見付けた。
真剣な顔でそれを見詰める恭介が何を考えているのか、には分からない。
まるで太陽が沈むこの一瞬で時が止まってしまったかのような。
浮かび上がりかけたそんな錯覚は、遠くから聞こえる呼び声によって吹き飛ばされた。
「っと、あいつらが待ってるんだったな」
反動をつけて勢いよく立ち上がると、恭介は服の汚れを形ばかり払う。
その頭からは既に夕日のことなど消え去ってしまったように見えた。
「ほら、あいつらが待ちくたびれちまう前に急ぐぞ」
けれど、そう言って恭介が差し出した手は夕日で真っ赤に染まっていた。
きらきらと輝いていたのはそれが探し物だったからなのか。
それとも探し物を手に入れたからなのか。
「…………様」
肩を軽く揺すられて彼女は目を覚ました。
彼女の身体に誰かが直接触れることは滅多にない。
それはつまり、声を掛けられただけでは目覚めない程に熟睡していたということだ。
珍しく開かれているカーテンから西日が差し込んでいる。
その眩しさに彼女は思わず目を細めた。
あんな夢を見たのも、大方これのせいだろう。
「閉めてくれ」
短くそれだけ告げる。
何故、今になってあの頃を思い出すのか。
彼女はもう決別したつもりだった。
そうすることで心が凍りついていることに見て見ぬ振りをすることで安定を保っていた。はずだった。
嫌な予感などというものではない。
それはカーテンの閉められた薄暗い室内の中で、隙間から差し込む西日に照らされるように置かれていた。
「これは?」
「一月ほど前に届きましたお手紙です。お渡しするように申しつかりましたので、そちらに」
「毎度のことながらよくもまぁそこまでやる。いっそのこと手紙なんて渡さないようにすれば良いだろうに」
一ヶ月も前の手紙を今更寄越すということに彼女は皮肉げに笑う。
それでも届くだけまだ良い方なのだろう。
少なくとも彼女が見ても構わないと判断されたものしか此処には来ないのだから。
ならば大した内容など書かれているわけもない。
そう考えて彼女は何の気なしに封筒を裏返し、差出人の名を確認しようとした。
From R.N
息が詰まる。心臓が激しく脈打つ。
その文字が目に入った途端に急激な感情の起伏が彼女に襲い掛かった。
「下がっていい」
動揺を押し隠すには、その一言で精一杯だった。
部屋に一人きりになったということを確認すると、彼女は震える手でペーパーナイフを掴む。
背筋を嫌な汗が伝う。
読みたくない。しかし、読まなくてはいけない。
あの二人が、わざわざ送ってくれたのだから。
逸る心臓を静めるように目を閉じると、三年前に分かれた際の二人の姿が彼女の瞼に浮かんだ。
そして目を開いたそのままの勢いで手紙を開封する。
中から出てきたのは、決して少なくない量の便箋だった。
手紙を読み終わった後も涙は出なかった。凍りついた心が更に冷え切っていくだけだった。
彼女は事件の存在すら知らなかった。
彼女は二人が必死に綴ってくれた手紙を一月も経ってから読んだ。
彼女は辛く苦しい困難を乗り越えた二人に、たった一言声を掛けることすら適わない。
「……私は冷たい人間だから。彼らのために泣くことすらしない」
言葉とは裏腹に、彼女の声が酷く弱々しかった。
先ほどまで彼女を襲っていた激情はすっかり消え去っている。
力の抜けた手から滑り落ちた封筒は、床に落ちると同時にその中身を覗かせた。
それは一枚の色褪せた写真。
かつて彼女も持っていた。たった一度だけ、彼と二人で撮ったもの。
引き寄せられるように拾い上げて裏に書かれた文字を目にした時、彼女の目から一滴の涙が零れ落ちた。
一度枷が外れてしまえば、後は止め処なく溢れてくる。
決して口にすることは出来なかった言葉は、決定的な終わりを迎えて初めて伝えたかった彼女に届いた。
その言葉を返すべき彼は、もう居ない。
欠けていた心を埋めてくれたのはいつも君だった。
付き纏う不安から目を逸らせたのも、そこに君が居たから。
最後の涙を拭ったら、これからは一人きりで探し出すよ。