遠くない未来に、また

『聞きたいことがあるから部屋に来て』

珍しく鈴から送られてきたメールにはそう書かれていた。 修学旅行以来、鈴は特に小毬と一緒に居ることが多い。当然、互いに色んな悩み事なども話しているに違いない。 だから、小毬ではなく自分に相談を持ちかけたということがには不思議だった。 かと言って、そんな理由で幼馴染からの頼みを無碍にするような真似をするわけもない。 時間を指定していないということは今直ぐ来て欲しいということなのだろう。明日の課題はまだ残っているが大した量ではない。 そうとなればの行動は早かった。 了承を告げる旨のメールを送って自室を出る。 鈴の部屋は同じ階にあるので直線距離にして僅か数メートル、メールが届いてから5分もしない内には鈴の部屋の前に立っていた。

「鈴、入るよ」

ノックをして声を掛けると、扉の向こうからの返答を待たずに扉を開ける。 はその性格からして相手の許可を待たずに入室することは滅多にないのだが、彼女にとって鈴はそれが許される相手だということだ。 理樹と真人の部屋に至っては声を掛けるのと扉を開けるのが同時であるのだから、それを思えばこれでもまだ気を配っていると言えるだろう。 そして鈴もその程度のことは気にせず、当然のことのように受け止めるのだった。

「よくきたな。まあ、座れ」
「君が呼んだんだろう」

誰かを想起させるような応対をする鈴に苦笑しながらも、その言葉に従っては使われていない方のベットに腰を下ろす。 一方の鈴はと言えば、彼女自身のベットの上で何故か正座をしていた。 しかしは敢えてそのことには触れずに話を進める。

「それで、『聞きたいこと』というのは一体何かな。小毬嬢には言えない話なのだろう?」
「そうだ。あたしも最初はこまりちゃんに聞こうと思ってた。でもなんかそれはよくない気がしたんだ」
「理由は分からない、しかしそれを聞いてはいけないと思った。成程ね」
はなんでかわかるのか?」
「推測くらいはつくよ。それを確信にするには、鈴が何を聞こうとしたのかを知る必要性があるけれどね」

鈴が無意識の内に避けたということは、恐らくあの世界での体験に関わっているのだろう。 理樹はまだ朧げに覚えているが、鈴はほとんど忘れてしまっている。 しかし再生することは出来なくても、記銘されたからには保持されている。記憶とはそういうものだ。 相談とは別に、小毬に対して抱いた無意識の遠慮の理由についても鈴は知りたいと思っているのだろう。 この時点ではそのことに気付いていたし、だからこそ慎重にならざるを得なかった。 内容次第では明かすことを控えた方が良いということも十分に有り得たからだ。

「わかった。じゃあ聞くけど、はあの馬鹿兄貴と付き合ってるらしいな」
「……うん?」
「違うのか? みんなそうだって言ってたぞ」
「いや、違わなくはないんだけれど、それはこの話に関係あるのかい?」
「大いにある。そうじゃないと話が進まないくらいだ」

鈴は真剣な表情で言い切った。 話が進まない。とまで言われては、彼女も解答を渋るわけにはいかない。 計らずも、はあの時の理樹の心情を理解するのだった。 近しい人間、しかも身内に対してそういった報告をするには、相応の覚悟が必要となるということを。

「それで、付き合ってる?」
「うん。私は恭介と付き合っているよ」
「きょーすけなんかと付き合うなんて、おまえ趣味が悪いな」
「彼を兄に持つ君に言われてもね。それに鈴だって、なにも嫌いというわけでもないだろう」
「まぁ、あんなんでもいなきゃ困るな。はどうなんだ?」
「そうだね、敢えて言葉にするなら……ずっと隣に居たい、かな」

改めて問われると、この感情をどんな言葉で表せば良いのかにも分からなかった。 幼馴染に対する想いの延長だと言われても、納得してしまいかねないほどにその境目は曖昧である。 ただ『一緒に』居たかったこれまでと違い、『隣に』居たいと、そう思えるようになっている。 その変化だけは、にもはっきりと感じられた。

「それは恭介にだけなのか? あたしたちにはそう思わないのか?」
「一緒に居たいとは思っているよ。けれど、ほんの少しだけ違うんだ」
「あたしにはどう違うのかよくわからん。『好き』ってそういうものなのか?」
「それは人それぞれ違うものだろう。私の場合、恭介が好きだという感情は、もう私の一部みたいなものだからね。あの日あの時からずっと、何一つ変わっていない。だから、私にとってはそれ以外に表現のしようがないということさ」

この想いを一生抱えていくつもりだった。 避けようのない終わりが訪れることを知りながら踏み出す強さは彼女にはなく、それを引き止めるには彼が抱えているものはあまりにも多過ぎたから。 進むことを諦めていた恋心は、幼い頃のまま成長を止めていた。 故に、突き詰めていけばいくほど、の中にあるのはただ純粋に『好き』という感情だけだった。

「なら、一緒に居るとどきどきする?」
「何年一緒に居ると思ってるんだ。今更一緒に居るくらいでどきどきするわけもないだろう」
「それもそうだな。あと、キスしたいとか思う?」
「それは……」
「というかおまえらもうキスしたのか?」
「ちょっと待て、鈴。それ絶対に関係ないだろう」
「あたしが気になる」
「それならこちらに答える義務も無いな」
「なんだ、答えられないようなことでもしてるのか?」
「してない! はぁ……キス、したいかどうかだったな」

未だ幼いままの感情であるが、少しずつ歳相応のものへと近付きつつはある。 だからにも、そういったことを考えたことがないわけではない。 したいかしたくないか。二択で問われれば、答えは前者である。 しかし実際そういった状況になった場合に何らかの行動を起こせるかとなれば、それはまた別の話であり――

「……どっちでもない、じゃ駄目か?」
「なんか見てて面白いからもうどっちでもいいぞ」
「面白い?」
「うん。がそういう顔してるところ見るの、あたしは初めてだ。それが面白い」
「鈴、からかうなら帰るぞ」
「それは困るな。あたしはまだ聞きたいこと聞いてない」
「なら質問は終わりだ。これまでの話で、君が何を聞きたいのかはもう分かったからね」
「すごいな。おまえエスパーか」
「何も難しいことではないよ」

鈴のこれまでの質問が何に対するものであったかを重ね合わせれば、自然と一つに収束する。

『誰か好きになるとはどういうことか』

鈴が聞いているのは要はそういうことだった。 それが分かれば鈴の知りたいことも自ずと分かる。どうして、鈴が小毬に聞くことを躊躇ったのかも。

「つまり、君が『理樹を好きかどうか』ということだろう?」
「そうだ。理樹に直接聞いてみたら、そんなのわかるわけないって言われた。だから、はどう思う?」
「私の考えは参考にはならないよ。リトルバスターズの他の誰に聞いても、それは同じだ。鈴が自分で決めなければ意味がない」
「うぅ……わからないから聞いてるのに」
「分からないなら今はそれで良いということだよ。無理に答えを出す必要はないさ」

あの世界で理樹と鈴は互いに支え合っていくことを決めた。 そこに至るまでに他者の介在がなかったとは言わない。 ただ、あそこで生まれた気持ちの全てが偽りだったわけではない。 状況を操作することは出来ても、心まで操ることは出来ないのだから。

「ゆっくり考えて答えを出せば良い。これからも、時間はいくらでもあるんだから」
も考えたのか? そうやって考えて答えを出したのか?」
「考えて、考えて……それでもこの気持ちをなかったことに出来なかったから、だから私は此処に居るんだよ」
「そうか。もやったんなら、あたしもやってみる。もし答えが出たら、一番に教えるからな」
「楽しみにしてるよ」


あの日あの場所から始まった永遠を閉ざしたこと。

もう思い出せないけれど記憶はあるから。

弱かったこの手を引いてくれたことは忘れない。

    (2012.11.01.) back