始まりはどこにでもある願いだった

「キミはどうしてそこに居るんだ?」
「こちらの思い違いでなければ、私が今ここに居るのは君に呼び止められたからだったと認識しているのだけれどね」
「発言の意図を理解しているのに、解らないふりをするものではないよ。キミらしくもない」
「追求して欲しくない。という意思を間接的に伝えている、とは思ってくれないのかな」
「私にそれを許すつもりがあるのなら、そもそもキミはそこに座っていないだろう」
「それを言われてしまえばどうしようもない」

微かな木洩れ日によって即席のテラスとして機能している、そんな中庭の一画で二人は向かい合っていた。他者よりも優れた頭脳を持つ彼女だからなのか、それとも相手を気遣ってのことであるからかは不明であるが、そこで成されているのは具体性を伴わない焦点がぼやけた会話である。故に、もしもその場に会話を聞く者が居たとしても内容を理解することは叶わなかっただろう。元より誰に聞かせるための会話でもない。彼女が『知りたい』と思った、そしてその相手として偶々通りがかった相手が選ばれた。これはただそれだけの話だった。

「では、改めて聞こうか。キミはどうして『そこ』に居るんだ?」
「『友達』だから、かな」
「ふむ、理樹君と全く同じ答えだな。あぁ、言わずともそこに込められている意味が違うことくらいは私にも分かるよ」
「あまりうちの幼馴染をからかわないで貰いたいな。些細なことでも揺らいでしまうのでね」
「からかってなどいないよ。少し遊んでいるだけだ」
「似たようなものどころかむしろ酷くなっている気がするのだけれど……君にとっては必要なことなのだろうね」
「む……質問をしていたのはこちらだと思っていたが、どうやら違ったらしい」
「違わないさ。君が『知りたい』と思ったことはつまりそういうことなんだから」

喜怒哀楽。言葉にすれば感情なんてものはいとも容易く表すことが出来る。それがどんな意味を持つのか分かる。それがどんなものであるのか分かる。それが他者にもたらす変化が分かる。けれども、自分のそれは分からない。誰もが当たり前に知っていることを知らなくて、誰も知らないことを知っている。どうしようもない齟齬を生んでいるのだと自覚はあったが、それだけではどうにもならなかった。これまでは。
きっかけは些細なことに過ぎない。ただ、あまりにも『楽』しそうだったのだ。今はまだそれがはっきりと理解出来たわけではないけれども、彼と彼らと関わることによって彼女にも僅かにだが見えてきていた。意味のない衝動であったとしても、自覚はなくともそこには感情が伴っている。彼女にとって彼との会話はそれを気付かせてくれるものであるということなのだろう。

「キミの言葉は観念的過ぎる。もっと分かりやすく言ってくれないか」
「そういう話題展開をしたのは君の方だったと思うのだけれど……これでは最初に逆戻りだね。まぁ、簡単に纏めてしまえば一言で済む。
 理樹との会話は面白いと思うかい?」
「そうだな……理樹君は『面白い』と思うよ」
「というわけだ。以前の君について私は詳しいわけではないけれど、少なくとも感情を口にするということ自体が珍しかったのではないかと推測している。『知りたい』と思うから、理解するためにそうであろうと思う感情を口にするのではないかな。胸の内で考えるよりも、声に出した方が現実味を帯びるのだから」
「なるほどな、確かに多少なりとも思い当たる節はある。そうすると、キミと今こうして居ることも『そういうこと』に当てはまるのだろうな」

『知りたい』と思ったから。会話の相手として目の前の人物が居るのは偶然ではなくて、彼女にとって最も度し難いから選んだということだ。この人物を相手とした理由を理解していなかったが、それでも質問は最初からそれを問うていた。彼女の目から見ても明らかなほどに矛盾している行動について、何故そんなことをするのかと。その矛盾を紐解くこともまた、必要だと思ったからなのだろう。

「結局、そこに戻ってくることになるんだね。いや、ここに座った時点で覚悟はしていたことだから今更悪足掻きをするつもりもないよ」
「はっはっはっ、物分りが良くて助かる」
「私に答えられる範囲でならば君の疑問に答えよう。何が『知りたい』?」
「ならお言葉に甘えて聞かせて貰おうか。なぜ『友達』でいられる?」
「『友達』であることが最善だからだよ」
「キミたちが互いをどう思っているのかなんて端で見ている私にだって分かる。そしてキミが何らかの事情を抱えていることも分かっている。だが、『ここ』に来てまで囚われるようなことではあるまい」
「そう単純に割り切れたならば、もう少し楽になれたのかもしれないな」

互いに思い合っている。それがどのようなものであるかは理解は出来ずとも、それがどんな意味をもつものであるかは彼女も分かっていた。けれども彼らは所謂恋人というものではなかった。近くで見ている内にそうすることが出来ない事情があると気付き、その時は形ばかりではあるが納得することが出来た。しかし、今は違う。これからなどというものは存在せず、今ここが最後になるかもしれない。ならば残り少ない時間を出来る限り共に過ごそうとは思うのではないのか。彼女が『知っている』それとは明らかに異なる基準で成される数々の振る舞い、それを理解することが出来れば彼女にも少しだけ分かるように思えたのだ。『恋してる』だとか『好き』だとか、が。

「いつもいつまででも、二人で居たいと望むものだと思っていたんだが、違うのか?」
「私の場合は違った、ということだよ。穏やかな日々よりも、もっと大事なものがあった。それが何であるかなんて『ここ』が何であるかを知る君には説明するまでもないだろう。むしろ『ここ』でこそ、有り得ない話だったんだ」
「極限状態において自分よりも他人を優先させられる人間が居るわけがない」
「私だってそんな奇特な人間になったつもりはないさ。自分を優先させた上で選んだのが今の場所であり、『友達』なんだ」
「全く理解し難いな」
「……そうだろうね。君が例えこの感情が『解る』ようになったとしても、私の考え方は理解出来ないだろう」
「それはキミの憶測か? それとも予言か?」
「どちらであるかなんてその時が来てみないと分からないものだよ。或いは全くの的外れという可能性だってあるのだから」

彼女は『ここ』での全てを記憶しているわけではない、その権利を有していないからだ。だから彼女にはそれが確定事項であるかの判別はつかなかった。だが、全てを知るはずの相手から放たれた言葉であれば、それは予言と表しても差し支えないものだった。この先を知っているのならば、いっそのことキミの知る全てを教えて欲しい。そんな彼女の思いを知ってか知らずか、返答は何処までも曖昧なものだった。決して誤魔化しているわけでも嘘を吐いているわけでもないが、幾重にも包まれたオブラートはその本質すらも完全に覆い隠している。

「はぁ……どうやらキミは私の問いに答えを与えるつもりはないらしい」
「人間は考える葦だ。他者から教わることは容易いが、思考錯誤し自らの答えを得てこその人間ということさ」
「それは私に対する皮肉か? というのは冗談だが、キミが私に何を伝えたいのかは分かった。先達の教えに倣って、この議題は私の今後の課題とさせて貰うとしよう」
「今の君ならばきっと答えに辿り着けるよ、それは保証する」
「どうせならもっと別の箇所での保証が欲しかったんだが……これ以上キミに無理強いさせるわけにもいかないな」
「その引き際の良さを今後も活かしてくれると多いに助かるんだけれどね」
「うむ、それは時と場合に寄るな」


その目に入るものはいつも歪んでいた。

けれど、愛を知ってしまったから。

永遠の夢の先で、今日も君を探し(まっ)ている。

    (2013.05.22) back