彼ノ国の為に

「姉さん、兄さん達はいつ帰ってくるんだ?」
「戦いが終わったら、かな」
「なんで……どうして兄さん達が戦うんだ。分かってるよ、本当は俺が戦うべきなんだろう?」
「その通りよ。でもね、貴方はまだ幼いから。だから彼達が代わりに戦ってくれてるのよ」
「それは、俺が『ドイツ帝国』だからか」
「そう、私達にとって貴方は掛け替えの無い存在よ。だから、貴方が大きくなって自分で戦えるようになるまでは、私達が支えるわ」

ぎゅっとしがみついてきたドイツの頭をは撫でてやる。兄と慕う彼達に代わりに戦って貰う、その不甲斐なさを分かっていながらどうしようも出来ない自分が悔しいのだろう。生まれたばかりの幼い国、けれども決して小さいわけではない。その存在は、やがて世界を席巻する大きなものとなるだろう。主君であり、同時にとても大切な私達のドイツ。

「……強くなる。強くなって、少しでも早く戦えるようになる」
「頑張りなさい。皆、楽しみにしてるから」

そう言って、はドイツの未だ小さな身体を抱き締め返す。彼女に任されたのは、こうしてドイツの傍に居ること。それが大事なことであることは理解しているが、ドイツと共に皆の帰りをただ待つことしか出来ない。私も戦いたいのに、戦えるのに。

視線をやると、大きな窓の向こうに広がる空が眼に入る。この空の下の何処かで、彼達は戦っているのだ。そう思うと、置いてきぼりにされたことがには歯痒かった。どうして自分は駄目なのか、その理由を質したのは一度ではない。



「ちょっと、プロイセン! なんで私は待機なの、私だって戦えるわ」
「だから、何度も言ってんだろ。ドイツの傍に居る奴が必要で、それはお前が適任なんだよ」
「傍に居るだけなら私じゃなくても出来る。ザクセンもバイエルンも行くんでしょ、私もドイツの為に戦いたいの」
「戦うことだけがあいつの為になるわけじゃねぇ。俺にはそれしか無いけど、お前なら分かるだろ」
「プロイセン……」
「戦争以外のことを、あいつに教えてやれ。それが『ドイツの為に』なる、分かるよな?」
「狡い、そう言われたら反論なんて出来ないって分かってるくせに」

『ドイツ帝国』その存在は達が目指した理想そのものと言っても過言ではない。 だから、『ドイツの為に』と言われることに弱い。 それは恐らくに限った話ではなくて、他でも無いプロイセンも例外では無いのだろう。 皆はドイツの為に戦い、私はドイツの為に傍に居る。 目的は同じで、その在り方が違うだけだ。 頭では分かっていても、その違いは彼女を揺さぶる。 それはきっと、気付かない振りをしている感情に起因する。

戦場に出ることにこだわる理由、それは傍に居たいから。
ドイツではなく、プロイセン―――ギルベルトの傍に。

国ではなく、『()』としての感情。 だからこそ、そんなことを口に出すわけにはいかなかった。

「じゃあ、ドイツのこと頼んだぜ」
「はぁ、仕方ないから今回も留守番してるわ。いってらっしゃい、ちゃんと帰ってきてよ」
「心配しなくても、直ぐ帰って来てやるって。俺様が負けるわけないだろ」
「はいはい。他の皆にもよろしく」

他愛のない言葉の応酬。 彼は気付いていないだろう、彼女がどれ程の想いでいつも言っているのか。 戦いに負けることを心配しているのではない、彼の強さは良く知っているから。 いつか、そのまま帰って来なくなることが怖いのだ。

もプロイセンも、そして他の皆も『ドイツ帝国』の一部となった。 今のドイツはまだ彼達の助けを必要としているが、いつかそれを必要としなくなる日が来るだろう。 唯一無二の『ドイツ』という存在になるのだ。 国民も、ドイツ人であることに誇りを持つようになるに違いない。 そうなった時に自分達はどうなるのか。 消えてしまうのではないか、とは考えていた。 『ドイツ』の存在を望んだのは確かに自分達だったのに、今はそれがとても怖く感じられた。 自分が消えるのは良い、それが『ドイツの為に』なるならば構わないと思える。 がそう思っているならば、きっとプロイセンも同じだろう。 誰よりもドイツを想う彼だからこそ、消えることも厭わない。 それを止めることは許されない。

消滅がいつ起こるのか、そもそも本当に起こるのかも分からない。 それでも、もしも自分の知らない間に居なくなってしまったら耐えられないだろう。 だから、傍に居たいと彼女は思うのだ。 せめてその最後の時には居合わせることが出来るように。



「どうかしたのか、姉さん?」
「何でもないわ、ちょっと皆はどうしてるかなって思ってただけよ」

考えに浸っていた為、ずっと黙っていたを心配したらしいドイツの声で引き戻される。 彼の御蔭では自分の気持ちを自覚し、そして不安に晒されている。 だからといって、彼を恨むようなことは絶対に有り得ない。

可愛くて、大切な弟なのだから。

今まで抱き締めていたその身体を離し、彼の瞳を真っ直ぐに見詰める。 しゃがみ込んで視線を合わせるようなことはしない。 彼の人格を認めた上での質問をしたいからだ。
「ねぇ、ドイツ。貴方はずっとプロイセンと一緒に居たいと思う?」
「それは……難しい。俺は兄さんが中心になって作られた国だけど、いつかは兄さんから自立しないといけないと思う」
「うん、模範的な答えね。プロイセンだけじゃない、今貴方と共にある皆と、いつかは別れないといけない日が来るわ。それはずっと先のことかもしれないし、明日かもしれない」
「姉さんが言いたいことは分かってる。でも『俺』は、出来るならずっと兄さんや皆と一緒に居たい。勿論、姉さんとも」
「……有難う、ルッツ」

幾度か瞬きを繰り返した後、緩やかな笑みと共には漸くその言葉を紡いだ。 頭の何処かでは、ルートヴィヒならばそう言ってくれると期待していた節があった。 だからこそ、こんな質問を彼女はしたのだろう。 彼ならば、きっと止めることが出来るから。

ギルベルト。 私達の可愛い弟は、ずっと一緒に居たいと言ってくれたよ。 消えないで、と同じ考えを持つ私には言うことは出来ないから。 だから彼の為に、消えてしまっても良いなんて思わないで欲しい。 貴方が消えたら彼は悲しむから。


全てはドイツ(ルートヴィッヒ)の為に。


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