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3週間。 国の象徴として生きてきたこれまでの時間を思えば、その程度を今更長いと感じるわけもない。筈だった。

「今日で3週間、か」

頭では理解していながらも呟きを漏らしてしまうのは、それを長いと感じる自分が居るからだ。 理由は分かっていた。 たかが3週間ならば私だって長いとは思わない、けれども今はある時間を意味している。 それは――プロイセンと最後に会ってから経過した時間。 それだけのことなのに、自分が心を動かされているのかと思うと、少し腹が立つ。そして、こちらはこんなにも気を取られているのに、向こうから連絡が無いのも、怒りを助長する原因となっていた。 思えば近年になってからは、会う時はいつもこちらから連絡を取っていたような気もする。 しかし、今月の始めから予算の審議と来年度に施行が決定している法案の確認、加えて他国との会議が重なったことで連絡を取るような余裕は一切無かった。こうして思考している今も、手は休めることなく書類を処理している。 だからと言って、こちらから連絡をしなければ会えないような関係だったつもりは無い。

「でも……そう思っているのは、こっちだけだったのかもね」

連絡が全く無い、ということはそうなのだろう。アイツにとって、私はその程度の存在だったのだ。 そこまで考えて、直前の考えを打ち払うように頭を左右に振った。 仕事が忙しかったからか、悲観的思考に偏りがちになっている。家に帰る時間も無くなり、執務室に寝泊まりを始めたのは何日前のことだったか。その睡眠さえ、ここ数日は取っていない気がするのは、恐らく気のせいではないだろう。 寝食を忘れたところで死ぬような身体では無いとは言え、思考力が低下するのは避けられない。取り留めのないことばかり考えてしまうのも、そのせいか。 彼の名前を冠した国はもう無いとは言え、かつての「東ドイツ」として、彼にも仕事はある。年度末ということもあり、私に限ったことではなくこの時期は何処も忙しい。連絡が無いのは、恐らく向こうもその暇が無いからだろう。 冷静に考えれば、その程度のことに過ぎない。 そして、仕事とどっちが大事かなんてことは言うまでもないことだった。

「それでも、会いたいと思うのは我が儘なんだろうな」

東西分裂――あの頃からすれば今の状況など大したことでは無いのに、強くそう思ってしまう。 一つが満たされればその次を求める。 欲望には際限が無いと言われるが、全くその通りだ。私達は人よりも長い時間を生きるから、こうして際限無く膨らんでいく欲望が最後にはどうなるのか予想も付かない。 行き過ぎた愛情は時に狂気と化す。いつか彼をこの手に掛ける日が来るのかもしれない。 私を睨み付ける彼の赤い瞳の幻視をしたような気がして、思わず笑ってしまった。どうやらまだ可笑しな考えに取り憑かれているらしい。 そこに折り良く電話が鳴った。 気持ちを切り替えるには丁度良かったので、深呼吸を一つした後、私は受話器を取る。 この数週間に受けた連絡は、全て仕事のものだった。今回もそうだろうと思い、番号の確認もしなかったのは当然の成り行きだったと言える。 だから、事務的な応答をしてしまったのは仕方の無いことだったのだ。

「はい、用件は何でしょうか」
「久しぶりに連絡取れた恋人に対する第一声にそれは無いだろ」
「え…………プロイセン?」
「何だ、俺じゃ悪いのかよ」
「や、そんなことは無いんだけど」
「けど? やっぱ不満でもあんのか」
「それは無いから、ごめん、ちょっと待って。整理が追い付かない」

仕事の電話だと思って出たら、相手はプロイセンだった。本人なのは間違いない。彼の声を聞き間違えることは無いし、なにより向こうがそれを認めている。 ということはつまり、『会いたい』と思っていた相手からの電話だったということで――

「なんで……全然連絡くれなかったのよ、この莫迦」
「おまっ、いきなりそれかよ!」
「いきなりも何も、アンタに言うことなんてそれしか無いし」
「他にも色々あるだろうが。それに、お前んとこと一緒でこっちも忙しかったんだから仕方ねぇだろ」
「ふーん、私が忙しかったのは知ってるんだ。で、アンタは暇になったから連絡してきたってわけ」
「そうじゃねぇよ、ハンガリーの奴にお前のこと聞いたから」
「あっそ。私に連絡する暇は無くても、ハンガリーに会いに行く暇はあったってことね」
「は? 違ぇよ。オーストリアんとこに書類届けに行ったら、偶々アイツが居ただけだっての」

そういえば、先週ハンガリーの所と会議をした際に、少しだけ雑談をした。その時に愚痴のようなことを言った気もする。 それが偶然会ったことでプロイセンに伝わったということなのだろうけれど、私には会っていないのにハンガリーには会っていたのかと思うと、鬱々としていた気分が更に沈む。

「それで忙しさにかまけて私に連絡しないことをハンガリーに怒られでもしたから、連絡してきたんでしょ」
「お前……もしかしてハンガリーに妬いてんのか?」
「ばっ、そんなわけないじゃん! 何言ってんの!?」
「その反応だと、図星か。あのなぁ、確かにハンガリーの奴には怒られたけど、お前が考えてるような理由じゃねぇよ」
「じゃあどんな理由だって言うの」
「そもそも、お前に連絡しなかったのは俺が忙しかったからじゃない。お前が忙しかったからだ」
「意味分かんないんだけど、もっと分かり易く言って」
「あーだから、お前の邪魔になると思ったから連絡しなかった。ってことだ」

彼よりも私の方が「国」としての仕事が多いから、彼の都合で振り回すわけにはいかない。私が連絡をするのは時間に余裕がある時だから、私の予定に合わせるには連絡を待つのが一番だと、そう考えていたらしい。 そんなの初めて聞いた。でも私は、そんなこと望んでない。

「なによ、それで今まで一度も連絡してこなかったって言うわけ?別にこっちの予定合わせて欲しいなんて思ってない、それよりもっ」
「分かってる。ハンガリーにもそれで怒られた。だから電話したんだよ。相手に合わせるなんて、俺様らしくもねぇことはもう辞めだ」

そう、そんなのは全く彼らしくない。傲岸不遜で、こっちの都合なんか考えないで自分勝手に会いに来る。かつてのプロイセンはそうだった。 それなのに、らしくないことをするからこっちも不安にさせられるのだ。

「俺はお前に会いたい。お前は?」
「っ……会いたい会いたい会いたい今直ぐ会いに来い!」

これまで溜めていた感情をぶつけるようにその言葉を口に出したのと、部屋の扉が開けられたのは同時だったと思う。 そして、耳に当てた受話器から聞こえるものと同じ声が目の前の人物から放たれた。

「最初からそう言えっての」

私が状況を理解するよりもプロイセンに抱き締められる方が早かったから、私の文句は全て飲み込まれてしまった。 でもきっとそんなのは建前で、久しぶりに感じる彼の体温を前にしたら、何も言えなくなってしまったというのが本当のところなのだろう。 その時の私に唯一出来たのは、きつく抱き締める彼の背中に手を回すことだけだった。


【あいたいあいたいあいたいいますぐあいにこい!】

(俺様じゃないプーなんて、ただのプーなんだから)
(プーって言うんじゃねぇ!!)


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