スラムの片隅に立つ寂れた教会。プレート上部とは異なるスラムの雰囲気に落ち着かないものを感じながら、私は其処に立っていた。聞いた話が確かならば、彼女は此処に居る筈だ。扉を押すと、その外見に相応しく軋んだ音を建てながら内側に開く。まず眼に入ったのは、ミッドガルには咲かない筈の花が咲き誇っている様子とそれを手入れする女性の姿だった。その空間だけ切り取られたかのように光が差し、此処がスラムであることを忘れさせるような光景だった。扉の音に反応したのか、彼女がゆっくりとこちらを振り返る。
「貴女が、エアリス?」
「神羅カンパニーには協力しない。何度来られても返答は同じよ」
向けられた感情は、明らかな敵意を持ったものだった。彼から聞いていた印象とは違うが、それも当然だろう。もう、4年も経つのだから。
「話が見えないんだけど、今までにも神羅の社員が来てるの?」
「知らないの? 貴女、タークスだよね?」
「それは否定しない。けど、貴女に関する情報は仕事で聞いたことは一度も無いわ」
「……本当に?」
「本当に。私はここ数年普通のタークスとは違う仕事をしていたから、知らないんだと思うけど」
「ふーん、そうなの。でも今日は仕事なんでしょう?」
「違うよ。うーん、やっぱり制服で来たのが失敗だったかな、此処まで警戒されるなら着替えてくれば良かった……」
自覚はあるが、タークスらしからぬ雰囲気を纏う自分に対して、エアリスは悩んでいるようであった。私の言っていることは本当なのか、どうなのか。判断し兼ねているのだろう。少し話を聞いてみようか、そう思ったのかエアリスは問い掛けてきた。
「仕事じゃないなら、何の用で来たの?」
「花を買いに来たの、贈りたい相手が居るから」
「それなら、プレートの上でも売っているじゃない。わざわざスラムにまで来る必要無いんじゃないの?」
「普通の花じゃ意味が無い……貴方が、育てている花が欲しかった」
「私の?」
「そう。その人は貴方が此処に居ること、そして花を売っていることを私に教えてくれた人だから」
青空のような瞳をして、英雄になるという果ての無い夢を抱いていた人。そして、私が救えなかった人。伝えられたのは全てが終わってからだった。私には召集すら掛けられず、待機が命じられていたから。だから、墓標すら立てさせて貰えなかった彼の為に、せめて花を供えようと思ったのだ。彼が最期まで気に掛けていた、少女の育てた花を。
「……分かった。いつもは神羅の人にだけは絶対に売らないんだけど、特別に売ってあげる」
「ありがとう。彼もきっと喜ぶ」
「どういたしまして。ねぇ、もしかして貴方の知り合いって…………ううん、何でも無い」
何かに思い当たったのか、何かを尋ねようとしてエアリスは途中で口を噤む。名前は出していない、けれども気付いたのかもしれない。それでも、それを尋ねてしまうことは彼女の望みを絶つ可能性も持っていたのだろう。彼は何処かで生きている。その望みを。そんなエアリスの様子を見て、私は居た堪れない想いになる。彼の存在はきっと、彼女にとっての支えだったのだろう。それを、神羅カンパニーは奪ってしまった。こうして彼女に対面していると、その罪が顕わになって突きつけられる。同時に、自分が信じていたものが揺らいでいることを感じる。
花を受け取り、エアリスに別れを告げて教会を後にする。そしてプレート上部へ向かっていると、不意に眼の前に見知った制服が立ち塞がった。
「ツォンさん……」
「アイツへの手向けの花か?」
「まぁ、そうなりますかね」
「今回は見逃したが、今後エアリスには近付くな。彼女は神羅カンパニーにとって重要人物だからな」
「言われなくても近付きませんよ、彼女は今も信じて待っている。それを壊すようなことは出来ない」
「そうか、ならいい」
そう言うと、ツォンさんはくるりと背を向けて壁際へと歩いて行く。恐らく、その場所でエアリスの様子をずっと監視していたのだろう。ツォンさんは、彼の死をどう思っているのだろうか? かつて幾度も任務を共にし、あのバノーラ村への任務でも一緒だったという話だったが。タークスは仕事に私情を挟まない。きっとあの人は全てを割り切っているのだろう。だからこそ、今日もこうして仕事をしている。
「ツォンさん、誇りって何ですか?」
「人それぞれだろう、それは他者のものと同じであることは無い。お前にとっての誇りが何であるかは、お前しか決めることは出来ない」
「…………明日からはきちんと仕事をします。私はタークスだから」
「そうか。なら、今日お前が此処に居たということは見なかったことにしよう」
背中しか見えていなかったが、ツォンさんがふっと笑ったのが分かった。その背中を見送って、花を手向けるべくあの丘へと向かう。この花は過去を断ち切る為なのか、過去を刻み付ける為なのか。それは分からないままだった。
私はタークスだ。
それだけは変わらない。
きっと私にはもうタークスしか残っていないから。
けれども、自らの信じる誇りに微かな罅が入る音が聞こえた気がした。
Back