「愛穂さん、遊びに来たよー!」
「誰だてめェ」
扉を開けて部屋に入ったは、そのままの状態で立ち尽くしていた。
部屋に遊びに来たら、目的の人物の代わりに見知らぬ人物が部屋に居たのだ、当然の反応だろう。
にとっての見知らぬ人物、一方通行はと言うと、突然の乱入者に訝しげな視線を送っていた。
彼にとっては、の方がこの部屋における異物だからである。
「えーと、此処って愛穂さん、黄泉川愛穂の部屋で間違いないよね?」
「あァ、黄泉川のヤツなら今出掛けてンぞ。その内、戻ってくンだろ」
「なんだ、出掛けてるんだ。タイミング悪かったかなぁ……」
黄泉川の部屋であるという確認が取れたからか、は部屋の中へと足を進める。
鞄を床に適当に放り出すと、勝手知ったるといった様子でキッチンへと向かい、冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注ぐ。
そして、ジュースを飲みながら、一方通行の居るリビングへと入ってきた。
「それで、貴方はどちら様?」
「そォいうてめェは誰だよ」
「私? 私は黄泉川。愛穂さんの従姉妹だよ」
「従姉妹ねェ……」
「何処を見て納得したかは知らないけど、その視線は少しデリカシーに欠けると指摘させて貰います!」
「分かってンじゃねェか」
従姉妹であり、血が半分しか繋がっていないことから、と黄泉川の顔が似ているとは言い難かった。
その為、大低の相手が注目するのが彼女の胸部、すなわち胸である。
中学生でありながら、服の上からでも豊かな膨らみは、確かに黄泉川との血の繋がりを感じさせるものだった。
いつものこととは言え慣れることでもないので、は一言申さずにはいられなかったのである。
「もう少し愛穂さんと顔が似てたら良かったのに……そんなに顔似てないかな?」
「知るか」
「まぁいっか。で、私は名乗ったんだから、貴方も名前教えてよ」
「チッ……一方通行だ」
欝陶しいが、黄泉川の血縁者だから追い出すわけにも行かない。
そんな思いを抱えながら、一方通行は尚も話し掛けてくるの相手をしていた。
それも、自分が名乗れば終わることだと思っていた。
彼が学園都市最強のレベル5であることを知れば、恐れを抱いて部屋から出て行くと踏んでいたからだ。
しかし、事態は彼の予想とは異なる方向へと進む。
「違う、それは能力名でしょ。貴方が一方通行なのは分かってるから、私は『名前』って言ったじゃん」
「まさか、俺が誰か分かった上で話し掛けてきたってのかァ?」
「有名人だからね、それにその容姿は目立つし。でも、それってそんなに不思議なこと?」
「大体は俺が誰か知ると逃げ出すからなァ。オマエは怖くねェのかよ」
「うーん、そうだね……怖かったけど、今は怖くない、かな」
前提が間違っていた。
は彼が一方通行であることを、初めから認識していたと言う。
知った上で、恐れずに部屋へと踏み込んで来た。
その場で扉を閉めて、逃げ出すことも出来たのに。
「噂は色々聞いてたよ。でも、実際に会って話してみたらそんなことないって分かったから」
「はっ、どォせロクでもねェもンばっかだろ」
「あーうん、それは否定出来ないかも。でも、貴方は顔を合わせた人間をいきなり攻撃するような人じゃないし、私が話し掛ければちゃんと答えてくれた。だから、怖がる必要なんて無いんじゃないかって」
「そンだけか?」
「それだけ。噂なんかよりも、私は自分の眼で見たことを信じることにしてるから。貴方は悪い人なんかじゃない」
「……くっだらねェ」
邪気の無い声。
数日前にも似たような声を掛けられた。
どうやら、一方通行が近頃出会うのは、頭の螺子が緩んでいる人間ばかりらしい。
気付けばは一方通行の隣へと座っていた。
「それで、名前は? 教えてくれないの?」
「てめェに教える必要性が感じられねェな」
「えー教えてよ。別に減るもんじゃないじゃん」
「名前なンて何だって良いだろォが」
「良くないよ、だって私、貴方と友達になりたいのに!」
「はァ……?」
一方通行の耳に聞き慣れない単語が聞こえた。
目の前の女は、今何と言った?
聞き間違いでなければ、それは彼に酷く不釣り合いな言葉だった。
「そんなに驚くこと? あ、さては一方は友達が居ないんだね。ということは、私が友達第一号?」
「勝手に話進めてンじゃねェよ! 誰がてめェと友達なンざになるって言った、それと変な呼び方すンじゃねェ!!」
「一方が名前教えてくれたら――」
「ただいまーってミサカはミサカは迎えの言葉を期待しながら帰宅を告げてみたり」
の言葉を遮るように、第三者の声が聞こえた。
二人は自然と会話を中断して、顔をそちらへと向ける。
そして声が聞こえた方、玄関からリビングへと人影が現れた。
「あれれ、ミサカの知らない人が居るよ?」
「、来るなら事前に連絡するようにいつも言ってるじゃんよ」
「愛穂さんお帰りなさいー。遊びに来たら愛穂さんの代わりに一方が居たから驚いたよ」
「だから、その呼び方やめろって言ってンだろ!」
が突然訪問してくるのはいつものことであり、その点に関して黄泉川は平静だった。
しかし、彼女と一方通行が普通に会話をするのを見て、暫し言葉を失う。
それ以上に、黄泉川や一方通行と知り合いであるらしいが何処の誰であるかさえ知らない打ち止めは、全く状況が飲み込めずに戸惑っていた。
「ねぇ、あの人は誰なのかな? ってミサカはミサカは疑問をぶつけてみたり」
「あの子は私の従姉妹じゃん。、こっちは打ち止め」
「打ち止め……あれ、美琴ちゃん? にしては小さいなぁ、じゃあ妹?」
「何を言っているのか分からないけど、ミサカはミサカだよ。と首を傾げてみるの」
「んー良く分かんないけど、ミサカちゃんって呼んで良いかな?」
「うん! 貴方はで良いの? ってミサカはミサカは確認してみたり」
「いいよー。あーもう可愛いなぁ」
返事と共に、は打ち止めの頭を撫で回す。
どうやら打ち止めが現れた瞬間からずっと我慢をしていたらしい。
打ち止めはされるがままになっていたが、頭がぐらぐらしてきたのを見て、流石に黄泉川が止めに入る。
ふらふらとしている打ち止めを今度は抱き締めると、はそのままソファへと座った。
「そう言えば、一方通行と随分仲良しみたいじゃん」
「だって私、一方と友達になったからね」
「言ってろォ」
「でも、名前教えてくれないんだよ。友達だったら、やっぱり名前で呼びたいのに。ミサカちゃんも酷いと思うよね?」
「ミサカもね、何度も聞いたのに教えてくれないのって訴えてみたり」
「「ねー」」
出会って数分ですっかり仲良しといった体の二人に、付き合ってられないとばかりに一方通行は背を向ける。
そんな三人の様子を黄泉川は穏やかな眼で見守っていた。
学園都市最強とは言っても一方通行も子供である。
彼にも普通の学生のような生活を送って欲しい、と黄泉川は思っていた。
打ち止めという少女との出会いは、彼に大きな変化をもよおした。
そしてもまた、頑なに他者との関わりを拒む彼を変えていってくれるように感じられたのだ。
そこまで考えて、黄泉川はふと時計を眺める。
「、そろそろ寮の門限じゃんよ。帰らないと」
「え、もうそんな時間? もう少しだけ、駄目?」
「駄目。教師である私が門限破りなんかさせるわけにいかないっつーの」
「愛穂さーん。まだ一方とミサカちゃんと話してたいのに……」
「心配しなくても、うちに来くれば二人とはいつでも会えるじゃん」
「ん、どういうこと?」
「あのね、ミサカ達は今、ヨミカワにお世話になってるの、とミサカはミサカは教えてあげてみたり」
の膝の上で、足をばたばたさせながら打ち止めが説明をする。
それはここに至って漸く、どうしてば二人は黄泉川の家に居るのだろう、と気付いたの疑問に丁度答える形となった。
黄泉川は教師でありまた「警備員」でもあることから、何らかの事情があって彼達の面倒を引き受けたのだろう。
そして事情があるからには、早々に彼達が此処から居なくなるということはない、とは結論付けた。
「分かった、今日は大人しく帰る」
「そうするといいじゃん。寮まで送ろうか?」
「だいじょぶー。ばいばいミサカちゃん、今度は外泊許可取ってから来るから。愛穂さんとこなら割と通り易いしね」
「その時はお土産とか欲しいなぁーってミサカはミサカはお願いしてみたり」
「覚えてたら持って来るよ。じゃあ、一方もまたねー」
「…………」
別れを惜しみながら、打ち止めを解放したは一方通行にも言葉を向ける。
彼が何と言おうと、の中では既に『友達』というカテゴリに入れられていた。
故に、返事をしない一方通行の態度が気に入らなかった彼女は、無言のままその正面へと回る。
何をしようとも無視を決め込むつもりだったが、次の瞬間それは容易く破られる。
「ふぁにしひゃがる」
「だって返事してくんないんだもん」
「ひゃっひゃっとふぁなせ」
「一方が返事してくれるならね」
「……ふぁかった」
突如引っ張られた頬に、思わず反応した一方通行。
しかし、頬を掴まれているせいで、その口から発せられるのは何とも格好の付かない単語ばかりである。
能力を使って反射をしても良いが、こんなくだらないことにバッテリーを消費すべきではないと彼は判断を下し、の要求を飲むことにした。
理由はそれだけでは無かったかもしれないが。
そんな二人の様子を、黄泉川と打ち止めは珍しく思いながら見ている。
あの一方通行の頬を引っ張る人間が居たとは。
しかもはまだ彼と出会ってから1時間も経っていないのである。
「よし、じゃあもっかいいってみよう。一方またね」
「……あァ」
「うん、満足! 次は名前呼ばせてみせるから!! 愛穂さん、お邪魔しましたー」
「気を付けて帰るじゃん」
床に放置していた鞄を拾い上げて、は騒がしく部屋から出て行った。
その後ろ姿を見て、一方通行は溜息と共に小さな呟きを吐き出す。
「……めンどくせェヤツ」
Back