内包する傷

「キミ可愛いねーしかも常盤台じゃん!!」
「中学生だよね? にしてはスタイル良いなぁ」
「今からオレ達と遊びに行かない? 帰りはオレ達が送ってやっから」
「まっ、いつ帰れっかは分かんねーけどさ」

 数人の男達に囲まれた、一人の少女。一方通行がその場に遭遇したのは偶然だった。 現在は黄泉川宅に居候していることもあり、以前のように缶コーヒーの買い溜めはしていなかった。それでも不意に飲みたくなる時がある。それが偶々、今日この時間だったということだ。
 男達に絡まれている少女に一方通行は見覚えがあった。先日出会って早々に彼のことを勝手に『友達』等に決定した変わり者。このまま放っておけば、間違いなく彼女は連れて行かれるだろう。

「ちっ……仕方ねェ」

 口ではそう言いながら見過ごすことの出来ない自分に心中で溜息を吐く。首元の電極のスイッチを切り替えた一方通行が少女の方へと向かおうとした時、それは起きた。突如として、彼女を取り囲んでいた男達が地面へと平伏したのである。まるで何か見えない力で地面へと押し付けられたかのように。

「私、貴方達みたいな人に構ってられるほど、暇じゃないんでー」
「ンだとこのアマっ!!」
「あーもう、大人しく寝ててよ、ねっ」
「うぐっ……」

よろめきながらも立ち上がり向かってきた男達が先程よりも強い力で地面に倒される。その証拠に彼女を中心として円を描くように、頑丈である筈のコンクリートに微かな罅が入っていた。

「女子校に夢見るの止めて欲しいなぁ、ほんとに。常盤台ってだけでお嬢様扱いってどうなの? 私の個性無視?」
「まさか……高位能力者の方ですか?」
「うん? まぁ大能力者ってのに区分されてるらしいね」
「し、失礼しましたー!!」

 みるみる青ざめていく顔で彼達が戦意を喪失したことが分かったからか、謎の圧力から解放された男達は早々にその場から逃げ去って行った。残された少女は罅の入ったコンクリートを見て、またやっちゃったなぁ、と呟いていた。 顔を上げ、辺りを見回したところで、彼女の視線が一方通行を捉える。しまった、と思った時には既に遅く、彼女――は小走りで一方通行の方へと向かってきていた。

「一方だー、こんなとこで会うなんて偶然だね。あ、もしかして今の見てた?」
「まァな。今のオマエの能力か?」
「ごめん、先に場所変えてもいい? あれ、風紀委員に見付かるとお説教喰らっちゃうから」

そう言って、はコンクリートの罅を指し示す。能力者同士の喧嘩では器物が破損されることは多いが、破損される物にも修復しやすい物とそうでない物がある。そして、コンクリートと言うのは修復しにくい物に分類された。 学園都市で起きた全ての事柄は把握されているが、上は喧嘩等による多少の破壊には関知しない。そう言ったことを気にかける下の人間には誰がやったかまでは分からないので逃げてしまえば責任を問われることは無い。一方通行に説教をする人間はほとんど居ないので彼自身にそういった経験は無いが、には過去に経験があるのだろう。


 +++


 彼女の主張に付き合って近くの公園まで移動したところで、二人は適当なベンチへと座る。本来の目的である缶コーヒーは既に購入してあることから一方通行はそのまま帰宅することも可能だった。にも関わらず、について来たのは、彼女の能力への興味とただの気まぐれだろう。

「後輩の風紀委員が煩くてさ、壊すところ見付ける度に文句言われるれるんだよねー。美琴ちゃんが何してもスルーなのに」
「気になってたンだけどよォ、『美琴ちゃん』ってのは超電磁砲のことか?」
「そうだよ。一般科目のクラスが同じでね、友達なの」

黒子ちゃんから敵意持たれてるのもそれが原因なんだろうなぁ、あ、黒子ちゃんってのがさっき言ってた知り合いの風紀委員ね。等と続けるを無視して、一方通行は情報を整理していた。美琴と知り合いである彼女は打ち止めについてどう思ったのか。似ていることには気付いていたようだが、本来の関係性にまで気付いていたとは考えられない。 例えが『妹に会った』と美琴に告げたとしても、恐らく『妹達』のことだと判断するだろう。彼女が打ち止めのイレギュラー性に思い当たるとは考え難い。
 そこまで考えたところで、一方通行は思考を止めた。黄泉川の従姉妹であり打ち止めと同じくらいに脳天気なを相手に警戒する必要性が感じられなかったからだ。

「馬鹿馬鹿しいなァ、おい」
「え、何が? ていうか私の話聞いてたの?」
「何でもねェよ。それとてめェの話は最初から聞いてねェし聞く気もねェよ」
「うわ冷たっ! そんなこと言うと私の能力の話しないよ?」
「別に話して貰わなくても困ンねェよ、予想は付いてるしなァ」
「さっきのあれだけで? じゃあ言ってみてよ」
「重力変化。大体そンなところじゃねェのか?」

 男達の身体は上から押し潰されていた。一人であるならば或いは念動力であると考えられたが、能力者を中心として広範囲に渡る力の行使となると選択肢は更に絞られる。その中でも出現し易いとされる重力系である可能性が最も高い。という推察である。

「せいかーい。私の能力は『重力付加(グラビティ・バインド)』って言うらしいよ、重力を増やしたり減らしたりが主な力。あれだけで良く分かったね」
「学園都市最強ってのは最優秀生徒ってことだ。勉強の方もそれなりにやってンだよ」
「それもそっか。此処だと能力の高さが学力にも繋がるしね、御蔭で私も常盤台何か入れられちゃったし」
「常盤台っつったら、有名校じゃねェか。何が不満なンだ」
「外出時は制服着用義務とかあるせいで、さっきみたいな輩に絡まれるんだもん。常盤台だからってお嬢様とか思われるのも嫌だよ」

 世間では憧れられている常盤台中学ではあるが、実際に通っているにしてみたら普通の学校と何ら変わりは無い。それなのに、周りの人間は常盤台というだけで特別扱いをしてくるのですっかり辟易していた。日々毎日、高校は必ず愛穂さんところに行こう、という決意を改めさせられるばかりである。

「レベル5にでもなったら、めンどうなヤツらは寄って来なくなンじゃねェのか? まァ、行き過ぎると俺みたいに狙われるけどなァ」
「私はレベル5にはなれないよ。精度が足りないんだってさ」
「精度だァ? どォいうことだよ」
「さっきの罅、本当はコンクリートが傷付かないくらいの重圧加えるつもりだったの。つまり、そういうこと」
「まさか、力が制御出来てねェのか?」
「言っておくけど、暴走とかはしてないからね! ちょっと力み過ぎちゃうくらいで。でも、対軍級の能力としては申し分無いからレベル4ってことになってるらしいよ」
「能力範囲が広いってことか。規模は?」
「半球型で半径100m、重力付加は大体1/10〜10倍まで」
「その規模なら確かに普通はレベル5でもおかしくねェな」

 逆に言えば、の能力は規模が大きいだけとも言える。現在の彼女の力は向かってくるものを地面に押し付けることで止めることしか出来ないのだ。重力系の能力者の多くは自身の重力を操作することで、ダメージの軽減や空中の移動等も行う。そういった使い方は攻撃に合わせた重力の軽減やタイミング等、細かい調整の必要を意味する。能力行使において精度を欠いているには、それが出来なかったのだ。故に、彼女はレベル4止まりなのである。

「まぁ、レベル5になれなくても困らないけど。なりたくもないし」
「……嫌ってンのか、自分の能力」
「好きではないよ。だって私の力は人を傷付けることしか出来ないから。人の役に立つとしたら、せいぜい戦争の時くらいでしょ。それだって視点を変えれば、人を傷付けてることに変わりない」
「その他大勢が怪我したところで関係ねェだろ。そういうのはなァ、知り合いを怪我させたヤツの発想だ」
「お見通しってわけか。一方はもうちょっと気遣いってものを覚えた方が良いと思うよー」

そんなストレートに言われると傷付いちゃうから。そう言いつつも、の表情はいつもと変わらないものだった。既に過去のことだからではない。他の誰よりも、今でも自分自身が責め続けているからこその反応。彼女にとっては、忘れてはいけないことなのだろう。

「相手も……分かってるんでしょう?」
「まァな。黄泉川だろ?」
「そう。小さい頃のことだから、愛穂さんはもう全然気にしてないみたいなんだけどね。こっちとしては、そうもいかないでしょう?」

 小学校に入った頃、は既に両親と離れて黄泉川と暮らしていた。理由は良く覚えていない。その頃のは、まだ自分が能力カリキュラムを始めたばかりであったし、その制御も知らなかった。仕方なかったと言えばそれで済むかもしれない。だが、はそう思えなかった。全身傷だらけの黄泉川が救急車で運ばれていく姿は今でも彼女の脳裏に焼き付いている。一度出現した能力を無くすことは出来ないと知った彼女はそれ以来、精力的に能力開発カリキュラムに臨んだ。

「けど、それで成長したのは発動規模だけ、一番欲しかった制御は必要最低限しか身につかなかった。気付けばレベル4とかになっちゃって、好きでも無い能力の力は更に強くなっちゃうし、ほんと意味無しって感じ?」
「……どォしてその話を俺にすンだよ」
「誰かに言ってみたかった、それがたまたま一方だっただけだよ。あと、一方ならちょっとは分かってくれるかなぁって」
「わかンねェな。俺とオマエは違う」
「目指したところは同じでしょ。絶対能力進化実験――私は力を制限しようとしたけど、一方はより強くなることを選んだ。誰かを傷付けなくて済むように」
「ソイツは重要機密じゃなかったのかよ?」
「美琴ちゃんの様子が可笑しいのは気付いてたからね。少しばかり探ってみたの」

 軽い調子で言っているが、のやっていることはかなり危険な行為である。御坂の部屋へと侵入し、ベットの下に隠してあった書類を読んだだけならまだしも、事実を確認する為に実験の現場へと足を踏み入れたこともあったのだ。勿論、当時の一方通行に気付かれていたらその命は無かっただろう。彼女としても、細心の注意を払った上で行動していたということだった。

「でも、一方は見付けたんだよね。壊すんじゃない、能力の使い方を。とすると、やっぱり私とは違うのかな?」
「はン……お見通しなのはどっちだよ」
「いやぁ、確信は無かったんだけどさ。そうだよね、ミサカちゃん可愛いもん、分かるよ」
「黙れ」
「いひゃいいひゃいっ!」

にこにこと笑顔で続けるの頬を一方通行が摘む。一方通行としては以前の仕返しのつもりだったが、指にはかなりの力が入っていた。誰かの頬を摘む経験なんてほとんど無かったのだから、力加減など分かるはずも無い。本気で痛かったのか、手を離された後もは赤くなった頬を摩っていた。

「ちょっとからかってみただけなのに、図星だからってそんな怒らなくても……」
「自殺志願なら今直ぐ殺してやろォか?」
「済みませんでした」

殺気を感じ取ったは、即座に謝る。一方通行がやると言ったらやるだろう。良い意味でも、悪い意味でも冗談が通じなかった。二人の間に殺伐とした空気が流れる。今は何を一方通行の神経を逆撫でするだけのような気がしたので、も黙っていた。そして、一方通行の怒りが収まった頃を見計らって、再び口を開く。

「真面目な話をするとね、少し貴方が羨ましい」
「こンな俺が、羨ましいだと?」
「うん、私はまだ何も見付けてないから。貴方にしてみたら信じられないかもしれないけど、それでも羨ましいと思った」
「分からねェな」
「それでいいよ。貴方と出会って、私はもう一度頑張ろうって気になれた。それは変わらないから」

 中学に入ってから、は一度として能力開発カリキュラムの授業を真面目に受けていなかった。何をしたところで一番望むものは手に入らないと思ったから。けれども、無理だと諦めていたことを、成し遂げた人が眼の前に現れた。一方通行に出会ったことで、自分にやれることをもう一度やってみようという気になったのだ。 以前出来なかったことでも今なら出来るかもしれないと。

「貴方に出会えて良かった、私はそう思うよ」

 ただひたすらに真っ直ぐな言葉。それは間違えようもなくの心からの想いなのだろう。彼女にとって、一方通行という存在が救いになった。打ち止めという救済に彼もまた出会ったように。
 何かを思い返すようには眼を閉じる。しかし次の瞬間には勢いよくベンチから立ち上がって伸びをした。

「さて、そろそろ帰ろっか。長い時間付き合わせちゃってごめんね、一方」
「一つだけ聞かせろ。てめェが俺に近付いてきたのは、同じだったからか?」
「違うよ。ミサカちゃんも愛穂さんも居ない、あの時の貴方はひどく孤独に感じられたから。二人の代わりにはなれないけど、それを少しでも紛らわせられたらと思ったの」

だって、独りは寂しいでしょう?
黄泉川という保護者の元で暮らしてきた彼女に分かるはずがない。そう言って切り捨てることも出来たが、それをさせない何かがあった。表面上は知らないように見えて心の深いところだけが覚えてる、そんな孤独があるのかもしれない。

「……そォかよ」
「私は打算で友達になりたいなんて言わないよ。というわけで、その内で良いから名前で呼んでね。でもって名前を教えてくれると更に嬉しかったり」
「気が向いたらな」
「じゃあ気長に待たせて貰おうかな」

どれだけ先になろうとも彼の傍に居続ける。 遠回しではあったが彼女はそう告げていた。 そして一方通行へと振り向くと、人差し指を顔に突き付ける。

「分かってると思うけど、今日のことは愛穂さんには言わないでよ。絡まれてたとかそういうのも全部だからね!」
「……俺が言わなくても、とっくに気付いてるだろォけどなァ」
「え、何か言った?」
「なンでもねェよ、とっとと帰れ」

 一方通行が言うまでもなく、黄泉川はが抱えているものに気付いているだろう。何も言わないのは当事者である彼女が何を言ったところで言葉通りには伝わらないからだ。 理解しているから、黄泉川は何も言わない。そしても、内抱しているものは決して表に出さないだろう。
 保護者にして従姉妹。問題が解決しようとしまいと、その関係はこれからもきっと変わらない。


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