とある家族の日常風景

 いつも通り何の予告も無しには黄泉川の家へと遊びに来ていた。そのことは特筆すべきことではなく、加えて家主である黄泉川が居ないこともまた驚くべきことではない。黄泉川は教師であると同時に「警備員」でもある。「警備員」として呼び出されて外出していることも珍しくはないからだ。では、何故はリビングの入り口で立ち尽くしているのか。まるで世にも珍しいものを見たかのように。この部屋には黄泉川以外に生活している人物達が居る。黄泉川が外出しているというのならば、残された理由は一つである。

「うっわぁ珍しいー。え、これ写メとか撮っても良いのかな? 良いよね」

 誰に確認するでもない独り言をは発する。その視線の先には、ソファで仲良く寝ている一方通行と打ち止めの姿があった。正確に言えば、ソファの上で横になって寝ている一方通行の足元で打ち止めが丸くなって寝ていた。心温まる穏やかな光景と言っても差し支えは無いだろう。は早速携帯を取り出してカメラ機能を起動する。本来ならば撮影時に音が鳴るように設定されているのだが、彼女のものは手を加えられているので音で二人が眼を覚ます心配もなかった。意気揚々と携帯を構えると角度を変えながら撮影を行う。

「寝顔っていうのはその人の素顔が表れる、とは良く言ったものだよねー」

普段の様子と同じく愛らしい寝顔を晒す打ち止めはともかく、一方通行の寝顔も普段からは想像も付かないくらいに凪いだものだった。恐らく、この表情こそが彼の本来のものなのだろう。学園都市の『闇』に染められる前には当たり前のように浮かべていたもの。それが、そこには存在していた。
 心行くまで撮影を行ったは携帯を仕舞って、二人の寝顔をただ眺めていた。寝ている二人を起こしてまで遊びたいとは思わない。それならばも一緒になって寝てしまっても問題無いだろう。しかしその前に彼女には一つやってみたいことがあった。こんな機会は二度と無いかもしれない、それならば今やらずしていつやるというのか。そう判断をすると彼女は手を伸ばした、未だに眠り続ける一方通行の髪に。

「前から触ってみたかったんだけど、起きてる時は絶対に触らせてくれないしー」

 紫外線も反射していたために色素を必要としなかった真っ白な髪。重力と酸素以外の全てをデフォルトで反射していたのだから、その髪質もサラサラなのだろうとは常々思っていたのだ。漸く触ることの出来た髪は触れば指の間をするすると抜けていく、予想通りの触り心地だった。髪の手入れに色々と気を遣っている女子としては羨ましいことこの上ない。

「髪以外も触ってみたいけど、流石に起きるかなぁ……」

身体の一部である髪に触っているにも関わらず、起きないという現状がむしろ不思議であるくらいだ。他の部分に触れたならば起きないはずが無い。それでも、は触ってみたいという欲求を抑えることが出来なかった。

「少しだけなら、大丈夫だよね」

自分に言い聞かせるように呟くと、一方通行の頬へとそっと手を伸ばした。指先に伝わる温度が暖かく、低体温だと思っていたは少し驚いた。そして、その事実を脳が処理する前に赤い瞳と眼があった。あ、やばい。そう思った時には既に遅く、頬に触れてない方、身体を支えるためにソファについていた手が勢い良く手前に引かれていた。ドサリ、という音がしてバランスを崩したが一歩通行の上に倒れこむ。

「……なにやってンだ、オマエ」
「あはは、えーと、おはよう一方」
「誤魔化すな」
「いやね、珍しい機会だから普段出来ないことをやってみようかなぁ、と」
「とりあえず、どけ」

 が何をしていたのか理解した一方通行は上から退くように彼女に言う。けれども彼女は直ぐに上から退こうとはせず、苦笑いを浮かべるだけだった。そこで、一方通行はあることに気付く。自身の上に乗っている彼女の重みが感じられない、まるで体重が無いかのように。

「オマエ、能力使ってンな?」
「うん、手を引かれた時つい反射で……」
「で、なンで退かねェンだ」
「無重力状態での身体の移動ってまだ慣れてなくて」
「なら能力解除してから退けばイイだろォが」
「いやだって、私の全体重掛けたら一方折れちゃいそうなんだもん」
「妙な心配はいらねェからさっさと退きやがれ」

 一方通行の身体の細さを思えば、がそう考えるのも仕方ないことだろう。それもまた彼の怒りを煽っていることに彼女は気付いていない。近くで見ると意外に顔整ってるなぁ、などと暢気に考えている始末である。そしてこれだけ騒いでいれば起きないわけもなく、打ち止めが身体を起こして眼をこすっていた。

「んー……二人は何をしているのかな、ってミサカはミサカは寝ぼけ眼で聞いてみたり」
「あ、ミサカちゃん起こしちゃった? ごめんねー」
「いいから退け」

 見ようによってはが一方通行を押し倒している体勢なのだが、この場に居る誰もがそのことを気にしている様子はない。に退くように言う一歩通行にしても、単に邪魔だから、ということしか考えていなかった。そのことに問題があるわけではない、むしろ彼達はそれで良いのだろう。性差といったものに捉われない自然体な関係。それこそが互いに望み望んだものなのだ。

「ミサカもそっちに行ってもいいかな、ってミサカはミサカは聞いてみたり」
「いいよー。ミサカちゃんもこっちに来ればいいと思うな」
「おいまて。俺の意見は無視か」
「だいじょぶだよ、ミサカちゃんの重力も0にすれば重たくないから。0にするのなら難しくないし」
「そォいう問題じゃねェ!」

 一方通行の発言を無視しては打ち止めを手招きして呼び寄せる。そして近付いてきた打ち止めに対して、抱き上げるついでに能力を発動した。上に乗る人数が二人に増えたことで一方通行の機嫌は悪化するばかりである。打ち止めはともかくとして、はこの状況を楽しんでいるとしか思えなかった。彼女は一方通行の上から下りるつもりは既に無いのだろう。彼が本気で怒っているわけではないと分かっているから。

「ただいまじゃん。一方通行、打ち止め」
「お邪魔するわね」
「愛穂さんお邪魔してるよ、桔梗さんも久しぶりー」
「あら、貴女も居たのね」
「黄泉川でも芳川でもいい、こいつら退けろ」

 三人がそうして過ごしていると、帰宅を告げる黄泉川の声が響く。彼女は彼達が良く知る来客を引き連れていた。大人達は三人の様子を見ると一瞬驚いたように目を瞬かせた後、二人に下りるように言い聞かせる。漸く解放された一方通行は悪態を吐きながら起き上がり、と打ち止めが形だけは彼に謝るのを、大人達は笑いながら見守る。

それは学園都市の一画で見られる、とある家族の日常風景。


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