よくある疑惑

「一方、折り入って真剣な話があるんだけど」

 いつも通り騒がしく黄泉川宅に現れたは開口一番、挨拶もなしにそう切り出した。その顔は発言に相応しい真剣そのものである。しかしながら彼女には真面目な顔をして突飛な事を言う傾向があるために油断は出来ない。真面目に対応して迷惑を被るのは往々にして聞き手の人間である。積みたくもないのに積んでしまった経験から、一方通行は今日も適当にあしらうことを決めた。

「どォせくだらねェことだろ。一応聞いててやるから、とっとと話せ」
「真剣な話なのに、一方ってば冷たーい」
「話すのか、話さねェのか」
「はい、話させて頂きます」

 鋭い視線で睨まれたは即座に頷く。一方通行はの悪ふざけをある程度までは許容しているが、限度を越えれば制裁を加える。が女子であることなど微塵も気にせず頭を殴られるのだ。顔でないだけまだ手加減しているのかもしれないが、普通に痛い。そのことが刷り込まれているため、大抵の場合は一方通行の機嫌が少しでも悪くなるとは態度を改めるようになっていた。そうして制裁は回避したけれども、これから彼女が言おうとしていることからすると無駄になる可能性は非常に高い。

「じゃあ言わせて貰うよ。あのさ、一方がミサカちゃんとお風呂一緒に入ったことあるって本当?」
「はァ?」
「いやだからね、一方はミサカちゃんと二人で」
「分かってるから繰り返すな。それがどォかしたのかよ」
「どうかするよ! 大問題だよ!!」
「うるせェ、でけえ声出すな莫迦。ちゃんと説明しろ」
「ぁつ……」

 でこぴんを食らわされたは額を押さえて黙り込む。そして恨めしそうな眼で一方通行を睨むが、彼がその程度で怯むわけもなく平然とした顔で見返される。このまま睨んでいると、ニ発目が彼女を襲うだろうことは容易に予想が付いた。あの細い指の何処から威力が出ているのかは分からないが、一方通行のでこぴんはかなり痛い。流石にニ発目は遠慮したいと思ったは仕方なく視線を逸らす。

「一方は時々横暴だと思う」
「なンか文句でもあるのか?」
「いーえ。ミサカちゃんに向ける優しさの一割でも周りに向けたら随分と印象変わるのになぁなんて思ってないですよ?」
「もう一発喰らうか?」
「そんなことしたら、『一方通行は噂通り、やっぱりロリコンだった』って写真も添えて色んなところに触れ回ってやる」
「何の話だ」
「勿論さっきの続きだよ。説明しろって言ったのは一方でしょ」

聞いてる側からすれば何の脈絡もなかったが、の中ではきちんとした論理に基いた発言だったらしい。
曰く―― そもそも異性と一緒にお風呂に入るということ自体が間違っている。
タオルを巻いてたから良いということではない、むしろタオルは濡れると透けるしラインは出るしで問題性が高いと後輩が言ってた。 加えて相手は年端も行かない少女なんだから、ロリコンと言われても仕方がない。

「ということだよ。分かった?」
「別にあのガキ相手に欲情なんてしねェけどな」
「だから、そういう対象とかそうじゃないとかは関係無いんだって。一方がミサカちゃんと一緒にお風呂に入った、これは紛れも無い事実なんだから。その事実がある限り、一方のロリコン疑惑は消えないよ」

 どれほど少なく見積もっても5歳は年下の女の子と一緒に風呂に入った時点で既に犯罪だ。そこに恋愛感情があったかどうかの問題ではないということだろう。実の兄妹でも小学生になれば一緒に入らなくなることを思えば当然のことだった。

「それで、てめェはそんなこと言いにわざわざ来たのか?」
「うん、もし違うなら訂正しようかなと思ってたんだけど……アクセラロリータは本当だった、と」
「……なンて言った」
「アクセラロリータ。一方通行とロリコンを掛けた新しい二つ名だってさ。付けた人のセンスに脱帽だよね」
「言ってた奴教えろ、ぶち殺す」
「教えても良いけど……報復とかは絶対に無理だよ? 相手は外の人だから」
「学園都市外の奴ってことか?」
「うーん、ちょっと違うけどそういうことにしておこうかな。一方が勝てない相手ってわけじゃないよ。けど、次元でも越えないと戦うことすら不可能ってこと」

言っても分からないからとは適当に誤魔化したが、次元を越える云々は本当のことだった。かつて学園都市最強と言われた一方通行であっても異なる次元に居る相手に手を出すことは出来ないだろう。彼女はどうやってそのことを知り得たのか、謎は残る。

「でもさ、一方通行よりはアクセラロリータの方が親しみは沸くと思わない?」
「親しみなんざ要らねェよ」
「だよねー。あ、私は変わらずに一方って呼ぶから安心してね」
「……勝手にしろ」

 名前を教えるまでは呼び方を変えることはない。同じ遣り取りを何度も繰り返す中で確信を持った一方通行は最近では反論を辞めていた。あまりの欝陶しさに一度は能力を使ったこともあったが、それでも彼女は呼び方を変えようとはしなかったからだ。そこまでする理由は何なのか。 その質問には『ミサカちゃんを見習っただけだよ』とだけ答え、それ以上のことを言おうとしなかった。 そして、今でも一方通行は詳しいことを聞けないままである。

「一方ばっかりずるいなー私もミサカちゃんとお風呂入りたい……今度乱入しようか」
「おい、さっき言ってたことと矛盾してねェか?」
「なんで? え、まさか一方とミサカちゃん、今でも一緒に入ってるとか?」
「悪いかよ」
「んー私は常識とか気にしないから二人が良いならそれまでだし、愛穂さんも許可してるなら私が口出すことじゃないと思う。でも、ミサカちゃんの情操教育としては良くないかも?」
「情操教育ねェ……」

そう呟いて一方通行の視線はある一点へと向かう。身長が平均より少し大きい程度であるのに対して栄養が偏ったとしか思えない、の胸部に。年齢にそぐわない彼女のバストこそ、打ち止めの情操教育に悪いとその視線は告げていた。

「何ですか、私の存在そのものがミサカちゃんに良くないとでも? こっちは好きで大きくなったわけじゃないのに、セクハラで訴えてやる!」
「男なら普通の反応だろォが」
「へぇ、一方って……淡泊に見えてむっつりなんだね。うん、黒子ちゃんの言う通りだった、男の人に夢を見るのは金輪際止めよう」
「はッ、その歳になってまだ『白馬の王子様』とか夢見てたのかよ?」
「もっと現実的な話だもん。そーいうことばっか考えてるわけじゃない人も居ると思ってただけだし」

 自身は胸なんて大きくても小さくても変わらないと思っているが、周りの視線はやはりそこに集中する。同性から羨まれ、異性からは望んでもいない好意を向けられる。だから、パーツでは無く彼女の内面を見てくれる人に憧れるのも当然だった。その夢も、今となっては儚く消え去ったが。

「一方がむっつりと分かった以上、ミサカちゃんと一緒にお風呂に入るのを止めないわけにはいかないなぁ」
「決めつけてンじゃねェよ。それにガキに興味はねェ」
「ってことは愛穂さん!? うわ、男の人ってやっぱり胸の大きい人が好きなんだ……」
「てめェにはどうやら言葉が通じないらしいなァ」

あ、キレた。一方って意外と短気だよね。そう思った次の瞬間にはの視界は一転し、一方通行の背中越しに天井が見えていた。所謂、押し倒された状態というやつである。

「これは何のつもりかなー、一方?」
「危機感が足りねェ奴に身を持って教えてやろうとしてンだよ」
「能力に頼ってばっかで身体を一切鍛えてなかったもやしっ子の力付くなんて怖くないね」
「どォやら本気で泣かされてェみたいだな」
「やれるもんならやってみなよ」
「はン、上等だ」

売り言葉に買い言葉。
双方共にこの時は後先なんて全く考えていなかった。


 +++


「アンタら何やってんの?」

 それから数分後に帰宅した黄泉川が見たのは、とその上に跨がった一方通行が互いに指をしっかりと組んで全身で力を掛け合っている二人だった。見ようによっては際どい光景だが、二人の間にはそのような雰囲気が微塵も感じられない。取っ組み合い。それが現状を表すのに最も的確な言葉だろう。
 数秒で終わるかに見えた攻防が続いている理由は、能力を使えば圧倒的に有利な筈の一方通行がそれを使っていないからである。 筋力が無いことを馬鹿にされたことが悔しかったのだろう。力だけでに打ち勝とうとしたらしい。そして、この展開はの思惑通りだった。能力勝負では勝てないことが分かっていたからこそ、一方通行を挑発して力のみで向かってくるように仕向けたのだ。挑発の半分ほどは本音であり、純粋な力勝負であったならば五分五分に持ち込める自信が彼女にはあったからだ。尚且つ、一方通行が冷静さを欠いているのを良いことに自分はほんの僅かに能力を使ってさえいた。

「お帰りー愛穂さん。あのね一方ってね、実はロむぐ」
「なンでもねェよ。それと、コイツの言うことには絶対耳貸すな」

 明らかに自身に不利なことを言おうとしているの口を一方通行は強引に塞いだ。膠着状態を脱して両手が自由になったが口元を覆っている手を引き剥がそうともがいたため、いよいよ二人の取っ組み合いは激しくなる。

「仲が良いのは結構だけど、あの子に悪い影響及ぼさないように程々にしておくじゃん」
「えー悪いのは一方だけだよ?」
「何言ってンだ、どォ考えてもてめェの方だろ」
「……私からすればどっちもどっちだね」

両手両足のみならず全身を使って互いを制そうとしていると一方通行。最早当初の目的すら二人は忘れているだろう。
そんな二人を見て零した黄泉川の言葉が一番的を得ていた。


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