ein Licht

「ねぇ、。ばれんたいんでーって何? とミサカはミサカは最近の疑問をここぞとぶつけてみたり」

 いつものごとく黄泉川宅を訪れると、珍しく一方通行は外出中で打ち止めが家に居た。黄泉川も芳川も居るから問題無いと判断して置いていったのだろう。としては打ち止めとはすれ違いになることが多いので、彼女が居てくれたことは嬉しかった。加えて一方通行が居ないから気兼ねなく彼の話を出来るという利点もある。
 そうして久々に打ち止めとの時間を満喫していたら、彼女が先程の質問をしてきたのだ。つけっ放しになっていたテレビではバレンタイン特集の番組が放映している。学園都市内でも、この時期だけは少しだけ安くなったチョコレートが店先に並んでいるのを見掛けたような気もする。

「そういえばそろそろそんな時期だったような気もするなぁ。バレンダインデーねぇ、ずばり言うならチョコが沢山食べられる日のことかな」
、嘘教えちゃ駄目じゃん」
「えー嘘じゃないよ、私にとってはバレンタインデーはクラスメイトからチョコを沢山貰える日だよ。友チョコって風習を作った人に全力で感謝したいよね」
「貴女にとってはそうでも、世間的には違うでしょう」
「ヨミカワとヨシカワも、ばれんたいんでーが何か知ってるの?」
「知ってるわよ。バレンダインデー、起源は諸説あるけれど、現代では日ごろお世話になっている人に感謝の気持ちを込めてチョコレートを送る日、とでも言えば良いかしら」

話を振られた芳川がバレンタインデーについての正しい知識を打ち止めに教えてやる。それでも世間的な意味合いとは多少異なっているのは、打ち止めがまだ子どもだからだろう。その説明に対しては黄泉川も訂正をしようとしなかったことから、打ち止めもバレンタインデーとはそういうものなのだと納得をしたらしく、ふむふむと頷いていた。

「それじゃあミサカはヨミカワとヨシカワと、あとあの人にあげれば良いのかな? ってミサカはミサカはに確認してみる」
「そうだねーって、あれ、私にはくれないの?」
「あのね、ミサカは料理とかしたことがないから、に手伝って欲しいなぁって可愛くお願いしてみたり」

 バレンタインに興味があるのだろうことは最初の質問をされた時から分かっていたことだが、どうやら打ち止めは手作りをしたいらしいというのは気付かなかった。確かに、今もなおテレビで流れているのは手作りチョコの話である。としても打ち止めのお願いなら何でも聞いてあげたい所だが、彼女もまたバレンタインに手作りチョコなんてものを作ったことは今まで一度もなかった。例年、黄泉川や芳川、そして学校の友人には既製品を買って渡していたらからだ。店頭に並ぶ数々ある中から選ぶのもそれなりに楽しいし、それなら手伝ってあげるから。そう言っては手作りを諦めて貰おうとした。しかし、その前に保護者二人に先手を打たれてしまう。

「そうするといいじゃん。そろそろもお菓子の一つくらい作れるようになっておくべきだし」
「何でも炊飯器で作る貴方には言われたくないでしょうね。でも……そうね、それなら私達も完成を楽しみに待てるわけだし、良いんじゃないかしら?」
「……二人共、私が言おうとしてたこと分かってるでしょ。はぁ、分かったよ、分かりました。作れば良いんでしょ」
「ありがとう、!!」

が半ばやけくそのように承諾すると、打ち止めがそれは嬉しそうに抱き着いてきた。この子が喜ぶならまぁいいか、と彼女が思っているのもきっと二人にはお見通しなのだろう。


 +++


 数日後。打ち止めとは月詠小萌の家に来ていた。何故かと言うと、渡す相手が居る所で作るわけにはいかないと強固に打ち止めが反対したからである。大方、黄泉川と芳川に「内緒にしておいた方が一方通行も喜ぶ」とでも吹き込まれたのだろう。そんな理由で台所を貸して貰うことになった小萌には本当に申し訳なく感じる。

「ごめんなさい小萌先生。ご迷惑おかけしちゃって……」
「気にしないで下さいです。バレンタインと言えば女の子の大事なイベントですからね、ちゃんも打ち止めちゃんも存分に頑張って下さい!」
「うん。頑張るぞー!! ってミサカはミサカは自分に活を入れてみたり」
「手伝いはするけど、ねぇ……」

 何だか盛大に勘違いをされているような気がするのはきっと気のせいではないだろう。訂正するのも話がややこしくなりそうなので、この件については流すことに決めた。放っておいて問題があるわけでもないし、今はうずうずと眼を輝かしている打ち止めの相手をする方が先だと判断したからだ。

「それじゃあ、まずは材料を買いに行こうか」
「そこからっ!?」
「というのはまぁ冗談で。材料は買ってきてあるよ。でも、作り始める前に『これ』ね」

全身を使って驚いてくれた打ち止めに、材料が入った袋とは別の鞄から出したものを被せる。突然眼の前が真っ暗になったことでわたわたと狼狽えていたが、無事に頭を出すことが出来たらしい。

「これはもしかして、エプロンってやつなのかな? ってミサカはミサカは裾を摘みながら確認してみる」
「そうだよ。ほら、紐結ぶから後ろ向いて。あとは髪結んでーはい、完成」
「わーいって本格的な料理の雰囲気にミサカはミサカは歓喜の声を上げるの」
「そりゃ今から料理するからねぇ。あ、それはミサカちゃんにあげるから、これからも使ってくれると嬉しいかな?」

 打ち止めが小萌にもエプロン姿を見せに行っている間に、は自身の身支度を手早く済ませていく。そして打ち止めが戻ってきた時には、台所には既に材料と調理道具はきちんと並べられていたのだった。

「ねぇ、。随分と重そうなのもあるけど、あれも全部アナタが持ってきたの?」
「能力使って軽くしてね。小萌先生の所、お菓子用の道具があるか分からなかったから念のためと思って持ってきたんだけど……」
「けど?」
「そもそも調理道具が一つも見当たらないような? 小萌先生、もしかして……」
「ちっ、違うのですよ? ちゃん、先生は大人ですからちゃんと自炊だって出来るのですよ? 最近はちょっと忙しくて出来ていなかっただけで」

狭い部屋の中での会話は筒抜けである。の発言を聞きとがめた小萌が言い訳をするも、部屋の隅にまとめられたインスタント食品のゴミを見る限り、真相は明らかだった。気まずい沈黙が流れる。

「まぁ、その話は横に置いといて、準備も出来たし始めようか」
「うん。ミサカも何となくそうした方が良い気がする」
「二人共、先生の話を信じてないですよね!?」
「ミサカちゃんは料理するの初めてだから、今回は火を使わなくても良いようにクッキーを作ります!! これならほとんどミサカちゃんだけで出来るだろうしね」
「でも、。チョコレートじゃないけどいいの?」
「ココアクッキーだからカカオ製品の内ってことで大丈夫でしょ。それにバレンタインって言っても、別にチョコ限定ってわけじゃなから」

 先程までの小萌との遣り取りは完全になかったものとして、と打ち止めは話を進めていく。二人の意識は既に料理への向かっており、小萌の声は届いていないようだった。

「そうなんだって、ミサカはミサカはばれんたいんでーの仕組みに感心してみたり。それに、クッキーならミサカにも作れそうかも!」
「でしょう? 私も手伝うけど、せっかく『手作り』なんだからなるべくミサカちゃんが一人で出来るようにって思ってねー。とは言っても、私もクッキー作るのは初めてだから何処まで役に立つかは分からないけど。レシピはあるからこの通りにやれば大丈夫でしょ」
「任せておいてって、ミサカはミサカは胸を張って宣言するの」
「さてそれじゃあ、お料理開始といきますか」


 +++


「そうしたら残った生地をもう一度丸めて、また均等になるように伸ばしていって」
「んー……こんな感じ?」
「この辺もう少しかな。うん、そうそう。で、また好きな型でくり抜いて並べていってね」

 作業はそれなりに順調に進み、後は生地を型取りしていくだけとなった。二人共初めてのお菓子作りにしては、まぁまぁだと言えるだろう。この調子なら確実に食べられるものが出来上がるはずだ。幾つかある型を悩みながら選んでいる打ち止めの後姿を見ながら、は少し疲労の溜まった肩をぐるぐると回す。

ー、終わったよ」
「残ってる生地は? うーん、型で抜くにしては少ないか。じゃあ、これは適当に丸く伸ばして、味見ようにしよう」
「それで、次はどうするの?」
「型取りしたのには全部バター塗ったよね?」
「うん、ちゃんとやったよってミサカはミサカは報告するの」
「それじゃあ後はこれをオーブンに入れるだけ。焼き上がったら完成だよ」
「うわーい完成だぁって、ミサカはミサカは全身で喜びを表してみたり」
「はいはい、嬉しいのは分かるけど先に手を綺麗にしようね」

 飛び跳ねる打ち止めを押さえて、生地塗れになっている手を水で洗い流す。生地のほとんどは既に乾いてぱさぱさになっていたので、割りと簡単に剥がすことが出来た。

「って、手ぐらい自分で洗おうよ」
「ミサカが何かを言う前にが勝手に洗い始めたんだよ。ってミサカはミサカは抗議を示す」
「二人共、そうしてると本当に姉妹みたいに見えるのですよ」

 狭い水場で手を洗っていることから引っ付いているにも関わらず、と打ち止めがささやかなバトルを繰り広げているとそこに第三者の声が入った。忘れていたわけではないが、此処は小萌の家である。だからこそ打ち止めを汚れた手で走り回らせるわけにはいかないと考えたのだ。それでも小萌の声を聞くのが随分と久しぶりな気がするのは、料理をしている間は邪魔をしないようにとずっと静かにしていてくれたからだろう。台所を貸して貰った上にそんな迷惑まで掛けてしまったことをは申し訳なく思う。そしてそれとは別の点においても、小萌の言葉は彼女の心を微かに締め上げた。恐らく小萌にとっては思ったことをそのまま言った何ということのないものだったのだろう。しかし、にとってはそうではなかった。

「……小萌先生、それはないですよ。だって、ミサカちゃんにはちゃんとお姉さんが居ますから」
「そうなのですか?」
「はい、それはもう凄いそっくりで。だから……私は、ミサカちゃんのお姉さんにはなれませんよ」
ちゃん、先生はただ二人は仲良しさんだと言いたかっただけなのですけど……あの、大丈夫ですか??」

 口調は明るいが何処となく暗い表情を浮かべているに小萌は気遣う素振りを見せる。自分の発言が招いたのではないかと責任を感じているのだろう。確かに小萌の言葉が引き金ではあったが、全ては自身の問題であると彼女も分かっていた。だから気にしないで欲しいと言わなくてはいけないのに、それを言うことが出来ない。もう何年も前のことだから過ぎたことにしたつもりだった。しかしこんなにも過剰に反応してしまったということは、やはりまだ引き摺っているのだろう。それは彼女の決して忘れることは出来ない罪と繋がっているから。の意識が深い闇に潜りそうになったその時、不意に誰かに腕を引かれた。


「……ミサカちゃん。あはは、ごめん。大丈夫だよ」
「本当に大丈夫なのですか?」
「はい、全然平気ですよ。何かちょっと変なスイッチが入ちゃっただけですから。小萌先生もそんなに気にしないで下さい」
ちゃんがそう言うのでしたら、深くは聞きませんけど」

 まだ幾らか気になる所も残っているが、小萌は一応納得してくれた。彼女が自分から話さない限りは踏み込まないことにしたのだろう。それを見てが一息吐くと、依然掴まれたままだった腕が再度引かれた。

「うん? まだ何かあるのかな、ミサカちゃん。出来ればクッキーが焼き上がるまでに片付けを終わらせちゃいたいんだけどなー」
「ミサカはに言っておきたいことがあるの」

 時に能天気とまで称される打ち止めが酷く真剣な眼を向けていた。その上で、はその小さな手を振り払ってまで逃げる気にはなれなかった。

「アナタは確かにお姉様にはなれない。でも、だから。ミサカにとって、は家族だよ。それはあの人もヨシカワも、それにヨミカワも同じだと思うから」

 その時になってようやく彼女は理解した。彼が守りたいと思っていたのはこれだったんだと。きっと彼だけではない、一度でも触れた者は皆そう思うようになる。それはつまり、彼女もまた同じ思いを抱いたということ。
 守りたいと思った。彼の大切なものだからではなく、彼女自身の大切なものとして。包み込む優しさを持つこの小さな存在を。だから、彼女は少女の手を今度は自分から握った。

「ありがとう、ミサカちゃん」
「どうしてお礼を言われるのかミサカは良く分からないけど、どういたしましてって返しておいてみたり」
「まぁ、分かんないならそれでいいよ」

首を傾げる打ち止めに対して、はただ笑ってみせるだけだった。

「そうだ、! アナタにはミサカが初めて作った料理を一番最初に食べれる権利をあげることに今決めたのってミサカは素晴らしアイデアを誇らしげに披露するの」
「でも私の分はないんじゃなかったっけ?」
「味見用にが最後に作ったのがあるよ。だからはじっくり味わって食べてねってミサカはミサカは言ってみる」
「それじゃあ、そうさせて貰おうかな。帰ったら皆に自慢しないとね、特に一方に」


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