一方通行と出会って以来、は能力開発の授業にも真面目に取り組むようになった。今までは不真面目であったが元々は大能力者。彼女に対して周囲の寄せる期待は高く、連日に渡っての測定や訓練が繰り返された。この変化は前とは比べ物にならないくらいの忙しさと疲労を生んだが、それでも彼女は週に1度は黄泉川宅へ訪れていた。彼女にとっては、それこそが何よりも休息になると同時にやる気へと繋がるのだろう。
その日もは黄泉川宅へ訪れたのだが、来るなりソファへと倒れ込んで動こうとしなかった。
「、疲れてるの? ってミサカはミサカは心配そうに声を掛けてみるの」
「んーちょっとね。昨日課題が沢山出て、それ終わらせてたせいで寝不足なんだよ」
「ならわざわざ来るンじゃねェよ」
ソファに居る二人と離れて、ダイニングテーブルの方に居た一方通行が小さく呟いた言葉。距離や声量から聞こえるわけがないと彼は思っていたのだが、しっかりと聞こえていたらしくはがばっと身を起こした。
「眠くても二人に一目でも会いたいから来てるのにっ! 一方ってば友達に対して冷たーい」
「はっ、てめェと友達なんざになってくれるお人好しが居たとは驚きだなァ?」
「学校にだってちゃんと友達は居ますー。なのでその言葉はそっくりそのまま一方にお返しします」
「あのね、。口は悪いけど、この人も心配してるんだよ? 疲れてるなら休んでれば良かったのにって本当は言いたいの」
「おい、そこのクソガキ。何勝手に決めつけてやがる」
「大丈夫だよーミサカちゃん。遠回しな一方の優しさは私にもちゃんと伝わってるからね。分かった上で一方との会話のキャッチボールを楽しんでるんだよ」
「てめェも便乗すンな」
言いたいことだけ言っては再びソファに突っ伏すと、器用にもそこでごろごろと回転をする。彼女が倒れ込んだ衝撃で床に落ちてしまったクッションを拾い上げると、抱き枕代わりにそれを抱き締めていよいよ本格的に寝る体勢に入り始めた。打ち止めと一方通行が見ている中、瞬きを繰り返しながらもその瞼は徐々に落ちていく。そうしている内に完全に寝てしまったをわざわざ起こすこともないだろうとそのままにしておくことにした二人が視線を切ろうとした瞬間、びくりと身体を震わせてが跳ね起きた。そんなの突然の反応に驚いた打ち止めがダイニングの椅子から落ち掛けたことであわや大惨事へと発展しかけたものの、当然のように引き留めた一方通行のお陰で事態は難なく収束した。しかし、先ほど以上に不機嫌そうな面持ちで、一方通行はを睨み付けるのだった。
「クソったれが、寝ンならさっさと寝やがれ」
「ん、ごめん。ミサカちゃんも驚かせてごめんね。でもせっかく来たのにやっぱり寝ちゃうのは勿体ないかなって」
「誰もてめェに来てくれなンて言っちゃいないンだよ」
「うん、私が来たいから来てるだけ。それで二人に迷惑掛けてちゃ世話ないよねー」
「・・・・・・あのね、それでもミサカはミサカはアナタが来てくれて嬉しいよ?」
体勢を整え直した打ち止めは、そのまま椅子を降りての元へと来るとそう告げた。悪気があったわけではなく、の行動は二人を想ってのものであると分かっているからだろう。彼もそれが分からないわけではない。普段の脳天気さが鳴りを潜め、何処となく気落ちしているの様子に面倒そうに舌打ちすると、無言でキッチンの方へと向かう。戻ってきた一方通行の手には彼が愛飲しているメーカーの缶コーヒーが握られていた。
「ったくよォ、そンなに寝たくないっつーンならこれでも飲ンでろ」
「い、一方が優しいなんて・・・・・・明日は樹形図の設計者の欠片がまた降ってきたりする?」
「違うよ。これはこの人なりのデレなんだよ、だってツンデレだから。ってミサカはミサカは胸を張って説明してみるの」
「あァ? いらねェンなら今直ぐ返せ」
「やだなぁ、いらないなんて一言も言ってないじゃない。一方の照れ屋さん」
言葉に合わせるように人差し指で突く素振りをすると、そんな彼女の真似をする打ち止めに、一方通行の米神がぴくりと引き攣る。しかしここで反論しようものなら、それこそ二人の思うツボである。だから一方通行は付き合ってられないとばかりに再びダイニングへと戻り、これ以上は巻き込まれることのないように二人から離れた場所へと腰を落ち着けるのだった。そんな一方通行の考えなど知る由もないと打ち止めは、珍しくも彼がくれた贈り物を手に会話を続ける。
「コーヒーはカフェインが含まれてるから確かに眠気醒ましには有効なんだろうけど、コーヒーねぇ」
「はもしかしてコーヒーが苦手なの?」
「残念ながらその通りなんだな、これが。まだまだ子ども舌なんだよねー砂糖とミルク入れたら飲めないこともないんだけど、眠気対策ならブラックで飲まないと駄目だろうし」
「ミサカも飲みたいって頼んだけど断られてしまったからどんな味かは知らないんだけど、ヨミカワがそんなの飲んでると味覚がおかしくなるって言ってたよ」
「つまり普通のブラックよりも更に苦いと? うーん愛穂さんが言うくらいだからなぁ、でもせっかくあの一方がわざわざくれたんだし・・・・・・いきます!」
プルタブを引っ張って開けると、は勢い良く缶コーヒーを口にする。ごくごくと液体を嚥下する喉の動きを、まさか一気飲みをするつもりでは、と打ち止めは不安げに見守っていた。風呂上がりのコーヒー牛乳を飲むかのように腰に手を当てて飲んでいるが、瓶とは違って缶の飲み口は小さい。当然、一気飲みなど出来るわけもなく――
「っぷは、もう無理苦い!! こんなの飲みものじゃない!!」
叫ぶや否や、缶をテーブルに置くとは口を押さえたままキッチンへと向かう。頻繁に足を運んでいる彼女にとっては勝手知ったるものであり、冷蔵庫から目当てのジュースを取り出すとグラスに並々と注いだそれを今度こそ一気に飲み干した。それでもまだ口の中には苦い味が残っているのか更にもう1杯注いだジュースを口に運びながらリビングへと戻ると、消耗した様子でソファへと座り込む。
「予想以上の反応に、そんなに苦かったの? ってミサカはミサカは興味本位で尋ねてみるの」
「コーヒーを泥水と表現する人が時々居るけど、それについてはあながち間違いでもないと思うくらいには。とにかく、苦い」
「ふーん、と適当に相槌を打ちながらミサカはミサカはおもむろに缶コーヒーに手を伸ばしてみたりーって、あぁ!!」
正に手に取ろうとしていた打ち止めの背後から、いつのまにか後ろに来ていた一方通行が彼女の頭を押さえ込むようにして上から取り上げていた。打ち止めが取り返そうと何とか手を伸ばすも、二人の身長差では高い所へ持ち上げられてしまえば届くわけもなく、彼女に出来るのは口を尖らせて不満げに訴えることだけだった。
「どうしては良くてミサカは駄目なの? とミサカはミサカは厳重に抗議の姿勢を示してみたり」
「ガキは大人しくジュースでも飲ンでろ」
「もおーそうやってアナタはすぐミサカのことを子ども扱いするけど、ミサカだって立派なレディなんだからって」
「はン、どっからどォ見てもクソガキだろォが。大人扱いされたいンなら、あれくれェになってから出直して来やがれ」
「良く分かんないけど、人の身体的特徴を痴話喧嘩のネタに引っ張るのは止めて欲しいなーとだけ言わせて欲しい」
「痴話喧嘩だァ? 気色の悪ィ例えすンじゃねェよ、そもそもてめェが原因だろォが!」
「え、なにそれ、とばっちり?」
「そうそう! お姉さまだってそんなに大きいわけじゃないし、を平均的とするのは間違ってるってミサカはミサカは」
「くっだらねェ、付き合ってられっかよ」
吐き捨てるようにそう言うと、打ち止めが尚も叫ぶのも意図的に無視しつつ、一方通行はその手に持ったコーヒーをあっという間に飲み終えてしまった。空になって掌の中で潰されてしまった缶を打ち止めは残念そうに見つめる。が貰ったのだから、自分だって飲ませて貰えるかもしれないと少し期待していただけに名残惜しさが捨てきれなかったのだろう。だから、現状を元にミサカネットワーク内で偶々そういう意見が出ただけであり、打ち止め自身は何となくそれを口にしただけだったのだ。
「そういえば、これって間接キスってことになるんだねってミサカはミサカは端的に事実を述べてみるの」
「へ、違う違う、そんなんじゃないからっ!!」
当の打ち止めでさえ、どうせまた一方通行に適当にあしらわれるだけだろうと思っていたし、まさかそんな大げさな反応が返ってくるとは思っていなかったのだ。それも思いもしない方向から。声を上げたは、その顔を真っ赤に染めてわなわなと震えながらその場に立ち尽くしていた。
「な、なんで一方はそんな冷静なの!?」
「ガキじゃあるまいし、間接キスなんざいちいち騒ぐようなことでもねェだろ」
「これが騒がずにいられるかっての! 私の初めて返せ!! 一方のばかぁー!!!」
言うだけ言って能力を発動して一方通行を床へ押し潰すと、ソファの横に放り出してあった鞄を拾ってそのまま一目散には玄関へと向かう。綺麗に揃えて脱いであった革靴を突っかけるように履いてドアを開けようとした時、丁度良く外側から開かれ、帰宅した黄泉川と顔を合わせる形となった。
「あれ、。もう帰るなんて、今日は早いじゃん」
「愛穂さん! 一方のこと、ものすっごく叱っておいて!!」
「まずはこっちにも分かるように説明する、話はそれからじゃん」
「やだ、私今日はもう帰るの! またね、愛穂さん。次来る時までに一方のこと更正させといてね、絶対だからね!!」
どうせまた外泊を届けを出していないのだろう彼女が自主的に帰ると言っているのだから無理に引き止めるわけにもいかず、慌ただしく帰って行くを黄泉川はそのまま見送るしかなかった。説明らしい説明もなかったため、とりあえず一方通行を何とかしろ、ということしか分からない。学校でも子どもの相手をし、帰宅してからも子ども相手するという現状にやれやれと思いつつも、黄泉川は問題の相手が居るであろうリビングへと向かった。そこで目にしたのは、押し潰されたように床に倒れている一方通行と、心配そうにその横にしゃがみ込んでいる打ち止めだった。
「とりあえず、何があったか説明するじゃんよ」
「ヨミカワだ、お帰りなさい。あのね、間接キスしたからが怒っちゃったのって話づらいこの人の代わりにミサカはミサカは説明してみたり」
「あーはあれで結構乙女だから、そういうのに敏感じゃん」
「乙女ってどういうこと?」
「色々と夢見てる部分があるじゃんよ、なにせまだ中学生だし恋愛とかについては特に」
「それ、ミサカには何となく分かるけど、この人に理解させるのは難しいと思うの」
「別に理解しなくて良い、ただ覚えておけば良いじゃんよ。それにしてもあの子、前よりは能力コントロール出来るようになったじゃん」
問題はそこじゃねェだろ。とでも言いたげな一方通行の視線を受けながらも、黄泉川は嬉しそうに笑うのだった。
まるで我が子の成長を喜ぶ親のように。
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