「はいはーい、さんですよー」
軽快な音を辺りに響かせている音源である携帯を取り出すと、発信者を確認することなく彼女はそれに応答した。その行動は電話を掛けてくるような相手は限られており今更確認するまでもないという理由もあったが、どんな相手であれとりあえず話は聞く、という彼女の主義によるところもあった。今回の場合は、彼女が予想もしない相手からの発信だったことを思うと、結果として後者の理由に当てはまったと言える。
『電話でもそのテンションのあなたにミサカは一瞬電話を切ろうかと思ったわけだけど』
「おや、みーちゃんからとは珍しい。なになに、なんかお使い? 買ってきて欲しいものでもある? 一方の缶コーヒー以外なら買っていくよー」
『だから、その呼び方は止めてよ。ミサカにそんなふわふわしたのは合わないんだって、むず痒くなる』
「えーでも、『みーちゃんとみこりんとどっちが良い?』って最初に聞いたよ? そしたら、みーちゃんでって言ったんじゃない」
『その二つしかないとか選択肢がおかしいでしょ』
「じゃあ、みこみー?」
『……今のでいい』
電話口の向こうから諦めたような溜め息と共に聞こえてきた声に、はからからと笑った。理由を話したことはないが、彼女も嫌がらせのつもりでこの呼び方をしているわけではない。そこには、打ち止めが彼を決してその通り名では呼ばないそれと同じような理由があるから。どんな形で生まれたにせよ、彼女達は皆『御坂美琴』である。ならばその個を示す名前を軽んじるようなことはしたくなかった。けれども、には既に『美琴ちゃん』も『ミサカちゃん』も居たから、そこで思い付いたのが『みーちゃん』だったのだ。恐らく、相手も薄々とは察しているのではないかとは思っている。だからなんだかんだ言いつつもこの呼び方が定着しつつあるのだ。
「それで、みーちゃんが電話してくるってことはよっぽどの用事でしょ。何かあったのかな?」
『んー最終信号と第一位が喧嘩した』
「うん、いつものことだね」
『で、最終信号が家を飛び出して行って、現在行方不明ってところ』
「おぉ、それは一大事だ。携帯のGPSは?」
『そもそも携帯が家だからねぇ、意味なし。しょうがないからミサカはこれから探しに行くよ』
「なるほどねぇ。そして私もその捜索に加わりなさいと」
『違うよ、あなたはあの人のお守り。機嫌直してとっとと迎えに行くようにあの保護者を仕向けてちょーだい』
「えぇーなにその大役、むりむり」
『ミサカにはもっと無理だから任せたにゃ★』
そう一方的に告げると電話はぷつりと途絶えてしまった。何の音も発さない物体と化した携帯を片手には考える。番外個体が連絡をしてきたということは、恐らく大人二人は家に居らず事態も把握していないということだろう。飛び出して行ったという打ち止めを探すために人海戦術を使うならばまだしも、そうでないならばネットワークには組み込まれてはいないとは言えども下位個体である彼女が探した方が効率が良い。加えて、見付けたところで大人しく帰ろうとはしないであろう彼女を連れて帰るには、やはり彼の迎えが必要不可欠だ。となればが今やるべきなのは捜索ではなく、電話で指示されたように真っ直ぐに通い慣れた従姉妹の家へと行き、彼に発破を掛けることなのだろう。
「上手く出来る気はしないけど、まぁやってみますか」
そう言って携帯を鞄の中に仕舞うと、通話の間は止めていた足をは再び動かし始める。元からそこに行くつもりで出掛けてきているので、進行方向に変わりはない。そういえば、そもそも喧嘩の理由は何だったのだろうか。そんなことを考えながら、彼女は通い慣れたマンションを目指すのだった。
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勝手知ったる何とやらで部屋に上がり込むと、は彼が居るであろうリビングへと一直線に向かう。「お邪魔しまーす」という挨拶だけは毎度欠かさないので、ただでさえ人の気配に敏感な彼には彼女が来たことは既に知れているだろう。マンションにしては少々広めな廊下を進んだ先で、は案の定リビングのソファで横になる一方通行を発見した。横になっているとは言え寝ているとは限らない。彼の場合はむしろ寝ている方が珍しいと言える。それでも確率としては0ではないため、なるべく物音を立てないように近付いていった彼女が彼の顔を覗き込もうとしたところで、眼が合った。
「……なンだよ」
「いやー寝てるのかどうかの確認をしようと思って」
「見ての通り、起きてンだろォが」
「うん、そうだね。でも端から見たら完全にふて寝にしか見えなかったよ」
「あ……何を知ってやがる」
「ん? 一方とミサカちゃんが喧嘩して、ミサカちゃんが家飛び出して行ったことくらいしか知らないかな」
「チッ、余計なことしやがって……」
彼と彼女が喧嘩をした。その事実を知る者は限られているから、それをに伝えたのは誰なのか聞くまでもなく彼には分かってしまったのだろう。勿論その行為に感謝などするわけもなく、彼の中から出てくるのは悪態だけだった。伝えた彼女にしても、元が元だけに善意によるものではなく、何かしらその行為によって彼女の悪意が満たされる部分があってのことだろう。こうしてが彼のところに表れて、彼と彼女の間にあったことやそれに伴う感情について取り上げることが、そもそも一方通行にとって思わず顔をしかめたくなるような状況であることを考えると、番外個体の思惑は大体のところにおいて成功していると言える。そしてはそんな彼の内心を何処となく察しているからこそ、適度な距離をもって聞くのだった。
「まぁ何が原因だとかそういうのはいいんだよ。どうせ大したことじゃないだろうしねー」
「はっ、随分と知ったよォな口利くじゃねェか」
「だってそんな口利けるくらいには二人のこと見てきてるという自負はあるもん」
「その気色悪ィ言葉遣いは止めろ。似合ってねェンだよ」
「突っ込み所が語尾に関してだけとはいうことは、内容については否定しないってことでおーけー?」
「……そこまでいくと能天気思考も大したもンだな」
が何と言おうとも、その発言を否定するような言葉は返ってこない。以前であったら二言目には確実に手が出て叩かれていたであろうことを考えると、あの戦争を経て確かに彼も変わったのだと感じられる点だった。彼自身はその変化をどう思っているかは分からないが、や打ち止め、そして黄泉川や芳川もそれを良いものだと受け止めている。だから、何を言われてもは笑顔を浮かべ続けており、そんな彼女を見て一方通行は鬱陶しそうに顔を背けるのだった。
「で、てめェは何しに来たンだよ。うざってェこと言うなら追い出すぞ」
「わーこわーい。私はいつも通りに遊びに来ただけだよ。せっかくミサカちゃんとタッグ組んで今日こそはみーちゃん倒そうと意気込んで来たのに、誰がさんのせいで二人共居ないんだもんなー」
「どォせその内帰ってくンだろ」
「そうかなー誰かさんが迎えに行かないと帰って来ないと思うんだけどなー」
「……言いたいことがあンなら直接言え」
「言っていいの?」
「勝手にしろ」
「では言葉に甘えて。一方だって本当は仲直りしたいくせに。変に意地張らないで、さっさと迎えに行けば良いんだよ。そろそろ暗くなるし、女の子の一人歩きには向かない時間帯だよ。さて、これを聞いて一方はどうする?」
いくら学園都市の暗部を消し去ったとは言っても、未だに打ち止めが何かしらの計画に組み込まれている可能性は高い。その身が狙われる危険性が0ではないのならば、絶対的な安全など存在しない。故に、何かあってからでは遅いのだ。それを彼が理解していないはずがない。の言葉の裏に込めた意味も、彼は正しく読み取ったのだろう。鋭すぎる眼光で彼女を睨み付けた後、舌打ちを一つしてソファから身を起こすと、そのまま玄関へと歩を進めた。
「うんうん、正直無理かもって思ってたんだけど一方がその気になってくれて良かったよ。それじゃあ私は皆が帰って来るまで待ってるから、ちゃんと一緒に帰ってきてねー」
「はァ? なに自分だけ楽しようとしてやがる。オマエも行くに決まってンだろ」
「えーだって私今来たばっかだし、ちょっとはゆっくりしたい」
「俺一人でアイツら二人連れて帰って来れると思ってンのか?」
「あー…うん、分かった。一緒に行くよ」
打ち止め一人ならばまだしも番外個体も一緒に、となると不可能ではないが一方通行のストレスが溜まる結果になることが目に見えている。しかも今回は打ち止めも自分から飛び出していったことなどを考えると、彼が迎えに来たとしてもそう素直に帰って来るとは思えない。としても寮の門限のことを考えるとあまり遅くまでは居られないことから、少しでも長く遊ぶためには一緒に迎えに行く方が効率は良い。ほんの少し考える素振りを見せた後、仕方ない、というように肩を竦めると鞄だけフローリングに置き、彼女は一方通行の後を追い掛けて玄関へと向かった。
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「いやー保護者も楽じゃないねぇ」
「そンな妙なのになった覚えはねェよ」
「愛穂さんがお母さん、桔梗さんはお母さんの妹さんとか友人ポジション。一方は長男かなー」
「おい、勝手に家族構成とか考えるのやめろ」
「ミサカちゃんが長女でみーちゃんが次女? それとも逆? あそこの関係よく分かんないんだよねぇ」
マンションを出た頃に番外個体から丁度良く打ち止めを確保したという連絡が来たため、教えて貰った場所へと向かいながらとりとめもなくは話す。彼女が突拍子もないことを言い出すのはいつものことなので、適当に相槌を打ちながらも一方通行は内容の半分以上は聞き流していたが、勝手に家族構成を作り上げられた段階に至り、流石に待ったを掛ける。配役に対しても言いたいことはあるが、それよりもまず訳の分からないカテゴリに当て嵌められて堪るものかという気持ちがあったのだろう。しかしそんな彼の言葉など聞こえていないかのように、彼女は続ける。
「で、私はよく遊びに来る近所の人ポジションで!」
「…………」
「あれ、今の黙るようなところ? そんなに意外だった?」
「まァな」
「んー我ながらこれ以上ないベストな配役だと思うんだけど。これでも私、謙虚なのですよ?」
「別にてめェがどう思ってよォが俺には関係ねェよ」
「だろうねー。一方ならそう言うと思ったよ」
「何を気にしてンのか知らねェが、分かンねェならあのガキとかにでも聞いてみりゃいいだろ」
「……なるほど、それは名案かも」
一方通行が顎で示した先――道路沿いのベンチに座ってアイスを食べる打ち止めとその横に立つ番外個体を目に留めて、ふっと零れるような笑みをは浮かべる。打ち止めの持つアイスを取り合う二人が迎えに来た彼らに気付くまで後少し。そして家族構成の話を聞いた打ち止めが、長男の友人という配役で彼女を組み込むまで後5分。
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