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 大覇星祭以来、頭の中はぐちゃぐちゃになっている。初めは知らないことを無理矢理一気に詰め込まれたようだったが、次第にそれが忘れていただけで元々知っていたことのような気がしてきた。もしかしたら、実際そうなのかもしれない。けれども、そのことを意識しようとすると途端に、それらの知識を再び忘れてしまう。まるで能力による精神操作を受けていて、それが中途半端に解け掛けているようだ。いや、この場合は『能力』というのは正しい表現じゃない、どちらかと言えば『魔術』か。そのことは思い出した、思い出してしまったとも言う。私はあちらの人間で、こちらの人間じゃない。だから、『ここ』での名前も偽りなのだろう。

「はぁ……」

そこまで考えて嫌になり、私は溜息を吐いた。今の自分が偽物だと知って憂鬱にならないわけがない。どうしてそんなことになっているのかも分からないのに、ただその事実だけを知らされたのだ。それに、ここに居る自分が偽りならば、それは血縁関係も偽りということを意味する。実の姉のように慕うあの従姉妹もまた他人ということだ。

「あー何でこんなことになっちゃったのかな……」
「知るか。さっきから溜息ばっか吐いて、うっとォしいンだよ」

独り言のつもりだったが、思わぬ所から応えが返ってきた。ここは二人が居候している黄泉川の家なのだから、それも当然と言えば当然である。

「一方てば冷たいなぁ、ちょっとは気にかけてくれたって良いじゃん」
「何を気にかけろってンだ。お前だって別に聞いて欲しいわけじゃねェだろ、それなら自分から言うだろォしな」
「そうなんだけど……まぁ、一方に気遣いとか期待した私が悪いんだよねー」
「分かってンなら最初から言うなよ」

 相変わらず、ばっさりと切り捨ててくれる。それでも、以前ならば溜息を吐こうが体調が悪かろうが無視されていたことを思えば、彼との関係は随分と親密なものになったと言えるだろう。今の自分が偽りだと知っていながらも此処に来てしまったのは、一方やミサカちゃんに会いたかったからなのかもしれない。自分の存在が揺らいでいる時に思わず縋りたくなってしまう相手として。だから、つい弱音を吐いてしまうのだろう。

「あのさ、適当に聞き流して欲しいんだけど……もしも、今まで信じてた自分が全部嘘だったらどうする?」
「どォもしねェ。そもそも『信じてた自分』って何だよ、自分は自分じゃねェか」
「いや、そうなんだけどそうじゃなくて……」
「全部嘘だろォと今まで生きてきた時間は確かにあンだろ。『自分』ってのはそォいうヤツで出来てンじゃねェの?」

 何か信じられないようなことを聞いた気がして、思わず瞬きを繰り返してしまった。つまり、自分を構成するのは身分や名前などの情報ではなくて、それまで過ごしてきた時間や他者との関係性ということだと言っているのだと思う。随分とらしからぬ言葉ではあるが、これは彼なりの励ましなんだろう。それが分かると先程まで抱いていたもやもやした気持ちが少し薄れるのを感じて、私は気持ちの赴くままに彼へと抱き着くことにした。

「ありがとね。ちょっと元気出た」
「感謝してンなら、とっとと離れろ」
「えー感謝の気持ちを表すためにハグしてるのに」
「てめェもあのガキも、スキンシップが激し過ぎンだよ」
「そんなことないって、普通だよ。あ、もしかして一方ってば照れてる?……っう」

 横から抱き着いている状態では見ることが出来ない彼の顔を確かめようとしたら、無言で叩かれた。ちょっとからかってみただけなのに。そう思いながら渋々離れると、彼が思い切り顔をしかめているのが目に入る。そこまで嫌がらなくても良いと思うんだけど……。ここで思うのが「傷付くなぁ」とかではなく「ミサカちゃんはやっぱり特別なんだなぁ」であるのは、私が一方にとってのミサカちゃんになりたいわけではないからだろう。だって私は、二人の関係に希望を見出したから。そんな二人だからこそ大切なのであり、いつも思うのだ。

「私は一方とミサカちゃんの味方で居るよ。何があっても」
「そォかよ」
「でもね、私が私じゃなくなったら分からない。もしも二人の敵になることがあったら、その時は躊躇わずにやっちゃって」
「心配しなくとも、信じてねェよてめェの事なんざ。刃向かってきた時点で殺してやる」
「酷いなぁ……って言うべきなんだろうけど、むしろ安心した。って言ったら変かな?」

 一方と戦うのは嫌だし、それ以上に二人を傷付けたくはない。それは私じゃないとしても同じ姿形をした存在だろうから、やはり彼達を攻撃するのは『私』なのだ。だから、二人が傷付かずに済むならば、『私』を攻撃して貰った方が良いと思える。例えそれで『私』が死ぬことになっても、後悔はしないから。

「まぁ、出来るならいつまでもこのままで居たい。というのが本音だけどね、死ぬのは嫌だし」
「ハッ、努力次第でどォにかなるってンなら、せいぜい頑張るンだな」
「どうなるか分からないから言ってるんだけどねー。そもそも努力の余地があるかも分からないし」
「どォにもなンねェなら気にすンの止めろ。少なくとも、今のお前はお前だろォが」
「うん、そうだね」

どうしてこうなったのかは分からない。それでも、知らないかつての自分よりは今の自分が好きだから。大切な家族とこのまま過ごすこと。私が願うのは、それだけ。


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