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 雑踏に埋もれた中から見付け出す幸福の証。希望、信仰、愛情、そして幸福。いつしか囁かれるようになった「四つ葉のクローバーは幸せを運ぶ」という言い伝え。それはきっと四つ葉のクローバーそのものに意味があるのではなくて、探し出す過程に人々は何らかの意味を見出したのではないだろうか。どんなに探したところで、幸福は見付からない。見付からないこその幸福なのだと。

「で、アンタは何が言いたいんだ?」
「人は生きている限り幸福を希求する権利があるらしい。まぁ、私も自身の目的とやらを追及して追及して、その結果こんなんになってるわけだから確かにその通りなのかもしれない」
「魔術師ってのは多かれ少なかれそんなもんだ」
「だから分からないんだよ。努力を重ねて、汗水流して泥塗れになって『それ』を探すのは良い。けど、その結果として『それ』が本当に見付かってしまったらどうする? 見付けた『それ』がこれまでに見合うものじゃなかったらどうする?」
「自分の力だけで何かを成そうとしなかったんだろ。『それ』がどんなものであれ、結末は受け入れるんじゃねえのか」
「けど、受け入れられないのが人間なんだよ。それを誰かのせいにせずには要られないんだ。全く面倒だよね」

 そう言った彼女が手の中で持て遊んでいるのは、極々有り触れた三つ葉のクローバーだった。くるくると手で回していたかと思うと、不意にそれを宙に投げ捨てる。最早それに対する興味なんで一欠片も残っていないかというように、床に落ちたそれに見向きもしなかった。

「だからさ、結局信じられるのは自分だけなんだよ。これまで積み重ねてきたものが全て。偶然とか、幸運とか、奇跡とか、くだらない」
「アンタのそーいう考え、嫌いじゃねえけどな俺は」
「格とか戦闘力とかどれを取っても全然違うけど、私と貴方がやってきたことは大体同じだからでしょう」
「本当にそれだけだと思ってんのか?」
「さあ? 雷神トールさんの考えることなんて私には分からないし」
「あっそ。つーか、本当に何の用なんだよ。これから学園都市に行くっつー時にわざわざ呼び止めやがって」

 肩にかかる金糸の髪を鬱陶しそうに払ったトールの目に、先ほど彼女が床に落としたはずの三つ葉のクローバーが目に止まる。既にそれは先ほど彼女の手の中にあったものとは別の物へと姿を変えており、正確に言えば『三つ葉のクローバーだったもの』だろう。床に散乱したそれらはどれも四枚の葉を持っていたのだから。

「餞別代わりに送ろうかと思っていたんだけど、色々考えてたらまぁ必要ないなって気付いちゃって。一応聞いておくけど、要る?」
「必要ないな」
「そうだろうと思った」

 肩を竦めてみせた後、彼女は指一つ振って床に散らばった四つ葉のクローバーを跡形もなく消し去ってしまった。そんなものなど最初からなかったかのように。一瞬でもそんなものに縋ろうとした自身の愚かさを嘲笑うかのように。

「なるほど、つまりアンタはわざわざ俺の見送りに来てくれたってことか」
「そうとも言えるかもしれない」
「おいおい、随分と曖昧なんだな。まあ、それでも俺にとっちゃ十分過ぎるくらいなんだろうけどな」
「……行くんでしょ?」

 どこに。とは言わない。言わずとも伝わると分かっているからだろう。そしてトールもまた、彼女が単に見送りに来ただけではないことに気付いていた。近しいからこそ分かってしまったのだろう。トールが何をしに学園都市に行こうとしているのか。そしてその後、どうするつもりなのかも。

「寂しいか?」
「さあ? 会話する相手が減ってしまうのはつまらないけど」
「ほんっと、素直じゃねえなお前は」
「それが私だもの。だからね、いってらっしゃい」
「ああ、いってくる」
「さようなら、トール」
「   」

 旅立つ彼の幸福を願うには彼女は世界を知り過ぎていたから。形ある物の代わりに、ただその言葉を送る。


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