これは俺がキケンに入部してから暫く経った、とある日の話。多くの生徒が一日の授業を終えて帰路に着く頃、いつも通りあの快適空間でそれぞれ好きに過ごしていた。それは偶然にも、大神さんが飲み物を買いに出掛けた少し後に起こったのだった。
「直也居る?」
そう言って、入ってきたのは一人の女性だった。髪は肩より少し長いくらいでシンプルな服装ではあるが、可愛いという印象だった。どちらかと言うと、女性というよりも女の子という表現の方が合っているかもしれない。しかし、我がキケンにはやっていることがやっていることなので、当然ながら女子部員は居ない。では、この人は一体誰なんだろうか? 部員の知り合いか?
「あのー直也さんってどなたのことですか?」
「ん? 直也を知らないってことは無いと思うんだけど……あ、そっか、名前だと馴染み無いよね。上野よ、上野」
「そういえば、上野さんの名前って直也だったな」
「言われてみれば。誰も名前で呼ばないから忘れてたよ」
「僕達は今日はまだ上野さん見てないですけど」
「部室にも来てない、か」
他の奴らは彼女と普通に会話を進めていた。お前達ちょっと待てよ! その人上野さんのこと名前で呼んでたんだぞ? どんな関係か気にならないのか!?
「上野なら実験だって聞いたぞ」
「あ、大神くん。実験だったのは知ってる、問題はその後でさ。実験はとっくに終わってる筈なのに連絡付かないんだよね」
一人悶々としていると、飲み物とついでにお菓子を買ってきたらしい大神さんが戻ってきた。面識あるみたいだし、気さくに会話してるってことは2年生なのかな。とすると、学科の知り合いとかなんだろうか。
「携帯繋がらないなら俺も分からないな。それより、お前此処に来て良いのか?」
「連絡付かない直也が悪い。それに滅多に来ないんだし良いじゃない。君達新入生だよね?」
「はい、そうですけど」
「上の破天荒な行動にはもう慣れた?」
「破天荒なのは上野だけだ、俺まで一緒にするな」
今の会話からすると、彼女は此処に来てはいけないことになってるのか? しかもキケンの活動を知っているような口ぶりだし……元部員とか? それなら俺達は知らないけど、2回生の二人と面識があるのも分かる。でもどうして、上野さんは『直也』で大神さんは『大神くん』なんだ? もう、こうなったら――
「あの! 聞きたいことがあるんですけど」
「えーと、君は元山くんだっけ。何かな?」
「上野さんとは、どういう関係なんですか? 名前で呼んでるみたいだったんで、なんでかなぁと」
「お前がそんなこと気にするなんて珍しいな」
「や、だってあの上野さんですよ? ただでさえうちの大学で女性なんて希少種扱いなのに、それが上野さんの知り合いだなんて気になりますって」
他の一年も興味津々と言った感じで聞いている。てかお前達もやっぱり気になってたのかよ! 誰か先に言えよ!! もしかしなくても、貧乏くじ引かされたのか。
「直也とは何て言うかそう、腐れ縁ってやつかな」
「腐れ縁、ですか?」
それは切っても切れない仲とかそういう意味なんだろうか。それとも言葉通りで他意は無いのだろうか。すっぱり答えが出るかと思ったけど、意外に分からない。
「そいつは幼馴染だよ、お店の子。で、何でお前が此処に居んの。キケンには来るなって言ってるよな?」
直球で聞いた筈が何だか余計分からなくなっていると、部室の入口の方から単純明快な答えが返ってくる。声の主は渦中の人物、上野直也その人だった。
「やっと見付けた! 此処に居るのはアンタの携帯が繋がんなかったから。電池切れてるなら部室で充電しといてよ、どうせ此処に充電器くらい完備してあるでしょ?」
「は? 電池切れてなんかいな……あ、実験の時に切ってそのままだ」
「ちゃんと入れといてよ、連絡付かないから探し回ったじゃん」
「なんか用でもあった?」
「別に……用って程じゃなかったし、もうこんな時間だから帰るわ。新入生諸君、またね」
「あ、おい待てよ!」
探しているというから何か用事があるのだと思っていたが、そうではなかったらしい。せっかく上野さんに会えたというのにあっさり帰ってしまった。そして上野さんはと言うと、彼女が出て行った扉の方をじっと見ている。どうかしたんだろうか?
「上野。分かってんだろ?」
「言われなくても。大神、後任せた。俺、今日はこのまま帰るから」
「おう」
「じゃ、おつかれー」
少し前に来たばかりだったのに、上野さんは即座に靴を履き直して帰ってしまった。そして直ぐに廊下を走る足音が聞こえてきた。あれは、もしかして幼馴染さんを追い掛けに行ったのか? でも上野さんってそういうことするような人に見えないんだけど。
「大神さーん、結局のところさっきの人は上野さんの何なんですか?」
「知ってたとして、俺が言うと思うのか?」
「こんな面白そうなことをそのままにしておくような人ではないと思ってますよ」
「まぁな。別に口止めもされてないし」
「では正解をお願いします」
「幼馴染、兼、彼女」
理不尽だ! と叫んだキケン部員の声が、その日クラブハウス内に響き渡った。
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