軽快な音と共に、ここ数日で見慣れたアバターが画面に現れる。
狼を模したそのアバターは手紙を取り出した。
「メールか……」
同時に、OZのトップページとは別にメールの受信を知らせるウィンドウが開かれる。
表示されているのは『From 』という文字。
アバターで送信者が分かるおかげで、必要なメールとそうでない物の違いは一目で分かるのも、またOZの便利なところだ。
とは言っても、このアドレスは限られた相手にしか教えていないため、スパムメールが来たことはこれまでに一度も無いが。
何度かやり取りをした後に、彼女にもこのアドレスを教えた。
こちらだけいつまでも捨てアドを使っているのは悪いと思ったから。
何よりも、自分が彼女と――『』という存在とより親密な関係になりたいと思ったから。
「なんでなんだろう」
幾度となく自問自答を繰り返したが、未だに答えは出ない。
そもそも、答えなんてものは無いのかもしれない。
『知りたい』
ただその感情があるだけで、其処には契機も理由も無い。
感情に理性で対応しようとすることは無意味だ。
「まぁ、分からないこと考えてても仕方ないし」
彼女とメールをするのは楽しい。
今はそれで良いんじゃないかと思う。
From : theempireoflight@ymail.com
Date : 2009年9月10日
Sub : 昨日の試合
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こんばんは。
早速だけど、昨日の試合で気になったところをまとめてみたので、送らせて貰いました。
中盤で相手の攻撃が掠った時があったよね。
直前の攻撃を去なしたことによって重心が微妙に擦れてる所に、ガードが緩くなってる右側に撃ち込まれたから避け切れなかったんだと思う。
カズマくんって一度目の攻撃は避けずに受け止めるか去なした後にカウンターで攻撃することが多いから、連続攻撃の場合に対応が少し遅れる
ことがあるんだよね。大概は避け切れるんだけど、今回みたいに掠ることもあるし。
攻撃を避けた後のバランス調整からカウンターまでマクロコマンドに登録してあるんだろうけど、相手も研究してきてるから。
カウンターは効果的で相手へのダメージも大きいけど、これまでのスタイルとは違うコンボで意表を付いてみるのも有りかなと。
連続攻撃の場合と一撃だけの場合だと、相手の踏み込みと腕の振りが若干違うので、其処に注目して反応を変えるとか。どうかな?
前から気になっていたところでもあったので、急ぎ連絡してみました。
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メールの内容はほとんどがOMCの話で、その日の僕の試合のことだったり、別の人の試合だったりもする。
耳に入ってくる噂から、さんが考えていることは全てTELに書かれていると思っていたけれど、メールを通してその認識は間違いだったということが分かった。
細か過ぎることや、僕の不利になるようなことは意識的に書かないようにしていたらしい。
僕自身が気付いていることもあったけれど、中には思ってもみなかったことも指摘された。
曰く
『試合者と観客だと視点が違うから』
ということだった。
そうは言っても、同じ観客という立場で見ていても、気付いていない人の方が大半だろう。
TELの記事を一度だけ読んだ時にも『良く見てる』とは思っていたけれども、その程度で収まらない。
始めに抱いて疑いなんて、もう欠片も無い。
彼女はTELの管理人であり、試合を考察する上で確かな能力を持っていることを僕は確信していた。
その頃だったと思う、このアドレスを教えたのは。
そして、さんから聞かれるだけじゃなくて僕からも相談をするようになったのも。
名前で、呼ぶようになったのも。
「キング・カズマ」と呼ばれることが嫌いなわけじゃない。
その名は自分が積み重ねてきたものの体現であるし、証でもある。
けれども「キング」が装飾であることもまた事実であり、その座ではなく「カズマ」として自分を扱って欲しいと思うこともあった。
キング・カズマとして知った相手では、どうしてもキングというイメージが先行する。
だから、キングになる前から僕のことを知っている彼女にそれを望んだ。
単に「キング」という呼び方と敬語が堅苦しいと感じたというのも理由の一因ではある。
健二さんと夏希姉ちゃんの知り合いということは、恐らく高校生で僕より年上だろう。
そんな相手から敬語で話されるというのはどうにも居心地が悪い。
向こうはまさかキング・カズマが中学生だなんて思っていないのだろうけど、出来ることなら普通に話して貰いたかった。
そういったことを告げると、それならば自分のことも名前で呼んで欲しいと言われたのだった。
それ以来、僕は彼女のことをさん、彼女は僕をカズマくんと呼ぶようになった。
年上であると思われる相手を呼び捨てにすることは抵抗があったから「さん」と呼ぶことにしたけれども、それについては追求されなくて安心したのを覚えている。
例え僕が中学生であると知られたとしてもどうってことはないはずなのに、彼女に知られることに関しては不安を覚えている自分が居る。
人からどう見られるかを気にすることはあまり無い。むしろ、他人という存在を意識しない方だと思っている。
気にしているのは彼女だからだろうか?
尊敬していた相手が年下、しかも去年までは小学生だったことを知ったら彼女は失望するかもしれない。
そうなれば、彼女からのメールは来なくなるだろう。
さんとのメールは試合において役に立つ、だからメールが途切れるようなことにはなりたくないとは思う。
理由としては何もおかしいところはない。
それはそれとして、会ったこともない相手にこんなにも執着することが自分でも不思議で仕方ないのだ。
人からは淡泊な性格だと言われることが多いのに。
再び直面した答の出ない疑問に、思考を放棄するという形で終わりを付ける。
更に一度頭を振ってすっきりさせたところで、届いたメールへの返事を書くことにした。
昨日の自分の試合を振り返りながらメールを書き上げていく。
メールが来たその日に返事を出すなんてことは今までには無かったような気もしたけれど、きっと気のせいだと自分に言い聞かせながら。
(この疑問に答えの出る日は来るんだろうか)