陣内家が戦国時代の武田家の家臣であり、その時から代々続く武家の一族であること。 栄さんはその16代目当主であったこと。 佳主馬くんもまた、栄さんの曾孫であるということ。 今年の夏、栄さんの誕生日を祝う為に親戚一同が集まっていた時にラブマシーン事件が起きたこと。 小磯先輩がその時に、陣内家に来ていたということ。 ラブマシーンを作成した陣内侘介さんは栄さんの義理の息子であったということ。 栄さんが亡くなったのはラブマシーン事件が起きている最中であったこと。 キング・カズマとラブマシーンの果し合いはこの屋敷で行われていたこと。 作戦には、陣内家の人が協力をしてくれていたこと。 そして、ラブマシーンと夏希先輩の花札の戦いでは家族全員のアカウントが賭けられていたこと。
「もしかして、あらわしが落ちたのって……」
「そう、此処の裏山に落ちたの。本当は直撃する筈だったんだけど、健二くんが頑張ってくれてね。凄かったんだよ、健二くん。管理画面の2056桁の暗号を最後には暗算しちゃったんだから!」
「2056桁ですか!? 小磯先輩が数学得意なのは知ってましたけど、そんなことまでしてたなんて知らなかったです」
「あんまり公にはなってないからね。そういうことがあったから、健二くんはうちではもう、家族の一員なの」
「それで小磯先輩も、栄さんの四十九日に来てるんですね」
「うん。それで、ちゃんはどうして此処に? 栄おばあちゃんと知り合いだったの?」
陣内家の事情を一通り夏希から聞いたところで、今度はの番となった。 全てを話すならば、まず言わなくてはいけないことがある。 が此処に来る、直接の契機となった出来事。 それは奇しくも、ラブマシーン事件と切っても切り離せないことにあった。
「夏希先輩は、私がOZの社員だって言ったら、信じますか?」
「OZの社員!? ちゃんが? え、でも、高校生だよね?」
「社員と言っても、夏希先輩が想像しているのとは違うと思いますよ。デザインをしていたんです」
「デザイン?」
「絵が描くのが好きで、縁があって開発中だったOZのデザインチームに誘われたんです。色々あって2年前から休職してましたけど」
「そうだったんだ。ちゃんならきっと綺麗な絵を描くんだろうね。私も見てみたいな」
「絵じゃないけど、私がデザインしたものなら夏希先輩はもう見てますよ」
「え、何のこと?」
「吉祥のアイテム。あれデザインしたの私なんですよ」
「これを、ちゃんが!?」
そう言って、夏希は自分の携帯の画面――吉祥のアイテムを纏ったアバターを見た。 携帯用のミニアバターであるからアイテムも簡略化されているが、パソコンの画面で見る吉祥のアイテムは絢爛豪華な刺繍が施されている、一言では言い表せないほどに綺麗なものだった。 驚きと尊敬の念が混じった夏希の顔を、は嬉しそうに見ている。 自分がデザインしたものを喜んで貰えるのは、とても幸せなことだから。 夏希と初めて会った時にも尋ねたことではあるが色々な事情を聞いた後では、あの時以上の嬉しさがある。 「その時」という言葉を与えてくれた栄の曾孫である夏希にこのアイテムが渡ったのも、きっと偶然ではなく必然だったのだろう。
「休職する前に私が最後にデザインしたその吉祥のアイテムを見て、もう一度仕事をしようって決めたんです。けど、それには栄さんから貰った言葉が欠かせなかった。栄さんがあの時に電話をしてくれたからこそ、こうしてまた進む決心をすることが出来たんです」
「ちゃんにとっても、おばあちゃんは大切な人だったんだね」
「電話で一度だけ話しただけだから、夏希先輩や他の方に比べると全然って感じなのかもしれないですけど」
「誰かがどうこうじゃなくて、その人が大切だと思っていることが大事なんだよ。思いの強さは人と比べるものじゃないもの」
「そう言って貰えると、嬉しいです」
力強く言ってくれた夏希に対して笑顔で返すと、彼女もまた笑顔を返してくれる。 彼女のこうした明るさと優しさが、人を惹き付けるのだろう。 夏希のそういった部分はきっと栄から教えて貰ったのだと思う。 直接聞いたのではなく、その姿を見て覚えていったに違いない。 そう思うと、会ったこともない栄の姿が夏希に重なって見えた気がした。
漸く双方が事情を理解し、場は一段落したかのように見えた。 しかし、夏希が急に真剣な顔を作って、の方を向いたことで話は続行の態を見せる。 話すべきことは全て話したはずだが、まだ何かあっただろうか。
「それで、ちゃん」
「なんですか?」
「うちの事情も全部理解したところで、佳主馬くんに会う心の準備は出来た?」
「いえ、まだ。今回はもう会わずに帰ってしまおうかなと」
「駄目! だって佳主馬くんが住んでるの名古屋だよ!? 今回会わないともう会えないかもしれないし!」
「でも……」
「ちゃんは、おばあちゃんに会えなくて後悔してるんでしょう? だったら、もう後悔することが無いようにするべきじゃないの? 佳主馬くんだって、ちゃんにとっては大切な人なんでしょう?」
健二から聞いたのだろう、夏希はと佳主馬の関係を知っているらしかった。 だから、栄と同じくらい佳主馬もにとっては大切な存在であることを前提として話をしている。 直接会って御礼を言うことなんて出来ないと思っていた。 だから、チャットという手段を用いて彼に全てを伝えた。 けれどもこうして今は同じ場所に彼が居る。 夏希の言う通り、佳主馬が名古屋に住んでいるならば簡単に会うことは出来ないだろう。 もし、この機会を逃したら彼には一生会えない可能性もある。 そうなったら、絶対に後悔をするだろう。
「あの、夏希先輩……っ!」
「決まった?」
「私、佳主馬くんに会います。後悔したくないから」
「良かった! じゃあ、探しに行こっか。きっと健二くんと一緒に居ると思うから」
まだ少しだけ躊躇があったは、夏希に手を引かれる形で部屋を後にした。 まずは会話に出ていた納戸へと行くが、一時間も前のことなので既にそこには居なかった。 キッチン、リビング、ダイニングといった生活空間を主に見て回るが、彼達の姿は見当たらない。 屋敷の作りが分かっていないは、ひたすらに夏希について行くことしか出来なかった。 それにには、彼達が何処に居るのか全く想像も付かない。 屋敷中を歩き回る二人は相当目立っていたので何人かの親戚の人に不思議そうな顔で見られたが、適当に笑って誤魔化すしかなかった。
「おかしいな、これだけ探しても居ないとなると……あっそうか!」
「ちょ、夏希先輩! 待って下さい!!」
屋敷の中は全部探し終えたけれど、二人は見付からない。 納得がいかない顔で頭を捻っていたかと思うと、夏希は何かを閃いたのか再びの手を取って何処かへと向かい始めた。 どうやら外へと出るらしい。 そうして夏希に手を引かれるままに歩いて行った先にあったのは、庭の一画に建っている蔵だった。 縁側や中庭に面して居ないことから、此処は屋敷の中に居ては見えない区画になっている。 確かに屋敷中を探して居ないのならば、後は外ということになる。 どうやら夏希の勘が当たったらしく、蔵の外に立っている健二が見えた。 夏希は声を出さずに手招きして健二を呼ぶと、近くまで来たところで小声で話し掛ける。
「夏希先輩、何処に行ってたんですか?」
「ちょっと事情があって。健二くん、大声出さないでね」
「え、なんでですか?」
首を傾げる健二に対して夏希は建物の影に居たを無言で指し示す。 声を出すわけにもいかず、は一先ず目礼を返しておいた。 それを見た健二は危うく声を出しそうになったが、自分の両手で口を塞ぐことで何とか回避をする。
「どうしてちゃんが此処に居るんですか!?」
「ちゃんも栄おばあちゃんの知り合いだから。それよりも、今は重要なことがあるの」
「重要なこと?」
「佳主馬くんは中に居る?」
「居ますけど、なんで……あ、もしかして」
「そう。ちゃんを佳主馬くんに会わせてあげるの。だから健二くんも協力してね」
「協力って言っても、僕は何をすればいいんですか?」
「簡単よ、此処から居なくなってくれれば良いの。というわけでちゃん、私と健二くんは中に戻るから、後は頑張ってね」
急なことではあったが健二も事態を理解したのか、夏希に促されるままに屋敷へと戻って行く。 対するは、二人きりにさせられるなんて聞いていなかったから戸惑うばかりである。 引き止めようにも、此処で大きな声を出したら不審に思った佳主馬は直ぐにでも出てきてしまうだろう。 心細い気もするが、せっかく夏希が作ってくれた機会だ。 佳主馬と会うと決めたのは自分なのだからと、言い聞かせては心の準備をして待つことにした。
蔵の中で何をしているのかは分からず、どれくらいの時間が掛かるのかも分からなかった。 そういったことを聞いている暇もなく、健二は立ち去ってしまったからだ。 何分掛かろうとも待とう。はそんな風にさえ思っていたが、5分もしない内に蔵の扉は開かれることとなった。 中から現れたのは、一人の少年。 その彼はを見止めると、怪訝そうな顔をした。 本来ならば出てきた彼を待っているのは健二であるはずなのだから、そこに見知らぬ人物が居たとしたらその反応は当然のものだろう。
「佳主馬くん、だよね」
「そうだけど……誰?」
「こうして会うのは初めてだよね。だから、改めて挨拶させて貰うね。初めまして、です」
「さん……?」
自己紹介をしたを、佳主馬は驚いたように見返した。 此処で会うとは思っていなかった人物と遭遇したからか、暫く彼はこれが現実であることを確かめるかのように瞬きを繰り返していた。 そうして自身の中で納得が行ったのか、彼はの方へと近付いてきた。 二人の距離が1m程に縮まったところで佳主馬はその足を止める。 自然と、身長の低い佳主馬をが見下ろす形になった。
「栄おばあちゃんの四十九日に来たんだ」
「うん。上司に会いに行ったら、行って来いって言われたから」
「それで、復帰は決まったの?」
「直ぐってわけにはいかないけど、少ししたら戻ることになると思う。ありがとうね、佳主馬くん」
「別に、決めたのはさんでしょ」
「私が勝手に御礼を言いたいだけだから」
いつもと変わらない調子の会話。 ほんの少しだけ緊張をしていたは、そのやり取りの中で落ち着きが取り戻されていくのを感じた。 それは佳主馬も同じだったらしい、僅かであったが彼が小さく息を吐き出したのが分かった。
こうして直接会って良く分かる、佳主馬も自分と変わらない存在であるということが。 佐久間や健二に言われたのが、どういうことであったのかが。
「それより、キング・カズマがこんな子どもだったことには驚かないの?」
「佳主馬くんが中学生だって何となく気付いてたから」
「健二さんから聞いた?」
「ううん。去年と今年で佳主馬くんがOMCにログインしている時間って違うよね? 小学校と中学校だと学校が終わる時間が随分と違う。最初は仕事の合間なのかな、とも思ってた。でも、今年になってその時間が遅くなったから。私の学校が終わるのと同じくらいだったし、今年中学生になったのかなって」
「ふーん、そんなところからも分かるものなんだ」
「多分、私がカズマの試合は欠かさず見るようにしてたからだと思うけど」
「だからログインする時間の周期が分かったって?」
「うん、確信があったわけじゃないんだけどね」
カズマを追い掛けるようになって、まず最初にしたのは彼がOMCに居る時間帯を調べることだった。 その時間が去年までと今年で変化した。 急激とまではいかないが、今までよりは圧倒的に遅い時間帯。 そしてその時間は丁度中学校が終わる頃だった。 中学校と高校では時間に変化は無いが、小学校と中学校では随分と変わる。 思い返して見ると、自身の小学校の下校時間が去年までの彼のログイン時間と重なったから。 そこから何となく、彼は今年中学生になったのではないかと思っていた。
「僕に幻滅した?」
「なんで?」
「憧れてたキング・カズマが自分よりも年下で」
「関係ないよ。私は見掛けじゃなくて、その精神に惹かれたから」
「それって僕じゃなくてカズマに対してのように聞こえるんだけど」
「え!? いや、そうじゃなくて、何て言えば良いんだろう……年とか外見じゃなくて、私は『佳主馬』っていう人の在り様が好きだよ」
「……良くそんな恥ずかしいこと、普通に言えるね」
言いたいことが分かるようにとが必死に紡いだ言葉で、佳主馬は顔を背けてしまった。 心無しかその耳が赤く染まっているようにも見える。 思ったことをそのまま口に出しただけで、恥ずかしいこと言ったつもりはなかったのだが。 それをそのまま言うと、ますます佳主馬はこちらを向いてくれなくなってしまう気がしたので、素直に謝っておくことした。
「えーと、ごめんね?」
「謝らなくても良いけど。元はと言えば、僕が悪いんだし」
「あの、本当に私は佳主馬くんの年齢とか気にしてないからね?」
「それはもう分かったから」
「だったら良かったけど。それとね、佳主馬くん。今日はもう一つだけ伝えたいことがあったの」
「この間のとは、別に?」
「そう。もう一度進むことにしたから、カズマを追うことは出来なくなるってことは言ったよね?」
「聞いたよ。確かに、仕事始めたらその時間はないだろうね」
「ブログは、TELはずっと残しておくから。偶にでも、カズマの試合を見た時にはいつでも書けるようにしておきたいし。書いたらメール送るから、見てくれると嬉しいな」
デザインの仕事に戻る際に一番気掛かりだったのがこのことだった。 キング・カズマの試合を追い掛けることが出来なくなる。 佳主馬との繋がりが無くなってしまうような気がしていた。 だからその繋がりを残しておきたくて、TELはそのままにしておこうと決めていた。 今までのように全試合とはいかないけれど、見ることが出来た試合についてはこれからも書いていきたいから。
「直接メールで教えてくれないの? そもそもさ、さんは僕とこれからもメール続ける気は無いわけ?」
「続けても、良いの? 私、カズマの試合についてのコメント出来る回数減るんだよ?」
「試合の考察をして欲しかったからさんとメールしてたわけじゃないし。理由は、この間も言ったでしょ。それともさんは、僕とメールするのが嫌?」
「そんなことない! 佳主馬くんが構わないなら、私はこれからもメール続けたいし……」
「なら何の問題もないってことだよね」
そう言われては、頷くしかなかった。 どうやらまたネガティブになってしまっていたらしい。 佳主馬にとって自分はOMCの考察が出来るから必要な人間だったわけじゃない。 彼は『』という存在そのものを必要としてくれていた、そこにどんな能力があろうと関係が無かったのだ。
『知りたい』
その思いだけで彼はとメールをしていたと、この間も聞いたことだったのに。 ほんの数日前の出来事なのに、そのことを失念してしまっていた。 心配することなんて何もなかったのだ。 そんな佳主馬なら、いや、佳主馬だからこそ、きちんと伝えたい。 は佳主馬の眼をしっかりと見据えると、その想いを口にした。
「佳主馬くん、私これから頑張るから。今度は佳主馬くんに、私を見ていて欲しい。これまでの2年間を埋めることは直ぐには出来ないかもしれないけど、必ず、またデザインを採用して貰えるようになるから」
「それは、OZのデザイナーとしてのを見ていて欲しいってこと?」
「あれ、私……佳主馬くんにOZでデザインしてるって言ったっけ?」
「聞いてないけど、この間の話聞いたら誰でも分かるでしょ。あの時期に開発されてた世界規模のシステムなんてOZくらいだし」
「そっか、そうだよね。うん、デザイナーとしての私を見ていて。それで、いつかキングのチャンピオンベルトをデザイン出来るように頑張るから」
「なれるの、そこまで?」
「絶対になってみせる。だから、佳主馬くんもそれまでキングで居てよ?」
「余裕だよ、それくらい」
「約束、だからね」
が差し出した小指の意図するところを理解し、佳主馬は一瞬躊躇いを見せた。 けれども、が譲る気がないと分かり、諦めて自分の指を絡める。 指切りなんて中学生にもなってすることになるとは思っていなかった。 それも、初対面の年上の女性相手に。 意識すると繋いでいる小指が熱を持ったように感じてしまったから、佳主馬はそれを極力意識しないようにした。 約束を交わせたは満足そうにその指を解こうとする。
「待って。僕からも約束したいことがある」
「佳主馬くんから?」
「そう。僕が、いつかさんの身長を越したら言いたいことがあるから」
「それって約束なの?」
「似たようなものでしょ。覚えておいてよ」
そして再び佳主馬が指を絡めて、もう一つの約束を交わす。 指を解いて再び向かい合うと、どちらともなく二人は笑みを零した。
交わされた二つの約束。 いつ叶うとも知れないそれらの約束は、新たな目標として掲げられた。
今日初めて顔を合わせ、本当の意味で出会った二人には相応しいものだろう。
かつて逃げ出したまま停滞していた彼女の時間と
邂逅を果たした二人の関係
もう一度ここから、全てを始めよう
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邂逅を果たした二人の関係
もう一度ここから、全てを始めよう
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