有り得ない過去よりも

「バクラ」

笑顔でオレの名を呼ぶアイツのことを、初めは疎ましくすら思っていた。 自分が決して人当たりの良い性格でないのは自覚している。 だから、いつだって笑顔で話し掛けてくるアイツが理解出来なかった。 なんでアイツはいつも笑顔なのか、それを探る為に暇つぶしも兼ねて観察を始めた。 暇つぶしのつもりが、無意識に眼で追うようになるまで時間は掛からなかった。

そしてオレは気付きたくもなかったことに気付かされる。

この時代のオレは、この世界を破壊と滅亡の楽園に塗り替える為にある魂だけの存在。
誰かを大切だとか、愛しいだとか思う気持ちなんて、始めから持っちゃいなかったし、全て三千年前に捨ててきた筈だったんだ……。

「おーい、バクラ。急に黙っちゃってどうしたの?」
「別に、何でもねぇよ」

今、はオレの隣に居る。 こんな思い、再び捨てることだって出来た。 冷たくあしらって、無関心を装うことくらい造作も無い。
だが、オレはコイツに手を伸ばした。
闇の中で見出した光を見失いたくないと、愚かにも思ってしまったから。 最後には傷付けることになると知っていながら。 それでも傍に居て欲しいと願ったのは、紛れも無くオレのエゴだ。

「ただ……もっと前にお前と会っていたら、別の道があったかもしれねぇと思っただけだ」

そう、有りもしない下らない戯言。 三千年前に、オレが闇となる前に、と会っていたらなんて。

「そしたら、バクラはそんなに苦しんだりしなかった? 哀しそうな眼をしないで済んだかな?」

正面から真っ直ぐと眼を合わせて言われた。 直視することが出来ないその視線は、まるで眩い光のようで。

「オレは苦しんでも哀しんでもいないぜ」

そう言うとは顔を歪める。 そんな表情をさせたくは無い。 その時が来るまでは、幸せだと感じさせていたい。
このオレに、人の幸せを願う権利なんざ無いだろうが、せめて眼の前のこの少女だけは……。

「そっか。バクラが違うって言うのなら、違うのかもね。でも、自分じゃ分からなくても他者から見れば分かることだってあるんだよ」
「何が言いたいんだよ」
「うん、君の弱さは私が引き受けるよ、ってことかな?」
「ったく、意味分かんねぇ……」

しかも自分で言っておきながら、私も良く分かんないや、とかぬかしやがる。
どんな手を使ってでも、強くあれ、としてきたオレに弱さなんてあるわけがない。 あってはいけない。 今此処に、が居ること自体が、オレの弱さの表れなのかもしれないが。

今更……光に憧れるなんて、な。

「でもね、私は今、バクラと会えて良かったって思うよ」
「……なんでだよ」
「だって今が一番幸せだって思うから。バクラと一緒に過ごしている今この瞬間が。だから私は、これ以上の高望みはしないの」

それを望んだことで『今』すらも壊れてしまわないように。

本当に幸せそうに微笑みながら、そんなことを言うもんだから。 復讐も、三千年前からの因縁も、何もかもを捨てて、とずっと一緒に居るのも悪くねぇ、なんてことを思わず考えた。 それもまた、有りもしない戯言の一つではあるのだけど。


過去を嘆いても変わらない。
それなら今この時を。
例えいつか終わりが必ず訪れるものだとしても。

どうか、その時までは共に。


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