バクラから連絡が来ない。
遊戯や城之内くん達が参加した海馬コーポレーション主催のバトルシティ以降、連絡が途絶えた。
私は参加もしなかったし、杏子のように応援にも行かなかったから、バトルシティで何があったのかは分からない。
定期的に連絡を入れる約束をしていたわけではないから、心配する必要なんてないのだけど……。
こんなに長い間、声すら聞かないことなんて今まで無かったから。
そう、心配。
確かにそれもある。
それよりも、こんなにも気に掛かるのは、私が会いたいと思っているから……なのかもしれない。
バクラはあんな性格だから、会いたいなんて言っても煙たがられるだけだろうから言ったことは無いけど。
一日一回電話が欲しいとか、いつも傍に居て欲しいとか、そんな風に束縛するつもりはない。
それにしたくもない。
けど、偶には声を聞きたい時もあるし、抱き締めて貰いたい時もある。
少し前から握り締めている携帯に表示されている番号。
獏良くんとバクラは二心同体だから、バクラは当然携帯なんて持ってなくて、番号は獏良くんの家のものだ。
電話をしてもバクラは出るかは分からない、それに獏良くんを驚かせてしまうかもしれない。
友達だから電話をしたところでおかしくはないのだけど、そう思うと通話ボタンを押すのを躊躇ってしまう。
「はぁ…せめて声くらい聞きたいよ……」
無事だと分かれば、声を聞ければ、また暫く会えなくても我慢出来るから。
最後に会ったのは何時だったか、と考えていたら突然手の中の携帯が震えた。
「うわっ、何!?」
家でも外でも何時でも何処でもバイブレーターな私の携帯は止まる様子がなく、つまり着信を知らせていた。
「え……公衆電話?」
バクラからだろうか、何て淡い期待を一瞬抱いたけど、直ぐに打ち消す。
期待した分だけ、裏切られた時には哀しいから。
ここ数週間の間に嫌というほど学んだ。
「って、電話出なきゃ!」
携帯を見つめること数十秒、その間も携帯は振動を止めることの無かった電話に漸く出ることに思い至った。
「はい、もしもし。どちら様ですか?」
『出るのが遅ぇんだよ。もう少しで切るとこだったぜ』
「……バク…ラ……?」
耳を疑った。
聞こえてきたのは、ここ数週間ずっと聞きたいと思っていた声で。
『何だよ』
「本当に、本当にバクラなの?」
『てめぇ、まさか暫く聞かなかったくらいでオレ様の声を忘れちまったなんてことはねぇよなぁ?』
「忘れたわけじゃないけど……」
受話器越しに耳に届くその声が、バクラであることが信じられなくて。
無意識に強く携帯を握っていた。
「何……してたの、ずっと」
連絡もしないで。
『まぁ色々とな。何だ、心配でもしてくれたのかよ』
「うん、心配した」
からかうつもりで言ったのに、肯定の返事が返ってきてバクラが少し驚いた気配が伝わってきた。
『えらく素直じゃねぇか』
「まぁね。心境の変化ってやつかな?」
軽い調子で言ったつもりだったのに、何かを読み取ったのかバクラは黙ってしまう。
電話は繋がったまま、沈黙のみが伝わってくる。
『何かあったのかよ』
「別に。ただ……丁度声が聞きたいと思ってた所だったから、ナイスタイミングで電話が掛かってきて驚いただけだよ」
声さえ聞ければ、確かにさっきまではそう思っていたのに。
こうやって話していると、直接会いたいとか、どんどん欲求が出てくる。
『なら、オレの声聞いて満足したってことか』
「うん……」
まるで私が満足してないことなんて分かっているかのようだ。
彼に隠し事なんて出来ないのかもしれない。
でも、例え気付かれていたとしてもこれ以上言うわけにはいかない。
「バクラは何で電話してきたの?」
追求を逃れる為に、私は話を逸らすことにした。
『暫く連絡しなかったから、お前が寂しがってるんじゃねぇかと思ってな』
バクラが敢えて乗ってくれたのかどうかは分からないけど、話を逸らすことは成功した。
「それはわざわざどうも。悪いけど、間に合ってるから大丈夫だって!」
強がりだ。
そんなことは分かっているけど……。
ウザいとか、面倒だとか、思われたくないから。
あぁ、私は上手く笑えているだろうか。
『ふーん、お呼びじゃないってことかよ』
「そういうこと。明日も早いから、もう寝るから。じゃあね」
そう言って一方的に切ってしまった。
「またね」とは言わない。
考えないようにはしているけど、何時か会えなくなる日がくることを私は知っているから。
その言葉に、意味は無い。
「あーあ、何で切っちゃったんだろう。莫迦みたい……」
切るしかなかったんだ。
あれ以上話していたら、押さえ込んでいることが口をついて出てしまいそうだったから。
それとは別に、もう少し話していたかったという思いもやはりあって。
向こうは公衆電話だったから、こちらからもう一度掛けたところで通じないだろう。
次はいつ掛かってくるかも分からないのに。
あんな一方的に切らなければ良かった、と後悔しても、もう遅い。
ん……でも何で外からだったんだろうか?
バクラが体を使っているということは、獏良くんはもう寝ている筈。
家の電話でも良いのに……。
ピンポーン
取り留めの無いことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
時刻は23時、常識のある人間ならまず来ない時間だ。
危険人物だったりしたら嫌だし、誰だか先に確認しよう。
そう思って防犯スコープから訪問者を見た瞬間、ドアを開けていた。
「なんで……なんで居るの?」
「『丁度声が聞きたいと思ってた所だったから』なんて言うんじゃねぇよ」
そこに立っていたのは、さっきまで電話で話していた相手で。
ずっと会いたかった人。
姿を見るのはいつ振りだろう?
「ったく、泣きそうな声で嘘吐きやがって。バレバレなんだよ」
口調とは裏腹に、自分に向けられた瞳は普段と違う優しさを湛えていた。
思わず手を伸ばすが、それは空を掴んで止まる。
このまま抱え込んでいたものを吐き出してしまって良いのかと、寸前で躊躇してしまう。
会いたかった人が眼の前に居るにもかかわらず。
「寂しかったんならそう言え」
「でもっ……!!」
「」
呟かれた自分の名前には、バクラの思いが詰まっていた。
それが引き金となって、今まで私を躊躇わせていたものは瓦解し、伸ばした手はバクラの服を掴んだ。
今の私には服を掴むだけで精一杯で、その胸に縋ることなんて到底出来なかったから。
と思っていたら腕を強く引き寄せられ、気付いた時にはバクラの腕の中に居た。
暖かく、心地よくて、この上なく安心できるところ。
「声で十分なわけねぇだろうが」
微かに耳に届いた一言は、恐らくバクラの本音だったのだろう。
顔は見えないけれど、抱き締める腕の強さが全てを語っている。
「会いたかったんだったら素直に言えばいいのに、意地っ張り」
「はっ、正に誰かさんのことだなぁ」
私は意地を張っていたわけでは無いのだけど。
今はこの腕の暖かさに甘んじて黙っておくことにした。
「おい……」
「何、バクラ?」
「言っておくが、オレはてめぇのことを面倒だとか思ったことはねぇ」
「…………」
「そもそも面倒なら、このオレが傍に置いておくわけねぇだろうが。分かったかよ」
「うん」
やはりバクラには私が悩んでいたことなんてお見通しだったらしい。
はっきりと言葉にしてくれたわけではないけれど、彼が言いたいことは伝わったから。
素直ではない彼にしては今の言葉だけでも十分だ。
今度から躊躇うことはない。
寂しかったら言えば良いんだ。
その時は、相手もそう思っている時だから。
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