夏。
とにかく暑い季節だ。
今年は冷夏とだという話だけど、例年通り暑いことこの上ない。
暑い中を歩いて来た人々の為に、この時期は何処にでも冷房がかかっている。
喫茶店、ファミレス、デパート、電車等々。
そして、家もまた然り。
窓を開けていても、吹いてくるのは生温い風ばかり。
そんな日は冷房を入れるに限る。
のだが――
「……あちぃ」
「そこまで暑くないから」
先程から何度も繰り返される会話。
暗に冷房をつけろ、という主張をバクラはしているのだが受け入れられる気配は無い。
バクラの性格なら許可等取らずに勝手に冷房をつけるのだが、リモコンをに握られている為それは叶わないこと。
こうなると、最初ににリモコンを確保されたことが悔やまれる。
昼過ぎになり、そろそろ暑さも限界に達しようとしている、バクラの我慢も限界に達しようとしている――
「バクラが何と言おうと、エアコンはつけないから。私は暑くないし」
「てめぇ……首にまで汗かいといて、どこが暑くないんだよ!」
というか達した。
三千年前の身体ならまだしも、誰から見てもインドア派な獏良の身体では、この暑さには耐えられる筈もない。
経験は問題無いと告げているが、それに反して身体は暑くて堪らないと訴える。
半袖のシャツを腕まくりした所で、体感温度の変化は微々たるもの。
このままでは倒れる、それが現在のバクラが下した結論だった。
「こ、これは汗じゃないし! あれだ、水だよ、体内から出てきた水」
「それを世間では汗って言うんだ、この莫迦が!」
「うっわぁ……バクラから『世間』とかいう言葉が出てくる日がくるなんて」
「話を逸らすんじゃねぇっ!」
「落ち着きなよ、騒ぐと余計暑くなるよ?」
「誰のせいだ、誰の」
ああ言えばこう言う。
正にとバクラの会話はそれだった。
自らも暑いと感じつつもは頑として冷房をつけようとしない。
「おい、なんでそこまで嫌がる」
「いやいや、地球温暖化問題について声高に叫ばれている今、そうやって直ぐにエアコンをつけようとする方がおかしいって」
二酸化炭素の軽減は地球にとって死活問題なんだよ? と指を立てながら主張してくる。
その行動にまた腹が立って、その指を掴んで思いっきり逆に逸らしてやりたくなる。
そもそも、この攻防を始めて既に1時間近く経過している。
どう見ても『直ぐ』につけようとしているわけではないことは確かだった。
「オレ達だけが頑張っても意味ねぇだろうが」
「確かに息を止めて二酸化炭素減らそうとするのは無意味だと証明されてるけど、エアコンは別だよ」
「だからって、ここまで耐える必要ねぇだろ。設定温度高めにしてつけりゃいいじゃねぇか」
「バクラ」
不意に、今までの流れを断ち切るかのようにが真剣な顔になった。
その眼は逸らすことなく、真っ直ぐにバクラを見ている。
「……なんだよ」
「世の中には、私達のこの母なる大地を守る為に殺人まで犯した人だって居るんだよ」
「…………」
「そこまでする人だって居るんだから。犯人だけじゃない、殺されてしまった人達の為にも、私達も少しでも良いから地球温暖化の防止に励むべきだよ。だからその為には多少の暑さくらい我慢しないと」
「それは……」
「分かって、くれた?」
「てめぇがつい最近読んだ本の話だ! 二次元と三次元混合してんじゃねぇよ!!」
「っち、バレたか……」
本の内容を引き合いに出して、地球温暖化対策の重要性について主張したが、あっさりとバクラに見破られる。
二次元と三次元の混合を、自覚があって故意にやっているから性質が悪い。
今回に限っては、バクラが今更『殺人』程度で自分の主張を変えるわけもないから、気付かなくても大した問題では無かったが、こちらが全く知らなかった際には、区別がつかない。
場合によってはそのまま騙される可能性も十分にあるのだ。
「とにかく! エアコンはつけないから、絶対に!!」
「仕方ねぇなぁ……」
意志を曲げる気は無い、と改めて宣言する。
それを受けて、今まで窓際に座って微かな風を受けていたバクラが立ち上がる。
何をするのか、とが見ているとバクラは直ぐ眼の前に座り、そっと頬へと手を伸ばしてきた。
今までの流れから何故こんな展開になるのか全く理解出来ず、その動作をただぼうっと眺めていた。
そうしている内に手が頬に触れ、ゆっくりとバクラの顔が近付いてくる。
思わず反射的には眼をつぶって、次の瞬間来るであろう感触を待つ――が
ピッ
聞こえてきたのは電子的な音。
「おーやっぱ涼しいなぁ」
「え、ちょ、はぁ!?」
眼を開けると、隠し持っていた筈のリモコンをバクラが持っていた。
つまり、先程のはエアコンの電源が入った音で、着実に涼しい風が部屋へと送られていた。
「何してんの!?」
「窓閉めんの忘れてたな」
状況を把握出来ずに混乱しているに対し、バクラは開けっ放しになっていた窓を閉めに再び立ち上がる。
「そうじゃなくて!」
「なんだよ」
「止めて。今直ぐ即座に可及的速やかに光速で」
危機迫る勢いでが言う。
けれど、バクラは気のないそぶりで、リモコンを手の中で弄んでいる。
「断る」
「ごめん、本気と書いてマジと読む位に真剣なお願い。エアコンを止めて下さい、お願いします」
「なんでだよ、たかがエアコンじゃねぇか」
「だって……このままだと死んじゃうから」
いっそ土下座をしそうな勢いで頼む姿を見て、そこまでするか? という疑問を込めてバクラは聞く。
それに対して返ってきたのは、予想もしないものだった。
「はぁ?」
「だからっ、エアコンの寒さに耐えられないの!直ぐに死ぬほどお腹痛くなるし!! 冷房なんか2分も無理だし、28℃のドライでも5分もたないんだから!!」
「どんだけ寒がりだよ、お前」
「そのせいでこの時期、何処行くにしても上着は手放せないしさぁ……夏なのに長袖とか意味分かんないし、家でくらい半袖で居たいと思って何が悪い!」
エアコンを嫌う理由を切々と説明していると思ったら、仕舞いにはキレた。
言いたいことは分かる。
エアコンがにとって何より問題であることは良く分かった。だが――
「つけたり消したりすりゃ良いじゃねぇか」
「たかが5分の為につけるのは勿体ない。それに頻繁につけたり消したりしてる方が電力かかるし」
「じゃあ上着でも羽織りやがれ」
「嫌。なんで夏に、しかも自分の家でわざわざ長袖にならなきゃいけないわけ。いっそノンスリーブとか着たいくらいなのに。というわけで消すから」
説得は無理だと悟ったはリモコンを奪い返そうと飛び掛るが、そんな動きお見通しのバクラはあっさりとそれを避け、逆に背後からを捕える。
「は、なしてっ!」
暴れられても痛くも痒くもないバクラは、腕の中でじたばたともがくを見下ろして、意地悪く笑っている。
その顔にまた腹が立ったは「このうさみみめ……」と睨み付けるが、赤い顔でされても怖くも何ともない。
むしろ嗜虐心を煽るだけだ。
「オレ様にこうされるのが、嫌なのかよ?」
だから、嫌と言えないのを分かっていて、耳元で囁いてやる。
当然ながら、は何も言い返せず、ただ俯くことしか出来ない。
顔を隠したところで、髪から覗く耳が赤くなっているから、照れていることなんて分かりきっているが。
抵抗も止めて大人しくなってのを見て、バクラは先ほどとは異なる笑みを零す。
「とにかく、これで寒くねぇだろ」
人肌は温かいとは良く言ったもので、露出した肌が触れ合って、そこから熱が生じているようだ。
エアコンの寒さなんて気にならない位に、熱い。
「なんかバクラらしくない……」
「暑さで頭がやられたんじゃねぇの」
「じゃあ、そういうことにしといてあげる」
そう言って、はバクラの胸に寄り掛かって眼を閉じる。
エアコンの稼動音が聞こえるが、いつもと違って寒さは感じない。
感じられるのは暖かな温度と鼓動の音。
偶にはこんな日があっても良いかもしれない。
この季節だからこその、そんな過ごし方。
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