看病

「よぉ、生きてるか?」
「……バ、クラ」

自分の名を呼ぶ声は、思った以上に覇気の無いもので、思わず眉をしかめる。 それだけ弱っているというであり、同時に来て正解だったということだろう。

「風邪で寝込んだって聞いてなぁ、看病してくれる奴も居なくて一人寂しく過ごしてるだろてめぇを哀れに思ってオレ様がわざわざ来てやったってわけだ」
「鍵……閉まってたはず、なんだけど?」
「合鍵くらいあって当然だろ」
「風邪、治ったら、絶対渡して貰うから。あと……殴らせて」

鍵を閉めた筈なのにバクラが家の中に居ることに対して、当然の疑問をぶつけてくる。 答えは合鍵を持っていたからで、その合鍵は無断で作成したものだった。 遊び半分で作ったものではあったが、玄関まで来ることも辛いに違いないこんな状態では、合鍵を持っていたことはむしろ僥倖だったと言える。 万全の体調になったら報復するという言葉を適当に聞き流し、横になっているベットへと近付く。

「かなり高いな。薬飲んだのかよ?」
「ん……何も食べてないから飲んでない」
「そんなことだろうと思ったぜ。何か作ってくるから少し寝て待ってな」

汗で張り付いた前髪を掻き分けてやって触れた額は微熱を越える熱さだった。 冷たい手が心地良いのか、目をつぶりながらバクラの質問に答える。 熱がある状態で料理など出来るわけもなく、薬も飲んでないときた。 これでは風邪が治るわけもない。
勝手知ったる人の家、ということで一言断りを入れると台所へと向かった。

「まぁ、有り合わせでも作れるだろ」

冷蔵庫の中身を確認し、食材を取り出して調理に取り掛かる。



「おい、起きやがれ。出来たぞ」

1時間も経ってないが、部屋に戻ってみると微かな寝息が聞こえてきた。 短い時間であれ、眠ることで身体が回復しようとしているということか。

「おじや……?」
「見て分かんねぇのかよ」
「分かるけど、バクラが作れるとは、思ってなかった」
「良いからとっとと食べな」

このオレがわざわざ作ってやったというのに、失礼なことを言う。 宿主のせいで一般的な家庭料理から他国籍料理まで、今では一通りは作れる。 不本意窮まりないが。

「……あの、見られてると食べにくいんだけど」
「気にすんな」

おじやをれんげで掬って食べている様子をじっと見ていたら、文句を言われた。 それを一蹴すると、こちらを睨んでくる。 熱のせいで潤んだ眼で睨まれたところで怖くはない、むしろこちらを煽るだけだ。

「なんだ、食べさせて欲しいのかよ?」
「ばっ、違うし! 自分で食べれるから!!」

それに誘われるように、顔を近付けてれんげを持つ手を上から握る。 と、病人のくせに全力で振り切ってきた。 黙々とおかゆを食べ出したが、微かに顔が赤いのは熱のせいだけじゃないだろう。
腹は減っていたのか、おかゆは直ぐに完食された。

「まだ残ってるけど食うか?」
「んーもういい。寝る」
「待てよ、その前に薬飲め」

薬と水を差し出すと大人しく受け取る。 空になったグラスを受け取り、きちんと布団に入っていることを確認して立ち去ろうとした。 寝てるのを見ている、看病なんて柄じゃない。 そう思っての行動だったが、服が何かに引っ張られて足を止める。 振り返ると、シャツの裾が布団から伸びた手に掴まれていた。

「……何だよ。せっかく気ぃ使って出て行ってやろうとしてるってのに」
「………て」
「はぁ?」

掠れた声で小さく呟かれた言葉は聞き取れず、聞き返す。 離すまい、とシャツを掴む手が強くなった気がした。

「……寝るまで此処に居て」
「……あのなぁ」
「寝るまでで良いから、お願い」

恐らくこいつは何も考えてないんだろう。 熱で赤く染まった頬とか、潤んだ眼とか、そういったものが生み出す破壊力を知らないに違いない。 だからそんな莫迦げたことが言える。 だが、それを断ることも出来ない自分もまた莫迦なのかもしれない。

「ったく、しゃあねぇなぁ…此処に居れば良いんだろ」
「ありがと」

机から椅子を引っ張ってきて、ベッドの傍に座る。 それを見て嬉しそうに微笑まれたら、文句も出てきやしない。 伸びた手が、今度は右手を掴んだが、風邪が引き起こした気紛れだとして流すことにした。

「別に……心配しなくとも、眼が覚めた時にも居るっての」


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