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朝起きて仕事に出掛ける、そして夜に帰って来て寝る。そんな日々と同じように、私にとってはこれが普通の生活。 だから、今更どう言われた所で何が変わるわけでもないし、他の生き方があるとも思えなかった。

「と言うのは何度も説明したと思うんですけど、なんで今日も居るんですか」
「君の事情は十分に理解してるつもりだけど、俺は君に賭け決闘なんて辞めて欲しいからだよ」
「はぁ……話の通じない人ですね。私は関わらないで下さいって言ってるんです、風馬さん」

いつの頃からか、帰り道に現れるようになったセキュリティの人間。 最初は逮捕でもされるのかと思っていた。けれども第一声は「賭け決闘なんて君みたいな女の子がするものじゃないよ」という思ってもみないものだった。 説教なんてされる筋合いは無いとその時は無視をして帰ったのだが、翌日も彼は当たり前のような顔をして同じ場所で待っていたのだ。 それ以来、三日に一度はこうして帰りに顔を合わせるようになった。 私くらいの年齢で、賭け決闘をやっている人間なんて他にもいくらでも居る。それなのに何故私だけこんなことになっているのか、誰か教えて欲しいくらいだ。 セキュリティが新たに始めた取締の一貫かとも思ったけれど、どうやらそうではないらしい。 だって彼は――

「そう言われても、仕事柄こんな所に女の子が出入りしてるのを見過ごせないな」
「チェイサーズにまでなってる優秀な風馬さんが賭け決闘なんてみみっちい案件を扱うことは無いでしょう。管轄外のことに首を突っ込んで良いんですか」
「心配してくれるのか?大丈夫、公務として動いてるわけじゃないからさ」
「はぁ、そういう問題じゃないです」

そんな彼の発言に思わず溜息を吐いてしまう。 セキュリティの人間というのは、こんなに気軽に会話の出来る相手では無かった筈だ。それなのに、彼は威圧的な雰囲気を放つこともなく、私を見下しているわけでもなくて。 どうにも調子が狂わされて仕方がない。 これまで何度か顔を合わせてきて彼の思いは良く分かった。 彼は私の境遇に同情をしているわけでもなく、ただひたすらに気に掛けてくれている、正に善意の塊なのだ。それを分かっていても、これ以外の生き方を知らない私はその気遣いを受け入れることは有り得ない。 だからこそ、いつまでもこの人に私の為なんかに時間を取らせているのも悪い。そろそろはっきりと言うべきなのだと思っていた。

「あのですね、風馬さん」
「ん、なんだ?」
「少しだけ真面目な話をします。私これでも、風馬さんの気持ちは有り難いと思ってるんです。今まで私のことを気に掛けてくれる人なんて居なかったから」
「それなら、どうして俺の意見は聞き入れて貰えないのかな」
「これが生きていく為の唯一の方法だからです。保護者も後見人も居ない未成年を雇ってくれる所なんて、シティには無いですから。生きていくには、お金が必要なんです」
「またこの間のように危険な目に合うとしてもか」
「危険は承知の上です。その為に、逃げ足は多少なりとも鍛えてますし」
「君は……何も分かってないな」

低い声で呟かれたその言葉が耳に届いた時には、私は近くにあった壁と風馬さんの間に挟まれて両手を押さえ付けられていた。 手を振りほどこうともがいたが、びくともしなかった。

「分かるだろ、男と女じゃ力が圧倒的に違う。こうやって捕まえられたら、君に勝ち目なんかない」
「だから、捕まらないように逃げるんじゃないですか!」
「いくら足が速くても、数で責められたらどうしようもないだろ。捕まったら、取られるのは金だけじゃないんだぜ?君は女なんだから」

耳元で囁かれた声に背筋がぞくりとした。 そして先程までとは全く雰囲気の違う風馬さんは「男」で、どんなに抵抗したところで無力な自分は「女」なのだと思い知らされる。 風馬さんは身を持ってそれを私に分からせようとしてくれたのだろう。いつかは、本当にこういう目に合うのかもしれない。 でも――

「それでもまだ、賭け決闘を続けるって言うかい?」
「それならっ……他にどんな生き方があるって言うんですか!?誰も何も教えてくれなかったし、助けてくれなかった! だから私は、こうやって生きてくしかなかったのに!!」
「俺の所に来れば良い」
「え……?」

返された言葉の意味が分からなくて、思わずその顔を見返すと彼はとても優しい眼をしていた。 気付いたら、押さえ付けられていた両手は解放されていたが、距離はそのままに風馬さんは私に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「セキュリティだからこれでもお金はあるし、君一人を養うくらいなら問題無いよ。それが嫌だって言うなら、仕事を紹介することも出来る。だから、賭け決闘なんて辞めて俺の所に来なよ」

彼の顔を見れば、それが冗談なんかではないことは直ぐに分かった。 けれども、あまりにも唐突な上に思ってもみなかった話で、どうして風馬さんが私にそこまでしてくれるのかも分からなかったから。 つい、いつものように憎まれ口を返してしまった。

「……なんかプロポーズみたいなんですけど」
「そうとってくれても俺は構わないけど?」
「ば、莫迦なこと言わないで下さい! そういうことは好きな人に」
「だから君に言ってるんだろ。あれ、もしかして気付いてない?」
「……何をですか」
「俺は君が好きだよ。好きな子相手じゃなきゃ、俺だってここまでしないさ」
「そんなの聞いてないです!!」
「うん。だって言ってないからな」

何の悪びれもなくしれっと言い切られては、言い返す言葉も出て来ない。むしろ、気付かなかった私が悪いような気さえしてくる。 告白というのはもっと雰囲気を大事にするものじゃなかったかとか、顔が近いとか文句は色々あった。 それでも、これから言おうとしていることは、きっとこの人なら信じても良いと思う自分が居たからだろう。

「……さっきの話、受けてあげても良いですよ」
「プロポーズ?」
「違います! 風馬さんのところで仕事紹介して貰う話です!! わざとやってますよね!?」
「はは、ごめん。反応が可愛いから、つい」
「私、そういうこと言う人は嫌いです」
「なら今度から気を付けるよ」

返事と共に向けられたその笑顔に、あぁ自分は一生この人に敵いそうに無いなと思ってしまった。 彼から逸らすようにした顔が赤く染まっていることなんて、彼はお見通しなのだと分かってしまったから。


【……なんかプロポーズみたいなんだけど】

(……もう一つの話も、恋人からなら、考えないことも無い、です)
(それは光栄だな)


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