キスの格言

手の上なら忠誠、額の上なら友情、頬の上なら厚意、唇なら愛情
瞼の上なら憧憬、掌の上なら懇願、手首なら欲望

さてそのほかは、みな狂気の沙汰。






【闇遊戯】

どうしてこんなことになったんでしょうか? 確か私は城之内に誘われ、一緒に放課後遊戯の家に決闘をしに来て、城之内がバイトだからって途中で帰ったから遊戯と決闘をしていた筈だったんだけど……。 目の前に居るのは王様で。 思考の海に沈み込んでいる私の顔を、名前を呼びながら覗き込んできたのは間違うことなく王様で。

「なんで王様?」
「オレじゃ不満か?」
「不満じゃないけど……」

むしろ決闘するなら、王様のが今はまだ強いし……って、そうじゃなくて。

「いつの間に王様になったの?」
「いつだって構わないだろ」
「いや、構うよ」

だって遊戯と決闘してる最中だったのに。 というか……

「なんで王様は私の手を触ってんの?」
「ドローする手つきが綺麗だったから、つい、な!」
「つい、で済まさないで下さい」

悪びれる気0ですか。 しかもさり気なく発言が危ないと思うのは私だけですか。

「それで、いつまで触ってるつもり?」
「さっきから質問ばっかだぜ」
「そうさせてるのは誰」
「……誰だ?」
「王様だよっ!!」

素で言ってるから怒るに怒れない。 純粋なのは良いことだが、純粋過ぎるのも考えものだと思う今日この頃。 こっちが君の未来を愁いている間に好き勝手に人の手をいじってるし。 何がやりたいんだ。

「そろそろ本当に離して欲しいんだけど」
「そんなに嫌か?」
「嫌とかじゃなくて、異性の手に触れるなんて小学校のサマーキャンプ以来してないもんだから、何かこそばゆい……」
「そうか、良く分かったぜ!」
「今の会話の中で、何が分かるっていうの」

ぜひとも20文字以内で簡潔に説明して欲しい。

「オレに触られるのは嫌じゃないってことだな」

うん、その通りではあるんだけどね。 今は切実に一刻も早く離して欲しいんだけどな。

「まぁ、今日はここまでにしておくか」

そんな私の心情が伝わったのか、王様はそう言ってくれた。 今日「は」の辺りが気になるけど、今は気にしないことにしておく。 しかし離してくれるかと思った王様は、私の手を握り直した。

「えと…」

離してくれるんじゃなかったんですか? そういう意図を込めて王様を見ていると不意に笑顔を浮かべて、

「姫を守るのは騎士の役目だろ」

言うや否や、王様は私の手の甲に口付けた。

「続きはまた今度な」

私が無言なのを良いことに一方的に言いたいことだけ言って、気付けば王様は遊戯と交代していた。 …………。 いや、おかしいでしょ、今の展開。 唐突過ぎやしませんか? それに……君は騎士じゃなくて、王様だろうっ!?

「どうかしたの? 顔、真っ赤だけど」

百面相している私に対し、遊戯が不思議そうに聞いてきた。

「遊戯……次会った時、君の相棒一発殴っていいかな?」
「え……?」


【手の上へのキスは忠誠】

(っていうか王様が忠誠を誓ってどうする!? 逆でしょ、普通!!)
(もう一人のボク…何したんだろう…)






【獏良】

「えーと、獏良さん?」
「…………」

うわーい、シカトされたっ!!

「了……」
「……なに」
「お、怒ってる、よね?」
「ふーん、どうして僕が怒ってると思うの?」
「それは、私が、了のシュークリームを食べた、から」
「…………」

無言っ!? 違うのっ!? 了の好物のシュークリームが原因じゃないとしたら、なんだろう? 目の前のしっかりと閉じられた扉の向こうに居るであろう、幼馴染の思考を読もうと試みる。 が、3秒で諦めた。 了の思考なんてごく普通の一般人である私に理解出来る筈がない。 他に何かないか全力で自分の行動の全てを振り返るんだ。 頑張れ、自分!! 了の機嫌直さないと、私に明日はないんだからっ!! あっ、もしかして……。

「私が了よりバクラを優先したから……とか?」

ガタッ。 了は相変わらずの無言だが、反応したらしい音がした。 ビンゴ……かな?

「えと、了? 別に、バクラを優先したつもりはなくてね、前に約束をしてたからで。でも、確かに了にしてみたら、いきなり『バクラに代わって』なんて気分の良いことじゃなかったよね、ごめん」

約束だったとはいえ、私が無神経だった。 バクラは居候であって、あくまでその体は了のものなのに。

「謝っても許さないよ」

マジかっ!? うわ、どうしよう、えーと、えーと

「了の大好きな店の限定シュークリーム買ってくるから!」
「駄目」

駄目出しきたっ!!

「10個買ってくるから、本当勘弁して下さい」
「……駄目」

これでも駄目か。 間があったってことはちょっとは揺らいだ? でもこれ以上は私の財布が悲鳴を上げるんだけど……

「和菓子」
「ん? 何」
「和菓子作ってきて」
「私が作ったので良いの?」

限定シュークリームよりも私が作る和菓子の方が良いとは。 こっちとしは安上がりだから嬉しいけど。

「じゃあ、今度桜もち作ってくるね! というわけで扉を開けてくれると嬉しいな」

私の明日が保証されたところで、1時間振りに君の顔が見たいよ。 ドカッ、ゴツ。 と思ったら、勢い良く開いた扉が額に直撃した。

「いったぁ~~」
「なんで開くと分かってる扉の前に立ってるのかな」

正論過ぎて反論出来ません。

「そういうとこ、ホント抜けてるよね」
「自分でもそう思う」

もう少し注意力が欲しいよ。

「ほら、ぶつけたとこ見せて」

その言葉に大人しく従って抑えていた手を離し、了の方を向く。 さらりと額に掛かる前髪を掻きあげられた。

「赤くなってる?」
「んー少しだけ」
「腫れたらやだな。なんか冷やすもの貸してよ」
「うん、ちょっと待ってて。と、その前に……」

額に何か柔らかいものが触れた。

「了……今、何した?」
「でこちゅーかなv」
「恥ずかし気もなく口にするなっ!! 幼馴染でもやっていいことと悪いことがあるんだよ!?」
「えぇ~いいじゃない、別に。それに、僕を怒らせたんだから、これ位はさせてもらわなきゃ」
「うっ……」

そこを突かれると痛い。

「今ので痛みひいたかもしれないけど、一応冷やすもの取ってくるね」
「ひくかっ!!」


【額の上へのキスは友情】

(ねぇ、僕やっぱり桜もちじゃなくて柏もちがいいな)
(どっちも作れから良いよ。ただし、みそは大変だからこし餡ね)






【遊戯】

「今日は手伝ってくれてありがとう」
「いやいや、お礼を言われるようなことはしてないよ」
「でも、ボクは凄く助かったから」
「そう? お役に立てたなら良かったかな」

既に夕焼けすらも消えかかっているような時間、私は遊戯と二人で帰っている。 いつもなら一緒に帰っている、杏子や城之内、本田は居ない。

「学年全員分のプリントの製本なんて、一人じゃ絶対終わらなかったから」

職員室にノートを持っていったら、運悪く担任に捕まってしまったらしい。 担任も、遊戯と愉快な仲間達が手伝うだろうと考えてのことだったんだろうけど

「こういう時に限って皆用事があるし、タイミング悪いなぁ……」

そう、杏子と城之内はバイト、本田はお姉さんからの頼まれ事があって、 御伽はお父さんが居るから直ぐに帰らなくちゃいけなくて、了は気付いたら居なかった。 斯く言う私も帰ろうとしていたのだが、

「下駄箱で遭遇した杏子に頼まれちゃったからね」

『お願い、遊戯手伝ってあげて!!』なんて必死に頼まれたら断れないって。 今日は用事無くて、帰るだけだったから、断る理由も無かったし。

「ごめん、迷惑だったよね。杏子強引だからさ」

遊戯が苦笑しながら、謝ってきたので驚いた。

「え!? 全然迷惑じゃなかったよ。友達手伝うのは当たり前でしょ」

製本なんて言っても、プリントを3枚ずつ束ねてホチキスで止めるだけだったし。 単純作業とは概して楽なものだ。

「ありがとう」

遊戯が笑顔でそう言った。 この笑顔が見れただけでも、十分手伝った甲斐はあったと思う!! うん、やっぱり遊戯は癒される。 そうこうしている内に、いつも別れる通りに着いた。

「じゃあ、私はこっちだから」
「送っていこうか?」
「んーまだ明るいから大丈夫でしょ」

それに私の家はわりと人通りの多い所にある。

「それじゃあ……」
「あ、ちょっと待って」

また明日、と言って去ろうとした私を遊戯が引き止めた。

「なに?」
「今日のお礼。ちょっとしゃがんでくれる?」

お礼なんて別に良いのになぁ、と思いながらも言われたとおりしゃがむと、少し腕を引っ張られた。

「うわっと」

バランスを崩しかけていると、一瞬頬に何かが触れる。 腕を離されたところで、元の体勢に戻って冷静に考ようとする。 正面には遊戯。 そのまま暫し無言で向き合う。

「遊戯、TPOは弁えるべきだと私は思う」

先に口を開いたのは私だった。

「それはTPOを弁えたらいつでもして良いってこと?」
「いや、違うから」
「そっか。今度からは気を付けるね」
「だから違うって」
「それじゃあ、また明日学校で」

バイバイと手を振ってくるものだから、思わず振り返したけど。

「って振り返してる場合じゃないし!!」

何か話がおかしな方向に進んでいたような……。

「遊戯、侮りがたいな」


【頬う上へのキスは厚意】

(しかし、私がしゃがんで更に背伸びしないと届かないんだ。やっぱり可愛いなぁ遊戯)
(あれ、でもこのことバレたら、私杏子に殺されかねない……のか?)






【モクバ】

初めてだったんだ。 オレのことを「子供」として扱わなかった人は。

「やっほー。暇だから遊びに来たよ」
「邪魔だ帰れ即刻つまみ出せ」

如何にも学校帰りといった感じで突然遊びに来るのは前から良くあることで。 そしてもはや慣れ切った兄サマが、視線すら向けずに切り捨てる。 これがいつもの光景。

「瀬人は相変わらず冷たいなぁ、モクバを見習いなさい!ねっ、モクバ」

そう言ってこちらに話し掛けてくるのもいつものこと。

「兄サマは忙しいから仕方ないんだぜぃ」
「でも少しくらい遊んでくれても良いと思わない?」
「四六時中暇な貴様と一緒にするな」
「何をっ! 私だって学校行ったり、デッキ組んだり、寝たりで忙しいんだよ!?」

前半2つは良いとして、寝るのに忙しいってどうなんだろう。

「そうか、そんなに忙しいならとっとと帰るが良い。誰も止めん」
「モクバぁ、瀬人がいじめるよー」

兄サマが本当に邪魔だと思ってるなら実力行使で追い出している。 それを分かった上で毎度連絡も無しに来てるんだろうけど。

「ほら、向こうで兄サマが終わるまで待とうよ。またゲームでもしようぜ!」
「分かった、モクバと遊ぶ、モクバで遊ぶ……」

兄サマが実力行使をしないのはオレがこうやって連れ出すのを分かっているから。 このパターンが崩れたことはないから、言葉に表さないけど、3人の間に一種の意思疎通が成されているのかもしれない。

「じゃあね、兄サマ。またあとで」

自慢の兄へと手を振って部屋から出る。 兄サマは顔を上げて部屋から出るオレをちゃんと見送ってくれた。


「全く瀬人は可愛げが無いよね」
「男に可愛げはいらないと思う」
「えーでもモクバは……」
「可愛いって言われても嬉しくないからなっ!」

先手を打って「可愛い」と言われるのを防ぐ。 男が可愛いなんて言われて嬉しいわけがない。 目の前ではむはむとお菓子を食べてる人の方がよっぽど可愛……ってオレ何考えてるんだよ!!

「それでっ、今日は何するんだ?」

内心の動揺を隠すように、次の話題を振る。

「んーそうだね、久々にカプモンやろっか」
「へへっ、カプモンチャンピオンのオレに挑むこと後悔するなよな!」
「勿論、モクバ相手でも手加減しないよ」

その後、結局カプモンを10連戦した。 勝敗は5勝5敗で引き分け。 兄サマや遊戯には及ばないにしても、相当ゲームの才能がある。

「そんな才能があっても、これじゃ駄目だろうけど……」

視線の先には、ソファの上で寝ている丸っこい物体がある。 確認の呼び出しがあったから行き、戻ってきたら既にこの状態だった。

「会社にまで乗り込んで来たのに、寝るって普通しないだろ?」

しかもこの短時間で。

「起きろー、兄サマ仕事一段落着いたぜぃ?」
「んー……」

少し伸びをしたから、目を覚ましたのか、とその顔を覗き込むが。

「うぬ……」

間の抜けた声と共に更に寝る体勢になる。

「起きないし」

諦めてすやすやと眠るその横に座り込んで顔を眺める。

「危機感ってものが足りないぜ……」

自分が居るにも関わらず、全く気にも留めず寝るのは、恐らく異性として意識されてないから。

「あくまで『友達』だからな」

分かっていても悔しいものがある。 たかが5歳、されど5歳。

「あと5年したら絶対追い抜いてやる」

年の差は縮めようが無いけど、身長ならば追い抜く日もそう遠くは無い筈。

「だから……今はこれだけにしておくぜぃ」

そう呟いて、静かに寝息を立てて開かれる気配の無い瞼へと顔を寄せた。


【瞼の上へのキスは憧憬】

(あのね、紙飛行機が背中に直撃してっ……!!)
(何の夢見てたんだよ)






【マリク】

現在のこの状況、略して現状をどう説明すれば良いだろうか。 まず、「略して現状」とか言ってる時点でかなり混乱してることは伝わる筈だ。
此処は某総帥様の部屋で。 此処は偽名使うエジプト人の部屋で。 つまるところ此処はマリクの部屋で。 私はというと、部屋の中に立っているのだが、何故か背後からマリクに抱き締められているわけで。

「…………」

ちなみにこの状態になってから彼是15分経つが、その間マリクは終始無言。 そもそもなんで私がこんなところに来たかというと、呼ばれたからだ。 誰に? そりゃあ勿論、マリクの側近のハ……いや、あのリシドにだよ。 話があるらしいと、王様とバクラの決闘が終わった後に呼ばれたんだけど、一向に話しが始まる気配は無い。 私にどうしろと? 断っておくけど、私は異性から過剰なスキンシップに平然としていられるような人間ではない。 外国で暮らしたことも無いし、行ったことも無いから。 といっても同性へのスキンシップに抵抗は無い、それと異性でも一部の例外はある。 勿論マリクはその「例外」とやらには含まれないことも述べておく。

当然の流れとして、私はこの背後から回される腕を振り払うことも出来る。 幾ら相手が180cmのエジプト男子だとしても、多少の工夫をすればその位は可能だったりする。 にも関わらず、なんで私がこの腕を振り払えないかと言うと。 まるで縋るように抱き着かれたから。 一人ぼっちにされていた幼い子供が漸く会えた親にするかのように。 何か恐れを与えるものから逃れるように。 そんな相手を無理やり引き剥がせる程、私の心は冷たくは無かったみたいだ。 だから大人しくこの状態に甘んじているわけなのだけど。 そろそろ20分が経過しようとしている。 良い加減何か一言位発してくれないかな?

「……れ」

おぉ、タイミング良く遂に喋ってくれた!

「何、マリク?」

話してくれたは良いけど、小さ過ぎて聞き取れなかったので問い返す。

「嫌わないで……くれ」

その瞬間、体に回された腕に力が籠もった気がした。

「忘れても良いから」

ボクという存在を。
直前まできつく抱き締められていたのに、不意に解放される。 振り向いて、マリクが今どんな顔をしているか確認することは出来なかった。 見てはいけない気がして、彼が見て欲しくないと思っている気がして。 このまま立ち去るべきかどうか悩んでいると、腕を掴まれる。 掴まれた腕は引き上げられ、掌に柔らかい感触。

「……お願いだ」

その一言を最後に腕も解放され、背中を軽く押された。 もう帰っても良い、ということだろう。 最後まで後ろを振り向かず、私は部屋を出た。

忘れても良いけど、嫌わないで欲しい。

矛盾した言葉。 遊戯達の友達である以上、私がマリクを嫌わないでいる可能性はかなり低い。 それを分かった上で、彼は私にそれを告げた。
其処に込めた想いは何であったのか。


【掌の上へのキスは懇願】

(彼は予感していたのかもしれない、この後に起きることを)
(自分は闇に抗わず消える道を選ぶこと)






【闇マリク】

組み伏せられたこの状況においても、表情を変えようともしないこの女が気に食わない。 抵抗するでもなく、諦めるでもなく、ただそこに居る。

「貴様、状況が分かってるのかぁ?」
「分かってるけど、だから何?」

平然と返してきた。 全く以って理解に苦しむ。 泣き叫んで『助けて』とでも言うかと思っていたのに。 嫌がる人間に無理矢理するのが俺の嗜好だ。 無抵抗の人間に何かをしたところで面白くはない。 それに、例え何をしようとも眼の前の女は揺るがない。 何故か確信があった。

「つまらないねぇ」

女を解放する。 まるで分かっていたかのように、女は起き上がる。

「君を悦ばせる義理は無いからね、つまらなくて大いに結構」

そう言いながら手首を擦っている。 先程まで片手で拘束していた其処は赤く充血していた。 白い肌に浮かぶ赤。 それを見た時に

うまそうだ。

そう思った。 自らが求めるがままに女の手を掴む。

「まだ何か用?」

その声を聞きながら、手首に噛み付いた。 手加減など知らない。 強く、血が出る程に歯を立てた。

「……痛いんだけど」
「思っていたよりうまくはないなぁ」

今こうしている間にも滲み出ている赤は、とてもうまそうなのに。 こちらを睥睨してはいるが、相変わらず女は抵抗しようとしない。 それを良いことに、再度手首に口を近付ける。 そして今度は噛むのではなく、その血を舐め取った。

「っ!」
「ああ……これはうまいな」

もっと欲しい。
そんな欲求が生まれた。

「……貴様を食べたい」
「カニバリズム? 人肉は塩分濃度が高いから摂取には向かないよ。かのレクター博士並の調理技術を持っているなら別だけど」

レクターが誰かは知らないが、そいつもこんな気持ちだったんだろうか。 だが、揺るがないと思ったこの女が唯一揺らいだ。 理由なんぞ、それだけで十分だ。


【手首へのキスは欲望】

(俺は全てを壊したい)
(血を求め続ければ、この女も壊せるだろうか)






【バクラ】

「ちょ……んっ…!」

始めは触れるだけの、軽いものだった。 それが徐々に深いものになり、角度を変えて重ね合う。 その存在を確かめるように、何度も繰り返して。

「っ、はっ…も、むり……」

呼吸が苦しくなったのか、どんどんと胸を叩かれる。 仕方なく一度開放してやると、荒い息を吐きながらこちらを睨み付けていた。

「いき、なり、何すんのさ……バクラっ!」
「別に、理由なんざねぇよ」

強いて言うなら、『したくなったから』だ。 そう、隣に座る彼女を見ていたら、不意にそんな衝動に駆られた。 だからその衝動に身を任せてみただけだ。

「はぁ!? 意味分かんな……っ」

続く言葉を遮って、再び唇を重ねる。 今度は一瞬押し付けた後、直ぐに離す。

「だからさぁ……っ」

まだ何か言いたげな視線を無視して、今度は頬へとキスをする。 そして、前髪を掻き分けて額に、瞼に。

「バクラってば!」

そうしている間にも、批難の声は続いている。 が、その声には構わず今度は手をとって、指先へとキスをする。 掌に、手の甲に、腕に。 そうやって、思い付く限りの場所へとキスをする。

「……ねぇ、どうしたの?」

漸く顔を上げた時には、掛けられる声は、疑問を呈するものへと変わっていた。

「オレは……」

何か言おうと口を開いたが、何を言えば良いのか分からず、結局そのまま口を噤む。 思考がまとまらない。 『どうしたのか』なんてこっちが知りたいくらいだ。 そんな心の内を誤魔化すように首筋へと唇を寄せる。 今までと同様に触れるだけのつもりだったが、不意に眼の前の白い首筋を噛んでみたくなった。 口を開き、軽く、歯を立てる。

「……っ!」

噛んだ場所には薄く赤い跡がついた。 それを見て、何処か充足感を覚える自分が居る。 一体何だって言うんだ。


抱き締めたい。殴りたい。
傍に居て欲しい。突き放したい。
優しくしたい。傷付けたい。
笑っていて欲しい。泣かせたい。
オレのことを忘れて幸せになって欲しい。 閉じ込めてオレだけを見るようにしたい。


相反する心が渦巻く。 どちらも真実であり真実でない。 この感情が帰結する所など知らない。
気付けば、首筋から鎖骨にかけて赤い跡が散っている。 その光景にまた満たされる心を感じながら、赤い跡の一つに舌を這わす。

「っぁ、ん……なに、して…」

いつもと違う甘さを含んだその声も、聞きたくて聞きたくない。

「いいから、黙ってな」

3度目、唇を重ねる。 1度目とも2度目とも違うもの。 薄く開いた口から舌を捻じ込んで絡める。 その声すらも飲み込んで、深く、深く。


【唇へのキスは愛情、そのほかはみな狂気の沙汰。】

(その存在に狂おしいほどに恋焦がれる)
(その想いは自らと相手を焼き尽くすだろう)


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