お節介と茶番劇

 計画が全て成功し、能力者を守るための学園を築き上げた俺たちがこの地下施設で暮らすようになりそろそろ一年になる。隼翼を含め、計画の中核となった俺たちは世間から身を隠す必要があったため、ここを隠れ場所として生活することにした。地下施設とは言え、ここには食料から娯楽まである程度のものが揃っているため生活は悪いものではないし、出入りを禁止されているわけでもないため、用事がある時などは外へ出掛けたりもしている。だから、今の暮らしについて取り立てて不満はなかった。それなりに満足してるし、それなりに楽しくやってる。強いて挙げるとすれば、狭いコミュニティであるために人間関係が目に付くということだろう。それも悪い面というわけではなく、じれったいという言葉はよく合うようなそんな二人だ。当人同士で勝手にやってくれる分には構わないのだが、やや素直でないのと無自覚なのとで外野としても巻き込まれるのを避けられない状況になっている。そして当人たちには巻き込んでいる自覚がないというのがまた困ったところだった。さっさと素直になってしまえば全てが丸く収まるのではないか、というのが外野の総意であるため、要らぬお節介を焼いている者も居て、俺もその一人に他ならない。余計なお世話だ。と当人から声に出して言われたこともある。それでも止めようと思わないのは、根底にあるのがどちらも大切な存在であるからどうか幸せになって欲しいという願いだからだろう。それで進展があるのかと言われるとそうでもないので、まぁ反応が面白いので半分くらいはからかいの意味も含まれていることも否定はできない部分ではある。いずれにせよ、今日も何かしらの反応は期待できそうである。前方から向かってくる小さい人影を見て、胸の内で密かにそう思った。

「熊耳。これからどこか行くの?」
「新たな能力者の居場所が分かったから、ちょっと学校の方にな」
「そっか。他のみんなは?」
「さぁな。娯楽室か、その辺りに居るんじゃないか。そういうお前はどこか行ってたのか?」
「ん、ちょっと仕事してきたところ」

そのまま歩みを進め、あわやぶつかる一歩手前というところで止まると、やはりというか彼女はその言葉を口にした。

「寒い。暖めて」

 仕事をしてきた。それだけで彼女が何をしてきたのか想像に難くない。能力を使えば彼女は体温を失う。それを分かっていて、彼女は必要とあれば能力を使うことに一切の躊躇いがない。実戦において俺たちの中で七野と並んで役に立つ能力と言っても過言ではないからこそ、その小さな体に頼ってしまうことに罪悪感を覚えることもある。堤内先生の仮説によれば、彼女の体格がその年齢の平均から比べるとかなり小柄であるのは、能力の副作用による低体温が成長ホルモンに影響を及ぼしているからだという。初めて会った時はそこまで気にならなかったが今の彼女は誰が見ても「小さい」と言う。本人は気にしていないようだが、その小柄な体格さえも能力に関係があると知ってしまえば彼女に対する負い目のような気持ちを俺は拭い去ることはできなかった。そんなことを口に出せば、彼女からは容赦ない舌鋒が浴びせられるだろう。それはきっと、世界を繰り返す中で瞳から永遠に光を失うことになった誰かさんも同じはずだ。この選択は自分で決めたものだから、その結果負った代償を誰かに押し付けるような真似はしたくない。この重みこそが掴み取った世界そのものでなのだと。 故に「すまなかった」などという謝罪は自己満足にしか過ぎず、それで満たされるのは浅ましいこちらの思いだけであり、当人達にとってはその行為は無意味どころか軽んじられているのと大差はないのだろう。
 だから、そんな内心をおくびにも出さず俺はいつも通りに彼女の望む対応をしようとした。正にその時、廊下の角を曲がってくる新たな人影が彼女の背後に見えたのは、ある意味で僥倖だったのかもしれない。彼女にとっても、俺にとっても。上げかけた腕をそのまま懐へと持って行くと、たまたま持ち合わせていたそれを彼女の掌の上に落とす。

「なに、これ」
「見れば分かるだろ、ホッカイロ。これで少しは暖が取れるだろ」
「私が持ってないと思う? カイロなんて1年中持ち歩いてる。私は「あっためて」って言ってるの」
「昼休みの間に星ノ海学園まで行く必要がある。そのためにも俺は今から出掛けないといけないから、お前の要望には応えられん」

新たな能力者の発見と保護の重要性は彼女もよく分かっている。ぐっと言葉に詰まる様子からも、恐らくこのまま引いてくれるのだろうなということは考えずとも分かる。だからといって、何も体の冷えきっている彼女をこのまま放置しようというつもりはなかった。俺との会話に集中しているためか背後から迫る人物にいまだ気付いておらず、それを幸いと俺は彼女の両肩を掴んで更に注意をこちらに引き付ける。目標の距離まではあと数メートルあった。

「まぁ聞け。俺だって能力を使って体の冷え切ったお前をこのままにしていくのは心苦しい」
「でも熊耳は行くんでしょ?」
「あぁ、俺はな。だから後は任せたぞ、隼翼」

その言葉と同時に掴んでいた彼女の肩を軽く後ろへと押す。突然のことに戸惑う彼女に対して、その背後の人物は俺の意図を組んでちゃんと彼女のことを受け止めてくれた。彼女の体格が小柄であるからこそ、その姿が見えていなくとも対応ができたのだろう。そして、自分を受け止めた相手を見上げて確認した彼女のその後の反応は言うまでもなかった。

「あぁ、行ってこい、プゥ。のことは俺に任せろ」
「え、ちょっと、まってよ熊耳」

本気でこの状況で置いていくつもり? とでも言いたげな視線に対して、俺は無言で親指を立てて応える。グッドラック。それはもう恨みがましい視線を向けられた。肩に添えられているだけの隼翼の手は振り解こうと思えば簡単に外れるはずなのに、そうしようとしない、いやできない。そんな彼女がこの後どうするのかを間近で見れないのは残念だが、なるようにはなるだろう。あとは若い二人で、そんな気持ちで俺は二人を残して施設の出口へと向かった。


 +++


 私はとても困っていた。この状況はある意味で熊耳にはめられたと言ってもいい。いつから狙っていたのか、それともただの思い付きだったのかは分からないけれど、私は彼が背後から来ていることにすら全く気付けなかったのだから。そして去り際の熊耳には完全に見抜かれていたけれど、私は今ここから指一本も動かせる気がしなかった。

「…………」
「……?」
「…………」

「……なに。あと名前で呼ばないで」
「おまえが反応しないからだろ。熊耳と何の話してたんだ?」
「聞いてなかったの?」
「聞こえなかったんだよ」

至近距離から聞こえる隼翼の声に、心臓がいつもより早く脈打っているのが分かる。これはよくない、こんなことでは敏い彼にはすぐに気付かれてしまう。早急に彼から距離を取ってこの場を離れなくては。そんな焦りとは裏腹に、相変わらず私はその場から動くことができなかった。ほぼ熊耳のお膳立てによるものとは言え、今この状況を手放しがたいと思う、それもまた紛うことなく私自身の気持ちだった。

「隼翼は、どこか行くところだったんじゃないの」
「ん? まぁ行こうとはしてたけど、今はもういい」
「熊耳に任されたから気にしてるのなら、私のことはいいよ。目時たち探しにいくから」
、なんか勘違いしてるだろ。俺はそろそろ戻ってくる頃だと思ったから、お前を探しに行こうとしていたんだぞ」
「は……」
「目的のお前にここで会えたから、「もういい」んだよ。わかったか?」

私に言い聞かせるように、言葉を区切りながらはっきりとした声音で彼はそう言った。ほんと勘弁して欲しい。そんな本音を飲み込んで、私は盛大に溜め息を吐く。これが全て他意はないというのだから、やっていられない。彼の言動に振り回される自分が馬鹿みたいに思えてしまう。

「ここでそれだけ溜め息吐かれるってことは、やっぱり迎えに来ない方が良かったな」
「勝手に解釈しないで。そういう意味の溜め息じゃない」
「じゃあどういう意味なんだ?」
「……隼翼には説明しても分からない」
「なんでそこで諦めるんだよ。聞いてみないと分からないだろ」
「そういうの要らないから」

言葉と共にぱっと肩に添えられた隼翼の手を振り払うと、私は背後を振り向いた。そこには予想通りというか動揺の一切見られない隼翼が平然とした顔で立っていた。両手を真上に挙げて降参といったポーズを取っているのも、何だかイラッとさせられる。当然、その手には何も握られておらず空っぽだった。

「手ぶらでここまで来たの?」
「施設内ならある程度の構造は把握してるからな。と言いたいところだが、途中まで七野に案内して貰った」
「すごい文句言われたでしょ」
「こういうのは熊耳に頼めって散々言われた。プゥが居ないから頼んでるのにな」
「目に浮かぶ」
「で、どうする? 俺は任せろって言ったからにはお前の面倒もちゃんと見たいと思ってるけど」

そう言って上に挙げていた手を降ろし、私に向けて隼翼は腕を広げてみせる。さぁこい! とでも言い出してもおかしくないくらいに典型的な待ちの姿勢だった。ここで遠慮なくその胸に飛び込める性格をしていたら、元よりこんなに困ってはいないだろう。諸々の感情を抜きして考えれば、隼翼の誘いはとても魅力的だった。今この瞬間も私の体は寒さを訴えているし、できるならこのまま暖めて貰いたい。それを押し止めているのは、これまでも私に二の足を踏ませている理性の部分だ。自分から好意を持つ相手に抱き付けと? 無茶を言うなという話だ。

「はいわかりましたって私が行かないのは分かってるでしょ」
「まぁな、俺も駄目元でやっただけだし」
「それはそれでなんかむかつく」
「はいはい、むかついてもいいから、ほら、手貸してくれ」
「ん」

腕の代わりに手を差し出され、私はごく自然にその手を握り返した。杖がないのであれば、目の見えない隼翼には代わりの支えが必要だ。本来であれば誘導者の肩に手を置く形での歩行が望ましいことは知っているが、生憎と私と隼翼では身長に差があり過ぎた。肩に手を置こうとすると。隼翼がやや体を屈めるか、私が背伸びをしなくてはいけない。そんなバランスの悪い体制を取るくらいなら、と今では私が誘導をする時に限り手を繋ぐという暗黙の了解になっている。最初の頃こそ抵抗はあったが、安全面から言ってもそれが最善の策だし、嫌なら背を伸ばせとまで言われては私も大人しく従うしかなかった。だから、この時も特に疑うことなくいつものように誘導するつもりで手を握ったのだ。握った手を引っ張られたと思ったら、先ほど回避したはず腕の中に収まっていた。完全に不意打ちだった。

「…………」
「無言で睨むのは止めてくれ」
「見えてないくせに」
「見えなくてもそれくらいは分かる。というか暴れないんだな、ちょっと意外だった」
「暴れて怪我でもされたら一応困る」
「まぁお前が暴れても痛くも痒くもないけどな」
「鳩尾殴るよ」

そのまま拳を鳩尾の辺りに当ててぐりぐりしていると頭上からはギブアップを告げる声がする。が、回された腕は依然として解かれる気配がなく、仕方なく私はそのまま収まっていることしかできなかった。

「ひんやりするなぁ」
「だから寒いって言ってる」
「ていうかこれもう絶対に人肌じゃないぞ? 何秒使った」
「一々数えてないから知らない。隼翼は意外と暖かい、熊耳ほどじゃないけど。でも筋肉はないね」
「悪かったな、軟弱な体で」
「そこまでは言ってない」

同性である目時は勿論として、熊耳とも、七野とも、前泊とも違う隼翼の腕の中は、とにかく暖かかった。体温が低そうなイメージがあるが、実際のところそうでもない。うん、あったかい。冷えきった身体には心地よい温もりであり、既に私はこの暖かさを手放し難いと感じ始めていた。隼翼は一度この状態に持ち込んでしまえば私が拒否しないことをもう分かっている。私だって何も毎度同じ手を食らっているわけではない、そこは隼翼の策の賜物だろう。私がこうして彼の腕に収まるための口実を、わざわざ与えてくれているのだ。それが分からないほど鈍くはないし、裏を返せば、それは素直になれない私の気持ちなど彼にはお見通しということだった。

「悔しいけど、ありがとう」
「どういたしまして」

まだ自分から飛び込むことはできないので、彼にはもう少しこの茶番に付き合って貰いたいと思う。

2017/06/01