過去を知る
「――っていうことがあったんだけど、なんで居なかったの!?」
開口一番、ここ数日のもやもやをぶつけるかのように文句を言えば、うるさいというように手で追い払われる。
「だからあの日は仕事だって言ってあっただろ」
「薫が居ればあんなよく分かんないことにならなかった!」
「知るか。大方、お前が変に煽ったんだろ。あいつもそろそろ限界だっただろうしな」
「は、なにそれ」
「お前、本当に気付いてなかったのか……?」
「だって二人に再会したのって、つい最近じゃない? それで好きになるってないでしょ。それともまさか、高校生の時からとか言う? それこそ有り得ないでしょ」
そんなわけがない。もちろん返ってくるのは否定の言葉だと思っていたのに、薫は何とも言えない顔をして黙り込んでいた。それは正しく無言は肯定、というやつなのではないだろうか。
「え、まって、まじでそうなの?」
「察しろ」
「……虎次郎、女の趣味悪くない?」
「お前が言うな、お前が。そんな調子だと、少しだけあいつに同情もしたくなる」
気付くも何もそんな素振りを全く見せなかったのはあちらの方だ。こちらに落ち度はないと思う。だというのに、あたかも私の方が悪いというかのように薫にまで言われるのは心外だった。
「そもそも、お前はどうして今さらこっちに戻ってきたんだ? 何も言わずに居なくなったくせに」
「それは……悪かったと思ってるよ。東京の大学に行ったのは、親とそういう約束をしてたから。親の言う通りの大学に行く代わりに、高校の時は好きにさせてもらってたの。ほら、夜中にスケートって、やっぱり世間体は良くないじゃない?」
「随分とおおらかな親だとは思っていたが、そういうことだったのか」
「そうそう。で、大学はちゃんと親の言う通りにしたけど、就職はやっぱり地元がいいなぁと思って戻ってきたわけ」
親も大学生活の間、私が大人しくしていたことで安心をしたのだろう。就職には口出しをしてこなかったこともあり、好きにさせてもらった。沖縄と東京を往復しての就職活動は中々に大変だったが、無事に就職先が決まり戻って来れた時には、ほっとしたことを覚えている。東京が嫌いなわけではなかったが、やはり自分に合うのはこの土地だと感じたのだ。
「話戻していい? とにかく気まずくて虎次郎のお店にも行けないんだけど、これからどうしたらいいと思う?」
「俺に聞くな。そういうのは同性の友人間でする話題だろ」
「やだなー薫、こっちで私に女の子の友達が居ると思ってるの? 高校の時にあれだけやらかしてるのに?」
「はぁ、自虐も過ぎると反応に困るからやめろ」
「ごめんごめん。まぁそんなわけで、薫しか話す相手居ないんだよね。というか、あの頃から女扱いされてた記憶ないんだけど、ほんとになんで?」
「いや、お前が見てないところであいつはちゃんと女扱いしてたぞ」
「私が見てないところなら意味なくない?」
「なら聞くが、お前はあの頃に女扱いされて喜んだか?」
「え、いや……どうだろ、嬉しくなかったと思うな。女だから、って舐められるの嫌いだったし」
「だからだろ。あいつなりにお前のこと考えて動いてたんだよ」
たしかに、面と向かって女扱いされたら恐らく私は反発したと思う。私はただ、彼らと一緒にスケートを楽しみたかっただけだから。そこに男とか、女とか、そういうのは持ち込みたくないという気持ちはあった。虎次郎は、そんな私の気持ちを汲み取ってくれていた、ということなのだろう。
「もし仮に、あの頃にあいつが告白してたとしても、お前は断っただろうな」
「うん、そうだと思う」
「しかもその後は気まずくなってチームから離れただろう」
「多分、そうしただろうね」
「だから、あいつはお前に何も言わなかったんだ」
思っていた以上に、気を遣っていてもらったらしい。薫から聞くからこそ、余計に信憑性のある話だった。正直なところ、数年越しにそんなことを聞かされて、どう反応をしたらいいのか分からない。先日の夜も、そうだった。そんなものは知らない、聞いてないと、受け止める前に拒否をしてしまった。そのまま避け続けているのだから、悪いことをしたなぁ、とは一応思っている。
「でもさ、たとえ高校の時はそうだったとしても、今は違うかもしれないじゃない? だって虎次郎、いつも女の子侍らせてるし。あの中に好きな子が居るとか」
「庇う要素は何一つとしてないが、それとこれとは別だと思ってやれ」
「普通は好きな人が居たら、他の人には目移りしないものじゃないの?」
「お前が『そう』して欲しいと言えば、あいつは『そう』するだろ」
「いや別にそうして欲しいわけじゃなくて、あくまで一般論の話をしているんだけど……私にはよく分かんないし」
彼氏に浮気された、裏切られた!という話はドラマなどでも目にする機会は多く、故にそういった風によそ見をしないのが一般的な恋愛というもの。という認識でいたのだが、違うのだろうか。そもそも私自身は恋愛感情というものがよく分かっていない。そういう意味で、誰かに好意を抱いたことが今までないからだ。だから、余計に虎次郎のことがよく分からない。
「お前、あっちの大学で付き合ってたやつとか居ないのか?」
「大学は品行方正で通っていたからね、私。そういう異性とのお付き合いとかは縁がなかったの」
品行方正?お前が?という目で見てくるのは失礼過ぎやしないだろうか。私だってそれなりにやろうと思えばできるのだ。頑張りすぎて、大学では高級マンションで一人暮らしをしているやんごとないお嬢様だと思われていた。実際には1Kのアパートに住んでたのにね。まぁそれも、ちゃんと理由があってのことだった。
「だって、品行方正にしてたら、親から『高校生の時に夜遊びしてたから』とか『あんな人たちと仲良くしてたから』って、言われないでしょ」
「…………」
「なんというか、嫌だったんだよね、皆のこと悪く言われるのが」
「……そういうことは、俺だけに言っても意味がないだろう」
「皆には機会があれば、ね」
高校生の頃は、少しでも成績が落ちれば、それ見たことかとばかりに親には色々と言われた。自分のせいなのに、彼らを悪く言われるのがとても嫌だった。だから、大学の間は親に何も文句を言わせないように振る舞おうと決めたのだ。結果として、就職活動をする頃には再び好きにさせてもらえるようになり、ここに戻ってくることに繋がったので多少窮屈な思いをした甲斐があったと思う。
私自身に恋人というものは居なかったが、大学でできた友人たちはそれなりにキャンパスライフを謳歌していたので、彼氏ができたという話などを耳にするような機会はあった。いわゆる女子会とかにも参加していたけれども、あくまでも聞き役でしかなくて、自分がそれを体験するイメージがついぞ持てなかった。
「あのね、薫。私、虎次郎のことは好きだよ。でも、私は薫も好きだし、チームの皆のことも好きだった。この『好き』が、虎次郎の欲しい『好き』じゃないことくらいは私にも分かる。それでもいいのかな」
「そういうことは俺じゃなくて本人に聞け」
「だよねー。駄目元で聞くんだけど、一人で行くにはちょっとだけ気まずいから、一緒に来てくれない?」
「誰が行くか。とばっちりはごめんだ」
「薄情者」
「話を聞いてやっただけ感謝しろ。うじうじした筋肉バカの相手も、空気の読めないボケナスの相手も、俺はもうごめんだ。さっさとケリをつけてこい」
話は終わりだ。とばかりに立ち上がられてしまっては、こちらとしてもこれ以上長居をするわけにはいかなかった。
思えば、こういうのは昔から苦手だった。今回のことは喧嘩とは違うが、長引かせるよりかは、と大した解決策もないままに直接ぶつかりにいくことが多かった気がする。
虎次郎とこのままでいいか、と聞かれたら答えは出ている。それが全てだろう。どうしても足取り軽くとはいかないが、決意を固めた私は目的地へと足を向ける。あとはなるようになれ、だ。
2021/06/16