贖罪

待っていた。

最早何度目かも知れない程に、同じ時代を繰り返しながら。
伝えたかった想いを、言葉にする為に。
犯してしまった罪を、贖う為に。

ただひたすらに、待っていた。



「アーチャー」

 屋根を見上げ、其処に居るであろう人には声を掛ける。 霊体化しているので見えないが、今までもこの時期は衛宮邸の屋根で警護をしていたから、間違いなく居るという確信があった。 これが、私が確実に彼と接触出来る、唯一の機会。

「……何か用かね」

 返事と共に赤い姿が視認出来るようになる。 その容姿は変わらない。過ごした時間の中で出会ってきたアーチャーと同じ。 でも、違う。 僅か一瞬の邂逅だったけれど、見誤るわけがない。 だって、私はこの時の為に同じ生を何度も繰り返してきたのだから。 私、『衛宮』の始まりである『彼』に会う為に。

「うん、言いたいことと、聞きたいことがあるの。そっちに行っても良い?」
「構わないが、どうやって登るつもりだ」
「木は……屋根まで届かないから、梯子とか?」

 そう返すと、アーチャーは呆れ返ったように溜息を吐いた後、眼の前に下りてきた。 全く気配を感じなかったので、は少し驚いた。 そして同時に、やはり彼はもう英霊なのだと、改めて認識させられた。

「屋根に登れたとしても、君なら落ちることもあるだろう。ならば、こうして話した方がこちらも気も休まるからな」
「う……そこまで運動神経は悪くないわ、確かにバランス感覚は無いけど」
「自覚があるなら改善することだ。それで、用というのは何だ?」

 アーチャーの返す言葉全てが皮肉に満ちている。 現在一緒に暮らしている弟を思うと何故こうなってしまったのだ、と思わずにはいられない。 けれど、その言葉の中にはこちらへの心配が含まれていることも分かる。 呼び名や姿が変わろうとも、彼の本質は変わらないのだ。 そんなことは、分かりきっている。 同一ではないが、起源を同じくする者には何度も会ってきたのだから。やっと巡り会えた『彼』を前にして、長い時代(とき)の間、一度も忘れることが無かった想いを告げる。

「……士郎、ごめんね」
「っ」
「最後まで、貴方の味方をするって言ってたのに。ごめんね」

 伝えたかった言葉、伝えられなかった言葉。 あの後、彼がどうしたのか私は知らない。 罪を犯すと同時に、私の命は絶えたから。 けれど、私のあの行為が彼を苦しめたことはあっても、助けることは無かったことだけは分かっっていた。 だからこうなることを自ら望んだ。 輪廻の枠から外れて、もう一度彼に会うことを。

「何故、分かった。いや、そもそも何故そのことを知っている?」
「私は『私』なの。この時間軸を永久に繰り返している存在、衛宮という存在は一人しか居ないのよ」
「では……君はずっとこの時代を繰り返しているというのか!」
「そうよ。もう何度目か分からない位に過ごした。些細な変化を見付けることで心を押し留めて、繰り返し、繰り返し……」

 最初の内は良かった、未来は幾つもの筋道がある。 けれども、それすら無限では無かった。 全てを経験し終えた後に残ったのは、正に繰り返しでしかない。 一度過ごした日々をなぞるかのように送られる。 そして一生を終えると、また戻ってくる。 決して出口の無いメビウスの輪。 それが、私の望んだことに対する代償だった。

「莫迦な、そんなことが可能なのか」
「忘れないで、私だって魔術師よ。対価があれば出来る」
「だが……」

 納得がいかないのか、アーチャーは口を噤む。 彼の知る私が魔術を使用したことはたった一度しかない。 それも、あの最期の時だけ。 信じられないとしても、仕方ないことだ。

「聞いて、士郎。私は貴方に謝りたかったの。正義の味方であると決めた、その貴方の味方をすると決めた私が、あんなことをしてしまったことを」
「君は、最期まで私の味方だった」
「違うわ! あの時、私は貴方を守る為に大勢の人を殺してしまった。貴方が守ると決めた多くの人を、私が殺してしまったのよ!」

 報酬を求めない、ただひたすらに、人を救う正義の味方。 彼を理解しようという人は少なかった。 むしろ、彼を敵とみなす人の方が多かった。 その中には彼が命を救った人も居た。 ある時、彼が暴動の首謀者として奉り上げられる。 抵抗もせず受け入れた彼は、処刑されることになった。 処刑の瞬間、そのことが認められなかった私は魔術を使用した、その命と引き換えに。 制御を知らない私の魔術は莫大な力を爆発させただけだった。 彼の命は救われた。 けれども、代わりに多くの人の命が失われた。 彼が救った人々の命も。 私が奪ったのだ。 衛宮士郎という一人の人物の為に、幾百もの人を殺した。 その瞬間、私は世界にとっての「悪」となった。 それは、彼の抱いてきた理想を否定することと、同義だった。

「貴方は眼の前で人が死ぬことを嫌がった、それなのに私はあの時と同じ状況を作り出してしまった。大勢の人が死ぬ中で、貴方一人が生き残るという状況を」
「…………」
「だから、ごめんね」

 万感の想いを込めた言葉。 この言葉を言う為に、私は此処にあった。 過去は償えない。 彼は既に英霊となり、私はこの時間軸に囚われた存在。 この事実が変わることは無いだろう。 それでも、どうしても言っておきたかった。 味方であると言った私が、裏切ってしまったこと。 それを、彼に謝りたかった。

「ねぇ、私のこと……恨んでる? 憎んでる? 正直に、言って欲しいな」

 恨まれても、憎まれても仕方ないことをした。 正義の味方は悪を倒さなきゃいけない。あの瞬間の、私は確かに「悪」であり、彼の敵であった。 それでも、まだ私を姉だと思っていてくれるなら、とあるべくも無いことを望んでいる自分がいる。
何て都合の良い、自分勝手な考え。 あれだけのことを彼に対してしておきながら、まだそんなことを望んでいる。

「恨めるはずもない。姉は、オレにとって掛け替えの無い、何よりも大切な存在だったよ」

 記憶にある彼と変わらない笑顔で、アーチャーはそう言った。 望むべくも無いと思っていたことを、彼は与えてくれた。 分不相応な幸せ。 それが得られただけでも、この限りない時代を過ごしてきた意味があった。 全てはこの時の為にあったと思えば、費やした時間など、些細なものでしかない。

「ありがとう、士郎。これから先どんなことがあろうと、今度こそ、私は貴方の味方で居続けるから。忘れないで」



衛宮士郎の、そして英霊エミヤの味方であり続ける。
二度と違えないと決めた。

それが――――衛宮の誓い。

2009.12.04.→2010.06.18.修正