Let's cook

「じゃあ姉、俺達学校行くから後のことは頼んだ」
「え、ちょ」
「アーチャーは放っておいて良いから、セイバーのお昼とかお願いね。貴重な魔力源だから」
「いや、だから」
「それじゃ、行ってきます」
「こっちの話も聞いてよ!!」

 その叫びも空しく、二人は足早に穂群原学園へと向かってしまった。 玄関に残されたのは、訴える行き場を無くしたただ一人だった。
 何故こんなことになってしまったのか。 理由は明白だった。 本来ならば学生であるも大学に行かねばならない。 けれども今日は偶々教授達の事情が重なり、全ての授業が休講になっていた。 だから、夕方のバイトまで時間のあるは家のことを任されたのである。 そのことについて異論があるわけではない。 今までだって、授業が休講になった際には家のことを行ってきたのだから。 しかし、今回はそれだけではない。 家のこと。その中に彼達が召喚したサーヴァントのことも含まれているからである。 別に彼達のことが嫌いなわけではない。 内一人は身内なのだから当然だろう。 それでは、何が問題なのか。 単純なことである。 凜が出掛ける間際に頼んでいったセイバーの食事。
 そう、は料理が全くと言って良い程に出来ないのだった。

「なんで私に頼むのかなぁ、士郎も知ってるくせに」

 長年共に暮らしている弟が知らないわけもない。 恐らく、ここ数日の出来事のせいでうっかり忘れてしまっていたのだろう。 切嗣に代わって彼が料理を始めた時に、当然ながらも一緒に始めた。 けれども、士郎がめきめきと料理の腕を上げる一方で、は全く上達しなかったのである。 人には向き不向きがある。 そう言って慰められたが、弟に負けるというのは中々に受け入れがたいものがあった。 それから数年はも頑張っていたが、最近では諦めを悟って料理には一切手出しをしていなかった。 そうして、料理は士郎、掃除は。という分担が自然に出来上がったのである。

「何処かの双子メイドの片割れほど酷くはないけど、士郎と桜ちゃんの味を知っているセイバーが私の料理で満足してくれるわけないじゃない」

 生前のこともあってか、あの王様は料理にはかなり煩い。 そんな相手にレベルの料理を振舞えるはずも無かった。 普段ならば朝の残りなどでセイバーの料理はきちんと用意されているのだ。 けれども今日はが居るということもあって油断していたのだろう。 冷蔵庫の中を確認するも、一から作るしかなさそうだった。

「梅サンドよりはまともなものが作れるとは思うのよね。でも……」
「君は相変わらずだな」

 独り言のつもりだった言葉に不意に相槌が入った。 現在この屋敷の中に居る人物は限られている。 そうでなくとも、こんな風に話し掛けて来る人物は一人しか居なかった。

「貴方の知っている『私』が出来なかったことが、今の私に出来るわけがないでしょう? アーチャー」
「いや、君の過ごした時間を考え『もしかしたら』と思っていたのだが、どうやら当てが外れたらしい」
「悪かったわね、時間が解決してくれる問題では無かったのよ。いつになっても料理だけはさっぱり」
「料理まで出来てしまうと完璧になってしまうからな。君には一つくらい欠点があった方が良い」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」

 時を重ねる内に出来るようになったこともある。 同じ時代を繰り返しているのだから、当然だろう。 けれど、何度やっても出来ないものは出来ない。 にとって料理とはそういうものだった。

「それで、どうするつもりなのかね」
「此処に来てくれたってことは期待しているんだけど、違うの?」
「まさか、全てを私にやらせるつもりじゃないだろうな?」
「流石にそこまでしないわよ。それにアーチャーの料理なんか食べちゃったら、今後のセイバーのハードルはますます高くなるだろうしね。手伝ってくれれば良いわ」

 自力では作れなくとも、助けがあればにだって食べられる物は作れる。 それがアーチャーの助けであれば、セイバーが満足出来る最低限の物は出来るだろう。 アーチャーに全てやって貰うという誘惑にも釣られるが、彼は自分が作ったとは決して言わないに違いない。 ということは、セイバーにはその料理はが作ったものだと認識されるということである。 今後もそのレベルの料理を求められるのはとしても大変困った事態になる。 それならば、多少大変であろうとも自分で作るという選択を取るというものだ。

「はぁ、仕方ないな。何を作るつもりなんだ?」
「そうね……晩御飯のこともあるし、定食のようなものかしら」
「君にカツや魚が出来るとは思えないな。ということは、野菜炒め辺りか?」
「悔しいけど否定出来ないわね」
「あとは豆腐が残っているな。それに味噌汁とご飯があれば、それなりの形にはなるだろう」
「ならその方向で行きましょう。アーチャー、私が失敗しそうになったら止めてね」
「せいぜい火事にならない程度に頑張ってくれ」

 時間的に昼まではまだ余裕がある。 けれども、失敗をするような真似は出来ない。 衛宮家の財政からするとそういった余裕は無いからだ。 そう思うと、包丁を持つ手にも自然に力が入る。 こうして台所に立って料理をすること自体が久しぶりなのだから仕方が無い。 最近では、士郎と桜ちゃんに任せっきりだったのだ。 加えて、アーチャーが横で見ているとあっては緊張するなというのが無理な話である。 手伝って欲しいと自ら頼んだのだから、何処かに行っていてくれ、とは言い難い。 しかも、彼が居なくてはまともな料理が作れる自信は全くと言って無いのである。 そんなジレンマに陥ってしまったを見るに見兼ねてか、アーチャーが声を掛けてきた。

「私の記憶では、君は包丁については問題なく扱えていたと思うんだが?」
「その通りよ。でも、失敗したらどうしようと思うと緊張してしまって」
「代わろう、と言っても断るのだろうな」
「分かってるじゃない。なら黙って見てて頂戴」
「そこまで心配しなくとも、セイバーは食べてくれると思うがね」
「どうして?」
「彼女が嫌いなのは雑な料理だ。君が彼女を思って精一杯作ったものならば、どんなものであれ彼女は喜ぶだろうよ」
「……らしくない発言ね。でも、ありがとう」

 いつも皮肉ばかりの彼がくれたその言葉は、の緊張を解いてくれた。 強張っていた身体が自然体へと戻る。 アーチャーからの返答が無いところを見ると、柄にも無い発言と彼女からの感謝の言葉に照れているのだろう。 そのことには敢えて触れずに、は眼の前の料理に集中することにした。 そして先程とは打って変わって危なげない手付きで包丁を扱い、茄子を切っていった。
 の料理が上手くいかないのは、その手際が悪いことが原因の一つである。 だから、次に何をすべきかを指示してやれば大きな失敗をすることは無い。 そうしてアーチャーからの指示に従って、は問題なく料理を進めていった。 もう一つにして最後の問題点は調味料の適量が分からないことにあるが、こちらは自覚があるらしく、も最後の味付けはアーチャーに頼んだ。 こうして多少の時間を掛けつつも、アーチャーの手を借りたことでは何とか昼食を完成させることが出来た。 道場に居たセイバーを呼んで、二人で食卓を囲む。 アーチャーはと言うと、が無事に料理を完成させたのを確認して

「君にしては頑張った方じゃないか」

 という褒めているのか微妙な言葉を残して何処かへと行ってしまった。 よって、現在居間に居るのはセイバーとだけである。 過度な期待は自分にとっても良くないと判断し、は事前に自分が士郎ほど料理は上手くないということをセイバーに告げていた。 セイバーもそのことについては了承してくれたが、彼女が実際に料理を口にするまでは油断は出来ない。 セイバーが一口目を口にする瞬間をは真剣な面持ちで見守っていた。 口に運んだ野菜炒めをもぐもぐと咀嚼し、嚥下する。 一連の動作を見取った後、恐る恐ると言った態では口を開いた。

「セイバー……どうだった?」
「そんなに不安そうな顔をせずとも、美味しいですよ。
「本当に? 気を遣ったりしてない?」
「していません。確かにシロウやサクラには劣りますが、それでも十分に美味しいです」
「良かったぁー」

 セイバーは嘘を吐くような性格ではない。 ということは、美味しいというのは心から思ってくれているということだろう。 それを聞いて表情を崩したは、安堵の笑みを見せた。 アーチャーからは心配するなと言われたが、それでもいざ食べて貰う段階になると不安だったのだ。 セイバーの箸がいつものように進むのを見て、も漸く箸を持って食事を始めた。

「あぁ、でも味付けはシロウのものと同じですね。やはり、姉弟だからでしょうか」
「えーと、そう……かしら?」
の料理はシロウやサクラとは違った趣があって良いですね。また今度作って下さい」
「え、いや、それは……」
「無理にとは言いません」
「うん、まぁ機会があったら、ね」

 出来ればこんな思いは二度としたくない。というのがの本音である。 この騎士王の食事に対する拘りは並大抵のものではない。 作る際には、こちらもそれ相応の気遣いを必要とされるということである。 けれども、はっきりと否定をしないのは何処かでそれを望んでいるからだろう。 自分の作った料理を『美味しい』と食べて貰えるのは、やはり嬉しいことである。 それに、またアーチャーと料理を作れるならば、それも良いかもしれないとは感じていた。


二度と巡ってくることは無いだろう懐かしい日々。
それを想起させる時間があるから。

2010.08.19.