味噌汁と肉じゃがは必須料理
野菜炒めの具材を切り終わったところで、それらを炒める前に味噌汁の湯を沸かすようにアーチャーから指示された。
「それが沸騰するまでの間に野菜は炒め終わるだろう。沸騰したら――」
「待ってアーチャー。私、お味噌汁だけは自力出来るから」
「かつての君が出来なかったことは今の君にも出来ないんじゃなかったのか?」
「そうだけど、お味噌汁だけは別なのよ。大河ちゃんに『肉じゃがとお味噌汁だけは作れるようにしとかないと駄目よ』って扱かれたの」
大河の特訓は厳しい。
そして自分は作れないのに何故か教え方は完璧だったのだ。
一度だけならまだしも、何度も同じように扱かれたら流石のも出来るようになるというものだ。
とは言っても、現状で作れるのは味噌汁だけだが。
同じだけ、もしくはそれ以上の時代を重ねれば、いつかは肉じゃがも作れるようになるのかもしれない。
「何故その二品なんだ、もっとアレンジの効く料理はいくらでもあるだろう。相変わらず彼女のすることは理解出来んな」
「へぇ、大河ちゃんのことそういう風に思ってたんだ。今度告げ口しようっと」
「私は構わないが、被害を被るのはあれだぞ」
「あ、そうね。でも士郎だって同じでしょうし、将来のことを思うと今から態度を改めた方が良いと思うしね」
それを聞いてアーチャーが少し顔をしかめる。
アーチャーが思っていることは同時に士郎が思っているということだ。
完全に同じとは言えないが、二人の思考は限りなく近い。
彼にとってそれは認めたくは無いことなのだろう。
そんな様子を察しては話題を戻すことにした。
「大河ちゃんだっていつも理由も無しに動いてるわけじゃないわよ」
「8割方がそうである場合、頻度として『いつも』と用いるのは適切だと思うがね」
「でも今回はちゃんと理由があるのよ。えーと『お嫁さんに行けるように』とかだったかな?」
「……済まないが、分かるように説明してくれないか?」
曰く――
料理なんてほとんど出来なくても問題無いのよ。
昔から、肉じゃがを作れる女性に憧れる男性はいくらでも居るんだし。
それと『俺の為に毎朝味噌汁を作ってくれ』ってプロポーズがあるじゃない?
だから、肉じゃがとお味噌汁さえ作れればお嫁にいけるってことよ!!
ということだった。
「確かに嫁にはいけるかもしれないが、その二品しか作れないようでは間違いなく離婚されるぞ」
「うん、私もそう思う。でも、何も作れないよりはましかな、と思って」
「それはそうだが。そもそも、君は結婚するつもりがあったのか?」
「失礼ね。一般的な女性は誰しも結婚願望くらい持ってるものよ」
「だが君はその『一般的な女性』とやらには該当しないだろう」
「残念ながら、ね」
幾度となく繰り返す時の中で、が結婚したことは片手で足りるほどしかない。
機会が無かったわけではない。
彼女がそれを望まなかっただけだ。
当たり前の幸福なんてものよりも、もっと欲しいものがあったから。
「そうであったとしても、味噌汁しか作れない女性というのはどうなのだろうな」
「それは女性に対する偏見だと思うけれど? 昨今では『主夫』という言葉もあるのだし、男性が料理しててもおかしくないから」
「……何が言いたい」
「んー士郎が料理出来るんだから、私が頑張る必要は無いってこと。義理の妹が出来た時には、目一杯可愛がるしね」
「つまり、衛宮士郎が家庭を持ったとしても居座るということか」
「この屋敷の主は士郎だけど家長は私だもの。でも、出来れば義妹は凛や桜ちゃんが良いなぁ。彼女達なら私が居ても気にしないだろうしね」
の発言を受けて、アーチャーは深い溜息を吐く。
彼女の中に料理を克服するという選択肢はあくまでも無いらしい。
今日のような事態が続くようであれば彼女もそれなりの努力をするだろうが、衛宮士郎が居る限りは有り得ないことである。
自分が料理なんてものが得意になってしまったのは間違いなく彼女のせいだろう。
あらゆることをこなした彼女に、自分が唯一胸を張れたこと。
美味しいと笑みを浮かべるその姿をもっと見たくて、上達しようと腕を磨いた。
そこには、どんな感情があったのか。
「よし完成! アーチャー、味見してみてくれる?」
自分に向けられた声によって、アーチャーの意識は引き戻される。
未来設計を話しながらも、の手はきちんと動いていたらしい。
そこには湯気を上げて完成した味噌汁があった。
「アーチャーから太鼓判貰えれば間違いないと思うの。というわけで判定してね」
「随分と自信があるようだが、私は厳しいぞ」
「だって士郎と桜ちゃんには、もう合格を貰っているから。まだ野菜炒め作らなきゃいけないんだから、いいから早く」
の勢いに押されて、アーチャーは差し出された小皿を口に運ぶ。
はそんなアーチャーの顔をじっと伺っていた。
「ふむ、悪くはないな」
「そんな可もなく不可もなく、みたいな判定は嫌よ。はっきり言って」
「ならば言い換えよう。美味しかったよ、姉」
「そっ……れは、反則でしょう……っ!」
「さて、何のことやら私にはさっぱり分からないな」
にっこりとした笑顔と共に言われた、かつての呼び方。
それにが反応しないわけもなく。
「……『美味しい』って言われたのに、何か負けた気分がするわ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、残りの野菜炒めには取り掛かる。
隠すことの出来ないその顔は、微かに赤く染まっていた。