初恋の人
それは夕食後に雑談をしていた時のことだった。
どういう経緯であったかは分からないが、ひょんなことから話題はそれぞれの初恋の相手についてとなっていた。
現在の衛宮家には男性は士郎1人であるのに対して、女性ばかりが4人も生活している。
加えて夕飯時にはふらりと大河が現れて当然のように食卓を共に囲むのだ。
その結果として、ガールズトーク的なものが話題に上ることがあってもおかしくはない。
流石に居た堪れなくなったのか、士郎は早々に席を外していた。
それもあって会話は盛り上がっていたのだが、メンバーの中で所謂『普通の恋愛』を経験している者はほとんどおらず、唯一真っ当に話が出来たのが大河だけだったという嘘みたいなことが起こっていた。
片や魔術師の家系に生まれた姉妹、片やサーヴァントとして召喚された騎士王様である。
そもそも恋愛をつい最近まで経験していなかったとしても予想出来たことだろう。
だから、切嗣との出会いから別れまでを熱く長々と語った大河の話が終わり、次の話し手としてが選ばれたのも当然の成り行きだったと言える。
「初恋の人、ねぇ……まぁ居ると言えば居るのだけど」
「へぇ意外。ってそういうの興味無いかと思ってた。とにかく弟優先、みたいな」
「あ、もしかして、さんの初恋って先輩だったりします?」
「それはないから。だからその黒いのはしまってね、桜ちゃん」
「それでは、シロウでは無いと?」
「セイバーもそう思ってたの? うん、私がどう思われているのかは良く分かったわ。でも私の初恋は士郎ではないし、それと切嗣さんでもない」
確かに世界と契約して並行世界を転生し続けたのは、全て弟のためだ。
にとって士郎が大切な存在であるのは間違いではない。
しかし、家族愛と恋愛感情はまた別の話だと思う。
「大河ちゃんも話振るだけ振って放置しないでくれる? 少しは助けてよ」
「いやーだって面白いんだもん。ってばそんなに士郎が好きに見えるんだなぁって」
「それ、士郎にも私にも失礼だからね」
「やぁねぇ、褒めてるんじゃない。ま、それは置いといて、の初恋話に戻りましょうか」
「藤村先生はご存知なんですか?」
「うーん、なんとなく知ってるような? うちで一緒に住んでた頃に聞いた気がするのよねぇ」
頭に指を当てて考え込む大河を見て、は溜息を吐く。
あの当時、彼女には話していたので覚えているなら代わりに話して貰おうと思っていたのだが、そうもいかないらしい。
別に隠し立てするようなことではないけれど、本音を言えばあまり自分から言いたいことではない。
そうだったとしても、こうなってしまっては腹を括るしかないだろう。
「そうよ。大河ちゃんの所で一緒に暮らしてた時だから、11歳頃のことね」
「もシロウと一緒に引き取られたのではなかったのですか?」
「衛宮の姓を貰ったのは士郎と同じ時期。でも、私は10年前の災害の被害者というわけではないの。長くなるから、その話はまた今度にしましょう」
セイバーは詳しく聞きたそうな顔をしているが、は敢えてそれに気付かない振りをした。
何故ならその話をするということはの生い立ちを話すことでもあったからだ。
家のことを話すのはまだ決心が付かない。
いつだってあそこを飛び出して『衛宮』となる道を選んできた。
それは裏を返せば、どうしようもなくあの家が嫌いだったからだ。
どんなに時間を重ねても、こればかりは話す気にはなれなかった。
「とにかく、あの災害の前に私は藤村の家にお世話になってた時期があったということが分かってれば問題ないわ」
「それで、どんな人だったんですか?」
「人柄とかは分からないの、遠くから見てただけだったから話したこともなかったし。ただ」
「ただ?」
「凄く綺麗な人だったわ」
眼を閉じれば、今でも鮮やかにその姿を思い描ける。
繰り返す度に会っているがそれでも、の心に焼き付いているのは初めて会った時の姿だ。
あの衝撃だけはどんなに時間を重ねたとしても忘れないだろう。
「綺麗って男に対する形容詞としてどうなの」
「それはね遠坂さん、ずばりの初恋の相手が外国の人だったからよ!」
「タイガ、いきなりどうしたんですか」
「だっての話聞いてたら色々と思い出してきたんだもん。私だって話に混ざりたいじゃない?」
「なら大河ちゃん、残りも代わりに話して貰えるかしら?」
「残念ながらそれは無理ね。思い出したのは、その人が金色の髪で黒い服着た格好良い人だったってことだけだから」
「……大河ちゃんの役立たず」
その一言に、大河は「ぐさぁ」と大袈裟に反応して倒れ込む。
この様子なら側でどんな話をしても大河の耳には届かないだろう。
3人には放っておいても復活するから大丈夫、と言い含めては一気に話を進めてしまうことにした。
「外見の話だったわね。今思い返すと、黒い服というのはスーツだったように思う」
「その方、昼間から黒いスーツだったんですか?」
「そうよ。一緒に居る女性も真っ白なコートだったから、そこだけ別世界みたいだったかな」
「ちょっと待って、それってその人の恋人なんじゃないの?」
「違うわよ。確かにその女性のことをとても大事に扱っていたけど、恋人、という感じではなかった。そうね、強いて言うなら姫と騎士みたいだったかな」
「ふーん、なるほど。そういうことね」
そう応えた凛が笑いを堪えるような表情を浮かべているから、恐らく彼女は気付いてしまったのだろう。
だから自分では話したくなかったのだ。
しかしここまできたら、もう諦めて最後まで話すしかない。
一度だけ深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、は再び口を開いた。
「何処に住んでいるのかも知らなかったから、運が良いと時々会えるという感じだったわ。別に話がしたいわけでもなかったし、遠くから見れるだけで満足だったのだけどね」
「何かあったんですか?」
「突然ね、居なくなってしまったのよ、2人共。それでそれっきり」
「そんな……」
「外国の人だったからきっと自分の国に戻ってしまったんだと、あの頃は自分を納得させてたわ」
「それでも、さんは今もその方のこと覚えてるんですよね。会いたいとは思わないんですか?」
「好きと言うより憧れに近いものだったから。それに最近になってまた会えたもの。ね、セイバー」
途中から完全に沈黙してしまっていたセイバーに話を振ると、彼女は両手を胸の前で組み、困惑した表情を浮かべていた。
既に気付いている凛はその様子を面白そうに見ているだけで、助け船を出すつもりは無いらしい。
ただ一人、事情を知らない桜だけが不思議そうに首を傾げていた。
「セイバーさんはさんの初恋の方をご存知なんですか?」
「あの、私は……」
「ぷっ、あははは、もう駄目、これ以上は耐えられない。、言っちゃいなさいよ」
「そうね、セイバーも困ってるし」
「どういうことですか?」
「まぁつまりセイバーだったのよ、私の初恋の相手」
「えぇっ!?」
「突然消えた真相は、聖杯戦争が終結したからだったということね。それよりも、再会したら初恋の相手が女の子だったことの方が驚いたけれど」
「しかし! 貴女は今までそんなこと一言も……!」
「だってセイバーも言われても困るでしょう?」
「それはっ……そうですが」
「だからこれは私にとっても良い機会だった、ということ。御蔭で10年越しの告白ができたわ」
本人を前にして話さなくてはいけないからこそ、抵抗があったというわけだ。
話してしまったことで、少し肩の荷が降りたような気さえする。
「それにしても、あの……10年前のセイバーさんってそんなに格好良かったんですか?」
「想像してみたらどう? スーツ着て男装しているセイバー。今なら間違えないでしょうけれど、11歳の女の子にしてみたら男の人に思えても仕方ないくらいに格好良いから」
の言葉を受けて凛と桜のから注目されたセイバーは居心地悪そうに視線をさ迷わせる。
そう言われて、彼女達が想像で満足するわけがなかった。
何せ相手は英霊、当時と寸分違わず同じ姿で今此処に居るのだ。
「ねぇ、セイバー」
「お願いがあるんですけど」
「貴女達の言いたいことは分かります。ですが、あの服はアイリスフィールが用意してくれたものでしたので、此処にはありません」
「つまり、服さえあれば着る気はあるってことね?」
凛は簡単に考えているようだがセイバーに服を用意したのはあのアイリスフィールだ。
少しばかり世間知らずな彼女に、アインツベルンの財政力があったということを忘れてはいけない。
となれば、セイバーの服は間違いなくオーダーメイドの一品であっただろう。
同じものを用意するのは不可能に近い。
「姉さん、どうするつもりですか?」
「決まってるじゃない。セイバーが着るための服なら喜んで無償で作ってくれるあの魔女の所に行くのよ!」
「そうか、キャスターさんですね!」
「そういうこと。ほら、セイバー行くわよ」
「私もですか?」
「当然でしょ。サイズ測ったりしなきゃいけないし、ついでに少し着せ替え人形になってあげなさいよ」
「それだけは断固拒否します」
「でも、キャスターさんの作ったお洋服って凄く可愛いですよ?」
「ですから、あのような服は私には必要無いと言っているんです」
既に深夜に近いことも忘れて今にも出掛けて行ってしまいそうな彼女達をどうやって止めるかを考えながら、その一方ではこの状況を嬉しくも感じていた。
こうして凛や桜と他愛もないことを話すセイバーの姿。
それはアーサー王として己を捨てて生き、死してなお祖国の救済のみを願い続けた彼女が、普通の少女のような生活を送っているということを意味している。
そんな彼女の姿を見ているだけで、は幸せな気持ちになれた。
再会して彼女の全てを知った時から、セイバー、いや、アルトリア自身が救われることを願っていたから。
「だって、好きになった人には幸せになって貰いたいもの」
「、何か言いましたか?」
「いいえ。それよりも、キャスターさんの所へ行くのは構わないけれど、もう遅いから明日にしてね。あと大河ちゃんもそろそろ帰らないと雷画さんが心配するよ、もう10時過ぎてるから」
「なんですって!」
祖父の名前を聞いてがばりと飛び起きた大河にびくりと反応するセイバーを見ながら、は笑みを深める。
かつて恋をした相手は男装がとても良く似合う少女だった。
迷信通り初恋は実らなかったけれど、そんなことはどうだって良い。
当たり前の幸福な時間がいつまでも彼女に続くこと。
今はただ、それだけを祈らせて欲しい。