クリスマスだよ全員集合 -holy night-

 冬至を迎えたとは言え日が落ちるのはまだ早く、縁側のガラス戸越しに見える風景は既に闇に溶け込んでいる。けれども、その外の暗さに対比するように家の中は暖かな光に満ちていた。以前は大河や桜が訪れる以外では滅多に人の出入りのなかった衛宮邸には気付けば居候が増え、随分と賑やかになっていた。そうした事情もあって平素から人の多い衛宮邸ではあるが、今日はそれに輪を掛けて多くの人間が集まっている。何故なら今日は12月25日、クリスマスだからだ。

 がその室内へと目をやれば、既に招待した者のほとんどが集まっており、好き好きに会話に花を咲かせていた。居間では全員が入りきらないからと襖を取り払って二部屋を開放した部屋の中心には、つい先ほど投影さ(つくら)れた大きなテーブルが置かれ、その上には所狭しと料理が並べられている。中華に洋食そして和食と、よくもここまで作ったものだと思うほどの量だった。夕方邸を訪れたランサーに教会への御裾分けとして幾らか持って帰って貰ったが、それでもまだ十分過ぎるくらいにある。中華と洋食はまだ良い、同じ味付けのものばかりが幾つも並んでいては飽きてしまうだろうから、様々な種類の料理があるということは調和が取れているとも言える。問題は和食だ。朝の時点では気に留める程のことではなかったので口を挟むこともなく好きにさせていたのだが、学校へと出掛けていた士郎が昼過ぎに帰ってきてから状況は一変した。競うようにして作り上げられていく料理に対して、一言くらいは注意をすべきだったのかもしれない。机上の料理の大半を占める和食の皿を見ながら、は己の選択の過ちを悔いていた。そもそも、アーチャーが衛宮邸の台所で料理などしなければこのような事態は避けられたはずなのだ。今朝方、突然訪れた彼はその理由を『遠坂邸の調理場はうちのマスターが使うそうでね、私は何処か他で作るようにと追い出されてしまったんだ』と述べていたが、それが全てであるとは彼女も思っていない。だからと言って彼が口にしなかった部分について追求しようとは思わないが、彼を衛宮邸にやるということが、彼ら二人が一所に集まるということがどういう事態を生み出すのか凛とて分からないわけではなかっただろうに、その点についてもう少し考えて欲しかったとは思わずにはいられなかった。

 これ以上考えたところで出来上がってしまったものは仕方ない。一旦目の前の料理について考えることを止め、は玄関へと向かうことにした。料理があまり得意ではない彼女の今日の役割は配膳と訪問する客への対応である。部屋を出る時に、数十分前に慎二を伴って帰宅した金髪の少女からのお土産であるベビーカステラを食べるセイバーの姿が目に入ってきた。間食の注意をすべきか僅かに迷ったが『今日はクリスマスだから』という理由では見過ごすことに決めた。セイバーにとって間食は食事の内ではなく、夕食は夕食でしっかりと食べてくれるだろうと思ったからだ。逡巡しながらも何も言わず立ち去ろうとしている彼女の様子に気付いたのか、壁際に立っていたライダーが「良いのですか」と視線で問うてくる。首を振ってがそれに応えると、ライダーは肩を竦めてみせた。セイバーに甘いと言いたいのだろうが、美味しそうに食べる彼女を見ているとそれを止めようという気は削がれてしまうのだ。ライダーの雰囲気から察するに、後でセイバーの間食は士郎の知るところとなるだろう。が、そうなったらその時はその時である。それはそれ、これはこれと割り切ったは、今度こそ部屋を後にした。
 玄関の向こうでは先ほどから繰り返し呼び鈴が鳴っている。これ以上、客を待たせるわけにはいかない。まだ到着していない招待客の中で、呼び鈴を鳴らしそうな人物は一人しか思い当たらないから、尚更この寒空の下で彼女を待たせるわけにはいかなかった。

「待たせてごめんなさい。いらっしゃい、イリヤ」
「こんばんは、。今日はお招き頂き有難う。セラ、リズ」
「はい、イリヤお嬢様」
「わたしからの手土産よ。受け取って貰えるかしら?」
「勿論。ありがとう、イリヤ」

イリヤの指示を受けて、彼女付きのメイドであるセラとリズの二人がその手に抱えるほどの大きな荷物を取り出す。包みの上からでも特徴的な形を有するそれが何であるかは容易に想像が付いた。クリスマスと言えば欠かせない、この時期には色んな場所で見ることの出来るあれだろう。

「シュトーレンにしようかとも考えたのだけれど、食べ物はこれ以上あっても困ると思って。まぁ、これもこの家にだって当然あるでしょうけど、大きいものがあっても良いでしょう?」
「そうね。部屋を見て貰えば分かると思うけれど食べ物は有り過ぎるほどにあるから、その気遣いはとても助かるわ。でも、わざわざ手土産なんて持ってこなくても良かったのに」
「駄目よ。せっかく招いて貰ったパーティーなんだから、淑女が手ぶらで来るわけにはいかないもの。そうよね、タイガ?」

そう言ってイリヤは今まで影になってからは見えていなかった、セラとリズの後ろに居る人物へと声を掛けた。うぅ、という謎の呻き声を上げながら現れたその人物、藤村大河は何か言いたげな顔をしながらイリヤとの顔を見比べていた。

「一緒に来たの?」
「違うわ、門のところで会ったの。だから、タイガは何を持ってきたのって確認しただけよ、わたしは」
「そ、そんなこと言われたって、士郎のとこに来るのにわざわざ手土産なんか持ってきたことなんて一度もないもん!」
「あら、日本ではそういうの『親しき仲にも礼儀あり』って言うんでしょう? そんなことも知らないなんて、タイガは淑女としての嗜みに欠けるわね」

大河と話をする時のイリヤはいつもこんな調子であり、大河はそれに見事にやり込められていた。だが、決して相性が悪いというわけではない。他の相手に対しては子供らしく振舞っていることが多いイリヤが、ある意味では対等に接してる唯一の相手とも言えるのだから。彼女の生い立ちなどの事情を考えると、そこまで気兼ねなく接する相手として認められている大河はやはり大物なのかもしれない。そんなことを考えながら、なおも続く舌戦を前にしては二人の会話に入り込む間を伺っていた。

「ちびっ子に淑女の何たるかを説かれるなんて、むむ」
「それはタイガが相応の振る舞いをしていないからでしょう。だってそう思うわよね?」
「うーん、大河ちゃんはそのままで良いんじゃないかしら? 私は今の大河ちゃんが好きよ」
「言ってくれてる内容は嬉しいけど、フォローになってない!」
「一度懐に入れた相手に甘過ぎるのがの良い所であり、悪い所ね」
「そうね。だから、イリヤに対しても甘くなってしまうことがあっても仕方ない わよね?」
「ふん……それで、この家では来客者をいつまでも玄関に立たせておくのがマナーなのかしら?」

明らかな照れ隠しであるとはっきりと分かるそれには敢えて触れずに、は荷物を預かると今日の会場である部屋へと四人を案内する。セラとリズの二人に関しては客人として扱われることに対して頑なに固辞されたので無理強いは避けた。その最中にも、先のイリヤの反応を受けて緩む頬を抑え切れず、の口元には絶えず笑みが浮かんでいたのは仕方がないことだろう。

 イリヤ達が到着したことで、今日のパーティーの参加予定者のほぼ全員が集まったことになる。もう一人、午前中のバイトへと出掛ける前に今夜の催しについて伝えた相手が居たが、恐らく彼女は教会だろう。このような日にあの王が彼女を手放すとは考え難いから、今夜はこちらに戻ってこない可能性が高い。元より、彼女が今この場に居ることは少々都合が悪い。それは『誰かにとって』というわけではなく、むしろ『この日にとって』という表現が相応しい。彼女自身も「参加は難しいかもしれない」と言っていたこともあり、待っていても来る可能性が低いのであれば先に始めてもしまっても止むを得まいとは判断を下した。そして、パーティーを始めるよう、士郎に伝えるのだった。


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 総勢十三人ともなると随分と大所帯のように感じられるが、全員が顔見知りではあるためにほとんどは上手く馴染めているようだった。しかし、その中で異彩を放っている存在が居た。士郎も気に掛かっていたのか、気付けばが向かうよりも先にそちらへと歩み寄っていた。

「まさか慎二が来てくれるなんて思ってなかった」
「まぁね。桜もこっちに参加するって言うし、お爺様と二人しか居ない屋敷で過ごすよりはこっちの方がましだと思ったからね」
「いや、そうじゃなくて、慎二のことだからてっきり今日も誰かとデートの予定があるんだとばかり思ってたからさ」
「はっ、なんだよそれ、同情でもしてるわけ? 別に今日は偶々そういう気分じゃなかっただけだし、どうしようと僕の勝手だろ?」
「うん、そうだな。でも俺は慎二が来てくれて嬉しかった」
「ああ、そう。相変わらず衛宮はお目出度いよな」

耐え切れなくなったのか慎二が視線を逸らした先には、料理の盛り付けられた皿を手に丁度戻ってきた金髪の少女が居た。昼前に彼が彼女を迎えに来たことをは知っている。だから、本当はそのまま帰ってこないという選択肢もあったはずなのに、彼は今この場に居る。それは恐らく、隣の少女に感化されたことによる結果だろう。「美味しそうだよ、慎二も食べるよね?」と尋ねる少女に対し「そんな庶民の食べ物なんて僕の口に合うわけないだろ、馬鹿じゃないの?」と彼は返す。普通ならそこでめげてしまうはずなのに少女はさして気にした様子もなく「美味しいのにな」と言いながら料理を口に運ぶ。それだけで、彼らの関係性が伺えるというものだった。彼女が一緒に居るのであれば、彼もなるようになる だろう。そう結論付けたが士郎へと視線を戻すと、彼の隣には今度は桜と凛が立っていた。

「兄さんがごめんなさい、先輩」
「桜が謝るようなことじゃないだろ。慎二のやつはいつもあんな感じだし、俺は気にしてないよ」
「あれを『あんな感じ』の一言で許せる士郎ってやっぱり異常よね」
「そんなことないぞ。友達なんだから普通だろ」

士郎と慎二の会話を聞いていたのだろう、申し訳なさそうにしている桜に対して、凛は今の会話から受けたそのままの印象を語る。そして凛からのその痛烈とも言える批判を受け流しながら何かを考えるようにじっと凛の顔を見ている士郎を、桜は隣から物言いたげに見ていた。見事な三竦みの状態であることに士郎は気付く気配がない。指摘することも出来ず、かと言って気付いてしまったからにはこのまま放っておくことも出来ず、は彼らの方へと歩を進める。せっかくの一日に誰かの顔が曇ってしまうようなことはしたくなかったから。

「なによ、私の顔じっと見ちゃって。何か言いたいことでもあるの?」
「ん、あぁ。一成も来れたら良かったのになと思ってたんだ」
「彼曰く、天敵の私が居たら柳洞くんはまず来ない、か」
「別に遠坂を責めてるつもりはないって、そもそも一成はクリスマスを祝うわけにはいかないんだから」
「いくらクリスマスの意味合いが曖昧化しているとは言え、一成くんのお家はお寺だものね。他の神の誕生を祝うようなイベントに参加することは出来ないのも仕方ないわ」
「……姉、いつからそこに」
「最初から聞いてたわよ。それで、そんな一成くんのためにせめてお料理だけでも、と士郎は思ったのよね」
「あ、だから先輩、夕方にお魚料理ばかりを取り分けて出掛けられたんですね」
「今日はクリスマスだからか肉料理が多くて大した量にはならなかったけど、あって迷惑ってことはないだろうしな」

誰に言うでもなくしたことを指摘され、少しばかり照れくさそうに頬をかきながらも、士郎はあっさりとそれを認める。現在あそこの家の食事を管理しているのが誰かは分からないが、作り手が誰であろうとも食べ物を粗末にするようなことはしないだろうから士郎の好意が無下にされることはないだろう。修行僧も抱えるほどに名の知れた寺院であるため厳しい面もあるが、その定められた範囲内であれば多少は羽目を外すことも許されている。一成が兄と慕う彼とその妻を名乗る彼女が生活するようになってから、その傾向は日増しに 強くなっているようにも思われる。今のところ、彼の父や兄がその状況について口を出している様子はないので、それもまた悪いことではないのだろう。閑話休題。

「それより、士郎。私は貴方に話があるの」
「何だよ、いきなり改まって」
「貴方だって本当は気付いているのでしょう? いえ、士郎だけじゃないわ。凛や桜 だって気付いているはずよ、それなのに見て見ぬふりをしている」
「……否定はしないわ、出来ることなら私だって気付かなかったふりをしていたいもの」
「姉さん……」
「けれど、いつまでも現実から目を逸らすことは出来ない。そうでしょう?」
「俺だって分かってるよ、姉」
「そう、なら覚悟はもう出来てるわね。良い加減決めましょう
 ――貴方とアーチャーが二人して本気を出して作ってしまったあのケーキ二台をどうするのかを」

が示した先には『お店で売っているような』という表現では事足りないほど、筆舌に尽くし難い無駄に豪華なケーキが二台置いてあった。料理を作る傍らで作業していたとは思えないくらいにはそれらの完成度は高く、そしてサイズが大きかった。ただでさえ料理も随分な量があるというのに、このサイズのケーキを二台も食べきれるわけがない。競うように料理を食べ続けるセイバーと大河の胃袋にも限界はある。今の二人の食べるペースから見ても、デザートが入る余地はせいぜいあってもケーキ二、三切れが限度だろう。ケーキには生クリームがふんだんに使用されているため、翌日に持ち越して食べるという選択肢は残念ながら除外される。そうなれば、残された選択肢は最早一つしかないも同然だった。

「本当なら、どうにか二人で協力して一つのケーキを作らせるべきだったのよね ……。だから、この事態を止められるはずだったのに止め切れなかった私も責任を感じてはいるのよ」
「それで、。貴女の案は?」
「話が早くて助かるわ。既に分かっているとは思うけれど、いくら大勢が集まっているとは言ってもこの家でケーキ二台を消費することは不可能よ。ということは、作り手には申し訳ないけれども、どちらか一方は他所に持っていくしかないわ」
「持っていくって言っても、どこにですか?」
「私としては、このケーキを貰ってとても喜んでくれそうな女の子のところが良いんじゃないかと思ってるのだけれど、どうかしら?」
「異議なしね。それが一番妥当な選択だわ」
「先輩も、それでいいですか?」
「そうするしかないってことは俺も分かってる。だから、しょうがないだろ」
「それじゃあ決まりね。これについても異論は無いと思うけれど、持っていくのはこっち。理由は見ての通り小さな女の子が喜びそうなデコレーションだからよ」

言うや否や、は予め用意してあった箱の中に置かれているケーキの一方を手際良く梱包していく。ここから教会までは近いとは言い難い距離にあるがこの時期の外気温であれば保冷剤などを一緒に入れておく必要はないため、移動時に中身が崩れることのないような最低限の包装が完了するまでそう時間は掛からなかった。それをその場に残して自室へとコートなどの防寒具を取りに戻ったが再び部屋へと戻ると、そこには彼女と同じように外套を纏った士郎が居た。それだけで彼が何をしようとしているのかが分かってしまい、彼女は小さく嘆息する。どうやらはっきり言わないと彼には分からないらしい。今にも玄関に向かおうとする士郎を引き留めてくれている彼女達に感謝しつつ、は義弟の頭にこつんとげんこつを落とした。

「こら、士郎!」
「って、なんだよ姉。教会に行くんだろ」
「そうだけど、教会には私一人で行きます。士郎は残りなさい」
「なんでさ」
「今日のパーティーの主催は誰? 貴方でしょう。主催が席を外してどうするの。だから、私一人で行くから」
「そりゃそうだけど……でも、こんな時間に一人で出掛けるなんて危ないだろ」
「あら、それならアーチャーを連れていけば良いわ」

引く気配の無い士郎にどう説得したものかとが考えあぐねていると、横から思わぬ提案が投げ入れられた。発言の主は「それなら何の問題もないでしょう?」とでも言いたげに、それは綺麗な優等生スマイルを凛は浮かべている。は士郎をこの場に残していきたいし、士郎はを一人で行かせたくはない。確かに凛の提案はどちらの要望にも叶ったものであるが、それはそれでまた新たな問題を生み出すことは想像に難くない。しかし、そうなった時には今度は凛が力付くでそれらを一蹴するのだろうということも容易に想像が付くのだった。だから、からしてみればそれは悪くない提案だった。加えて、もしかしたらこれは凛から自分への要らない御節介、彼女の言葉を借りれば『心の贅肉』とも言えるクリスマスプレゼントのつもりなのかもしれないと、今朝の彼がうちに来たのもそういうことなのかもしれないと察してしまったから。その心遣いを有難く受け取って、も乗ってみようという気になったのだ。

「マスターである凛が良いというのなら、お借りしようかしら?」
「えぇ、構わないわよ。士郎は私たちに任せて、さっさと行ってきちゃいなさい 」
「先輩のことは任せて下さい。追い掛けたりしないように、しっかりと私たちで見張っておきますから」
「じゃあお願いね。届けるものだけ渡したら、遅くならないように直ぐに帰ってくるから」

士郎は未だに何か言いたそうな視線を向けてきていたが、それも彼女たちが何とかしてくれるだろう。なにせ今この家には、凛と桜だけでなく、セイバーやライダーにイリヤと大河まで居るのだから、彼女らが揃って居れば士郎もそう無茶は出来まい。そうやって自分を納得させたは、忘れずにケーキの入った箱を回収すると、賑やかで夢のように暖かな空間から抜け出した。


 +++


 吐く息は白く、先ほどまで暖かな部屋に居たことで温もっていた身体もこの調子では隙間から入り込む冷気で直ぐに冷え切ってしまうに違いない。特に覆うものなく外気に晒されている手は、真っ先に体温が奪われていった。手袋もしてくるべきだったかもしれない。そんな彼女の思いを見透かしたようなタイミングで、ケーキを持っていない方の手が暖かなものに包まれる。じんわりと指先から伝わる熱が、触れている手以外の部分にも広がっていくような感覚を覚えた。

「全て計算通りかね?」
「そうね、ほとんどは思い描いた通りになってる。いつから気付いてたの?」
「普段から料理が不得意だと豪語する君が飾り付けを手伝いたいなどと言い出した時にはおかしいと思っていたさ」
「流石に最初から手伝うのは無理だと分かっていたし、貴方の邪魔にしかならないでしょう? それに最後の飾り付けくらいなら、多少失敗しても味に大差はないと思ったの」
「少なくとも、君が不器用ではないというのは本当だったらしいということは分かったがね」
「それはどうも。ねぇ……ほんの少しでも手伝ったのだから、一応でも私とアーチャーからのプレゼント、という形にはなるわよね?」
「君がそうしたいのなら私から言うことはないよ」

二台のケーキ、その一方には少女が喜ぶようなデコレーションが施されていたのは偶然ではなかった。何故ならそれは彼女が手ずから行ったものであり、誰から見てもそちらが相応しいと思われるものになるようにと最初から考えられていたのだから。まさか彼ら二人だけを残して衛宮邸を離れるわけにもいかず、今日一日新都へと買い物に行っている余裕のなかったが何とか少女のためにプレゼントを、と考えて用意した苦肉の策だった。出来ることならば彼女もきちんとした贈り物を用意したかったが、それを用意するだけの時間がなかったのだ。

「だって、しょうがないじゃない。買えるはずがないのよ……今朝まで『知らなかった』のだから」
「それならそれで無理に用意をする必要もなかったのではないかね?」
「それはほら、知ってしまったからには見過ごせないというか、皆がしてるなら私もしておかないといけないかなと思って」
「とりあえず周囲に合わせておけば良い、という在り方ではいつか壁にぶち当たることになるぞ」
「心配しなくても、今回だけよ。全部全部、何もかも、今日限りのこと」

紛れ込んだのは誰なのか。誰が居て、誰が居ないのか。それを正しく知る者はきっとこの場には居ないのだろう。ただ、有り得たはずのものが重なり合い、有り得ない一日を生み出している。登場人物は彼女と彼と貴女達。主役はいつだって『彼女』だが、決して同じにはならない。くるくると代わる代わるに当たっていくスポットライト、照らされているその時その瞬間は全てが『彼女』のものだ。 そうして今、刻一刻と繋がれてきた舞台は終幕という一日の終わりを迎えようとしている。

「結局、最初から気が付いていたんだな、君は」
「私が知らないことがあったら、それはそういうことなのよ」
「その言い方では、私には君が全てを知っているように聞こえるんだが?」
「さぁ、どうかしら。あの日々のように願いを叶える存在がもう居ないことは確かなのだから、『誰が』とか『何が』とか、そう深く考えなくてもいいんじゃないかしら。だって、 今日はクリスマスなんだから」

 ケーキを持っていることによるものなのかは分からないが、いつも以上にゆっくりとした歩みでであったために、二人はここにきて漸く冬木大橋へと差し掛かった。新都に位置する教会へと行くためには必ずこの橋を通らなくてはならず、ここまでで道行の半分くらいといったところだろう。時計の示す時間は八時を少し過ぎたばかりであり、まだ夜更けと言えるような時間ではない。けれども、あまり教会に着くのが遅くなってしまうと少女は寝てしまうだろうし、それでなくとも過保護なサーヴァント達は会わせてはくれないだろう。今宵もまたあの場所では、日付が変わろうとも今日という日にあの場所に贈られる貰い物や秘蔵のワインを片手に酒盛りが行われる可能性は非常に高い。であれば、サーヴァントや神父はともかくとして、いざとなれば彼女達に言伝を頼むという手段もあるが、やはり少女に直接手渡したいという思いがにはあった。
 急がなくてはいけないことは分かっている、それでも今この時をもう少しだけこのまま留めておきたい。迷う気持ちを抱きながらも、気付けばは足を止めていた。繋がれた手は依然解かれてはおらず、後ろに軽く引かれる形になったアーチャーも当然立ち止まる。不審そうに振り返る彼に対して彼女は手招きでしゃがむように伝えた。彼岸と此岸を結ぶ橋というこの場所こそ、どちらであるのか分からない自分達に相応しいと、そう思ったから――。しゃがんだことで近くなったその頭部へと手を伸ばし、撫で付けてある髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。そうして「君は何がしたいんだ」という不平の言葉を耳にしながら、その首へと手を回した。


「メリークリスマス、士郎。貴方のこれからの道行きに変わりない祈りを」

そして今日この日を共に過ごした彼女達の未来に福音を――

2013.12.24.→2014.04.25.加筆修正