見知った相手の見慣れぬ姿
眼の前の少年は、自分が思い浮かべるのと同一人物であると彼自身によって肯定された士郎は、人間の成長過程に深い疑問を抱かざるを得なかった。
それ故に周囲への警戒を怠っていたのだろう。
明らかにこちらへと向かって走り来る足音、彼がそれに気付いたのは音が間近に迫った時であった。
咄嗟に次の瞬間襲ってくるだろう衝撃に備えて身構えたのだが、予想に反してその人物は彼を素通りすると少年の方へと抱き付いたのだった。
「ギル様! 会いたかったです」
恐らく既に成人を迎えているだろう女性が小学生くらいの少年に抱き付いている状況というのは、見ている者をもやもやとした気分にさせる図である。
幸いなことに目撃者はただ一人であったが、当の士郎はと言えば何とも表現し難い表情を浮かべていた。
少年があの唯我独尊の金ピカ王本人であったこと。
そして少年に抱き付いている女性は現在衛宮邸に居候をしている内の一人であり、今の様子は普段から想像も付かない行動であったこと。
それらの要因が加わることで、士郎にとって事態はより一層の混迷を極めていた。
「ギル様に会いたくて毎日に色々な所を回っていたのですけど、一向に会えなくて……」
「。気持ちは分かるけど少し落ち着いて。今のボクじゃ君を支えることは出来ないから」
「寂しかったんです」
「うん、ボクも会いたかったよ」
少し歳の離れた姉と弟の久しぶりの再会、というようにも見えるが、どちらかと言えば恋人同士のそれに近い雰囲気である。
若干の居た堪れなさを感じた士郎がこのまま立ち去ってしまおうかと考えていると、ギルガメッシュの説得が効を成したのか彼女は彼の首に回していた腕を離す。
依然、二人の距離は密着したままであったが、彼女は士郎へと向き直ると酷く申し訳なさそうな表情で深々と頭を下げた。
「挨拶もせずにごめんなさい、士郎さん。久しぶりにギル様に会えたのがとても嬉しかったので」
「いや、そこは別に謝んなくても良いけどさ。ただ、いつものさんと随分と様子が違うからそれには驚いた」
「いつもと、違いますか?」
問いかけは士郎ではなく、彼女の隣のギルガメッシュへと向けられていた。
その行動は暗に、彼女にとっての『いつも』とは彼と一緒に居る時であるということを意味しているのだろう。
彼女の問いに対してギルガメッシュは首を横に振って答えると、視線を前へと戻した。
「お兄さん、はこれが普通ですよ。あ、でもオトナのボクへの反応はまた別ですけど」
「まぁ俺なんかより付き合いの長いお前が言うからそうなんだろうな」
「恐らくですが、気持ち的なものなんだと思います。士郎さん達よりもギル様と居る方が落ち着きますから」
「それはそれで微妙だな……」
つまり彼女にとって士郎達よりもギルガメッシュの方が心が許せる存在であるということである。
そう判断するに至る理由が色々とあるのだろうが、あれよりも下だと言われた士郎は胸中で複雑な思いを抱えた。
同時に、彼は先程の自身の発言に何か引っ掛かりを覚えていた。
そういえば、彼女は元々ギルガメッシュ達と共に教会で生活をしていた筈だ。
いつから衛宮邸に居候をするようになったのだろうか。
「なぁ、さっきさんはコイツに会ったのが久しぶりだって言ってたけど、教会に行ったらいつでも会えるんじゃないのか?」
「それが……教会への出入りを禁じられてしまっているので」
「なんでさ?」
「マスターですよ。あの人がにそうさせているんです、彼女もちょっとした弱みを握られているので逆らえなくて」
「私、あの方だけはどうしても好きになれそうにありません」
「うーん、根本的な所は同じのような気もするけど、それ以外が正反対だからね。こればっかりはどうしようもないかな」
他者を嫌うことなど滅多に無さそうなにここまで言わせるとは、一体どのような人物なのか。
それは言峰綺礼ではない。
彼女は彼を嫌ってはいなかった、むしろ懐いていたと言えるだろう。
何よりも、彼は既にこの世には存在しない。
居なくなった筈のマスター。
聖堂教会から新たに派遣された教会の管理者。
が衛宮邸へと来た時期。
繋がりを見せたそれらについて士郎が尋ねようとした時、公園の方からギルガメッシュを呼ぶ声が聞こえてきた。
先程まで一緒にサッカーをしていた少年達のものだろう。
声に応えるように手を振り返したことから、ギルガメッシュがこの場から立ち去ろうとしていることは明らかであった。
それを引き止めたのは、士郎ではなくだった。
「待って下さい、もう行ってしまうんですか?」
「そろそろ次の試合が始まりそうだしね」
「そう、ですか……」
もう別れなくてはいけないと知って、は見るからに沈んでいた。
立ち去ろうと数歩進んだ所でギルガメッシュは立ち止まり、振り返っての様子をじっと眺める。
暫くして、何かを諦めたように溜息を吐くとの元へと戻って行った。
「も、一緒に来る?」
「良いんですか!?」
「その代わり、『ギル様』は無しね。彼達の前でみたいな年上の人に様付けなんかされたら言い訳に困るし」
「大丈夫です。ギル様なら良い家筋のお方に見えますので、きっとメイドか何かだと皆さん思ってくれますよ!」
「……分かった、好きにするといい。はぁ、せっかく罪悪感から会わないようにしてたのに、自分から来ちゃうんだもんな」
「ギル様、何か言いましたか?」
「いいや、なんでもないよ」
共に行くことを許されたは数分前とは打って変わって、非常に嬉しそうな表情を浮かべている。
恐らく、今日一番の笑顔であっただろう。
そんな彼女を見て、自分で言い出したことでありながらギルガメッシュは苦笑いを浮かべていた。
そして、ふと思い立ったという表情でその質問を彼女へとぶつけた。
「ねぇ。が本当に会いたいのはボクじゃなくて、オトナのボクじゃないの?」
「大きくても小さくても、ギル様はギル様です。英雄王ギルガメッシュは貴方様以外には存在しませんから」
「そう言ってくれるのはだけだ」
「ありがとうございます」
「ほら、行くよ。それじゃあ、お兄さん。また会いましょうね」
腕を引くギルガメッシュに遅れないようには士郎に向けて素早く目礼をすると、金髪の少年の小さな背中追い掛けていった。
二人が去っていった後、結局士郎は質問をし損ねたことに気付いた。
「まぁ、さんが帰ってきてから聞けば良いか」
それにしても、あの二人の関係は良く分からない。
恋人のようでもあったが、からギルガメッシュへと向けられているのは恋情などというものでは済まなかったように思われた。
何よりもあのギルガメッシュが、そんな生温い人間染みた感情を持つ筈も無い。
強いて言うのならば、主従関係だろうか。
ギルガメッシュが主で、が従者。
あまりにも嵌り過ぎていて洒落にならなかったので、士郎は激しく首を横に振ってその想像を打ち消した。
「何かこれ以上踏み込んじゃいけない気がしてきた。この件については忘れよう」