思いの形

 陽気につられて公園まで出てきたところで、士郎は珍しいものを見掛けた。 いつも其処でサッカーをしているのだろう少年達の中に、一つ飛び抜けた頭が混じっている。 その長い黒髪には見覚えがあった。

さん、だよな? あんな所で何やってんだ?」

 揉めているような感じではなく、むしろ和気藹々としているようだから心配は要らないだろうけれど、彼女が教会の連中や士郎達以外と話している所を見るのは初めてだった。 そう思うと途端に会話の内容が気になり出した士郎はグラウンドが見渡せる草陰へと移動をする。 と、そこにはインゴッドの髪の先客が居た。

「こんにちわー」
「なんでお前が……」
「ここに居るのか、ですか? それなら多分お兄さんと同じ理由ですよ」

にぱ、と邪気の無い笑顔を向けられる。 どんなに見掛けが人畜無害であっても将来的にはアレになるかと思うと、簡単に気を許すことは出来ない。 それに根っこの部分はどう足掻いても同じなのだといつだったか痛感した覚えがあった。

「んーボクのことを警戒するのは分かりますが、早くしゃがまないと気付かれちゃいますよ」
「分かってるよ」

 決して草むらで仲良く隣同士に座り合うような仲では無いが、仕方なく士郎はギルガメッシュの隣へと腰を下ろした。


 +++


「えぇっ、サッカー知らないのかよ!?」
「済みません、知らないです。そんなに有名なんですか?」
「有名なんてもんじゃないって!」
「姉ちゃんもしかして、セケンシラズってやつ?」
「テレビでもしょっちゅうやってるじゃん。本当に見たことないの?」
「あ、もしかしてメイドさんってテレビ見る暇もないほど忙しいとか?」
「いえ、そんなことはないです。ただ、私がテレビを見るよりも本を読む方が好きなだけですから」
「じゃあルールも良く分からないままに僕達の試合を見ていたってことですか?」
「何となくなら、分かりますよ? 五人対五人の二つのチームに分かれて互いのゴールを目指す。ボールは足でしか触ってはいけない。ゴールを守るゴールキーパーだけは手で触っても良い。でしたよね」
「そうそう。本当は十一人で一チームだけどな」
「ポジションGKの他にFWとMFとDFもあるぜ」
「皆さんお詳しいんですね。他にはどんなルールがあるんですか?」
「まだまだ沢山あるから、話し切れないって。それに僕達よりギルに聞いた方が分かり易いと思うよ?」
「ギル様にですか……? それはとても難しいですね」
「えー聞けば絶対教えてくれるって」


 +++


 少し離れた所で交わされている会話に耳を傾けながら士郎は隣の存在に視線を向ける。 このちみっこが公園に居るということは、彼女は恐らくこいつに会いに来たのだろう。

「お前はあっちに行かないのか?」
「もう少し様子を見たらいきますよ。言ったじゃないですか、ボクがここに居るのはお兄さんと同じ理由だって。せっかくがボクら以外と話してるんですから、暫くは見守りましょう」
「やっぱ珍しいんだな、さんが他の人と話してるのって」
「お兄さん、もしかしてのことが気になるんですか? セイバーさんと凛さん、桜さんやイリヤさんにライダーさんまで居るというのに、欲張りですねぇ」
「なっ、そんなわけないだろ! さんは今うちに居るんだから、家主として気にするのは当然だ!!」

何をいきなり言い出すんだ、こいつは。 しかも口元はによによと笑っているのに目は全く笑っていない。 冗談めかした口調ではあるが、事と次第によっては容赦なく叩きのめすつもりであることが伺える。

「必死になると余計に怪しいですよ? お兄さんはそこまで節操無しではないと思ってますけど、もしに手を出すようなことがあったらボクが黙ってませんので。覚えておいて下さい」
「あぁ、覚えておくよ。でもってそんなことを仕出かしそうな奴が居たら、全力で止めておく。死人を出さない為にな」
「ありがとうございます」

 ふっとギルガメッシュの眼力が弱まったことで士郎は漸く息を吐いた。 思っていた以上に緊迫した空気だったようだ。 こういう所を見ると、こいつは彼女のことを一応大切にしているらしいと思える。 しかし、それはどういった意味での「大切」なのか。 以前に二人が一緒に居る所を見て恋人のようだと思ったが、どうにもそういったものとは違うようだと士郎は感じていた。 大きい方もあれで無意味に一途ではあるが、子ギルにしても「生涯の伴侶は一人だけ」とか言いそうである。 そしてこいつが好きなのは、どうやら遠坂のクラスの三枝らしい。 となるとさんはその括りではない、ということになる。

「随分と大事にしてるみたいだけど、お前にとってさんって何なんだ? まさかアレみたいに『我の物』とか言わないだろ?」
「言いませんよ。そうですね、ボクにとってのは……保護者みたいなものですかね」
「歳の離れたお姉さん、ってことか」
「やだなぁ、逆ですよ。目の離せない妹です」
「へぇー妹……!?」

ぴたり、と士郎は動きを止めた。 あまりにも当然のことのように言われて、うっかり聞き流してしまうところだった。 今、こいつは何と言った? 自分よりも10歳近く年上の女性に対して、妹とか言わなかったか?

「なんでさ。どう考えてもお前の方が弟だろう?」
「そっか、お兄さんは知らないんですね」

 そう言うと、「うーん」と眼を伏せてギルガメッシュは考える仕種を見せる。 言っても良いのかなぁ、でも丁度良い機会だし今言っておけば……。 等々と呟いているのが聞こえてくる。 結局話すことに決めたのか、如何にも悩んでいるといったような表情を浮かべながら金髪子供は口を開いた。

「彼女、凄く世間ずれしてるんですよ」
「さっきのか? でもサッカー知らないくらいなら、大したことじゃないと思うけど」
「あれは単に知識がないだけです。そうじゃなくて、間違った知識が多いって言えば良いのかな。彼女が常識だと思ってることは大概何かがおかしいんですよ」
「それで『世間知らず』じゃなくて『世間ずれしてる』か」
「元々閉鎖的な所で育ったというのもあるんですが、残りは全て大人になったボクのせいなので責任を感じていまして」

 記憶を共有しているとは言え他のことならば他人事として片付けられるが、なまじ彼女と一緒に居る時間が多いだけにこればっかりは割り切ることが出来ないのだと言う。 彼女がそれまでどんな所で育ったかは知らないが、教会に来たのは2年前らしい。 あんな所にまともな人間が居られるはずがない。という考えは偏見でも何でもないだろう。

「そんなわけで危なっかしくて放っておけないんですよ」
「なるほど、確かに妹と言えなくもないな」
「とまぁ、ボクの方はそんな感じです。あっちのボクがどう思ってるかは分からないけど、少なくとも保護者では無いと思いますよ」
「そりゃそうだろうよ」
「でも、あれでのことはちゃんと大切に思ってます。色々と歪んじゃってますが、その気持ちはボクと同じみたいです」

 それこそ英雄王(小)が保護者と言う以上に分からない話だった。 士郎から見ても、アレのさんに対する態度に優しさなんてものは無かった。 さんが反抗を一切しないから何とか成り立っている関係だったように思う。 士郎がそのことを告げると、金髪子供は真剣な顔で反論をしてきた。

「『優しくない』は『大切にしていない』とイコールではないです。お兄さんの友達にも居ますよね。妹さんが大切なのに、優しく出来ない人が」

そう言われて思い出すのは中学からの友人。 彼自身とはいつの間にか疎遠になってしまったが、その妹は現在も衛宮邸に出入りしている。 口では色々と言いつつも何かと彼が妹を気に掛けていることを士郎は良く知っていた。

「思う形はそれぞれってことか」
「それがどんな形なのかはボクにも分かりませんが、それでも『ボク』はを大切に思ってます。だから無闇に否定するようなことはしないで下さい、それは少しだけ悲しいです」
「……悪かったな」
「いいえー、誤解されるのには慣れてますから。あんな態度取ってるからいけないのは分かってるんですけど、まったくどうしてなのかなぁ」


 +++


「なんでサッカー知らないのにセパタクローとかマイナースポーツ知ってるんだよ!」
「ていうかセパタクローって何?」
「足使ってボール蹴る所はサッカーと一緒だけど、ネット張ったコートでやる競技だよ。『足のバレーボール』って言われてる」
「姉ちゃんは変なこと知ってるよね」
「そうでしょうか? 私は普通にしているつもりなんですけど……」
「全然普通じゃないって!」
「まぁ、ギルの家のメイドさんなら普通じゃない方とは思ってたけどさ」
「そういや、さっきから抱えてるそれ何?」
「あ、俺も気になってた!! 何か美味そうな匂いがするんだよなぁ」
「これはお弁当です。ギル様に言われて私が作ってきたんです」
「二人で食べんの? にしては弁当箱でかくね?」
「恐らく、皆さんの分もありますよ。少し多めに作るようにギル様に言われましたから」
「まじでっ!? やった、腹減ってたんだよ!」
「さすがギル、俺達の分まで考えてくれてるなんてさ」
「なぁ、そういえばギルのやつ遅くね? 時間とっくに過ぎてるよな?」
「あー言われてみれば。いつもなら一番か二番に来てるのにな」


 +++


 少年達はいつまで経っても表れないギルガメッシュのことが気になり出したらしい。 さんの抱えているお弁当も今朝作ったものとは言え、こんな陽気な日に長時間外に置いておけば悪くなってしまうだろう。 そんな彼達の様子が当然見えていたのだろう、隣の気配が立ち上がるのが分かった。

「そろそろ時間みたいですね。じゃあボクは皆の所に行きますけど、のこと宜しくお願いします」
「どういう意味だ?」
「ボクのせいではとても狭い世界で生きてました。だから、お兄さん達の所で彼女の世界を広げてあげて下さい。そうすれば正しい『普通』の在り方を知ることが出来ると思うので」
「責任重大みたいだけど、そんなに安心して預けられても困るぞ。うちも『普通』とは言い難い環境だし」
「コトミネが神父を務めている上に人類最古の英雄王が現界してるような教会よりは、ずっと『普通』の所ですよ。それに、そんなに気負わないで大丈夫です。お兄さん達がいつも通りにしてればはそこから自分で学びますから」
「そういうことなら、確約は出来ないけど了解しておく」
「はい、それではまた。お礼に今度、ボクがオーナーをしている施設にでも招待しますね」

去り際にとんでも無いことを言い残して、金髪子供は集まっている仲間の所へと走って行ってしまった。 恐らくこれから皆でさんの手作り弁当(重箱六段)でも食べるのだろう。 残された士郎は思う。

「アイツ、わくわくざぶーん以外にも施設持ってるのかよ」

どうやら黄金律Aは子供の頃から不変のものだったようだ。

2011.10.08.